夫のつとめ

藤谷 郁

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北城家のターミネーター

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 午後10時。

 ここは、高台の閑静な住宅街に建つ北城家。希美は両親と向き合い、リビングのクラシックソファに座っている。
 今夜は銀座の寿司店で協力会社との会食があり、たった今帰宅したばかりだ。

「わははは……なんだお前、営業のナントカ君に振られたのか。それはかわいそうに」

 希美からプロポーズの結果を聞き出した社長は、さも楽しそうに笑った。
 テーブルの上には土産の太巻き寿司が並んでいる。家政婦の山際やまぎわ武子たけこが運んできたほうじ茶をひと口含むと、希美は寿司にかぶりついた。

(やっぱり言わなきゃよかった。このくそおやじ)

「まあ。お行儀が悪いわよ、希美」

 母に注意されてギクッとするが、心の声が漏れたわけではなかった。寿司の食べ方が下品とみなされたらしい。

「ふ、ふひはへん……」

 もごもごと寿司を飲み下す。武子が側に来て、口もとを拭うためのおしぼりを渡してくれた。

「あなたも銀座で食べてきたのでしょうに。本当に、大きな胃袋ねえ」

 呆れる母に、毎度おなじみの言い訳を述べる。

「だって、すぐにお腹が空く体質なんだもの。仕方ないわよ。ねっ、武子さん」

 この家ではただ一人、いついかなる場合も希美の味方となってくれる武子に同意を求めた。
 北城家に勤めて28年。今年で55歳になる彼女は、武道で鍛えたがっしりとした身体をぴんとさせ、大きく頷く。

「お嬢様はいくら食べてもお太りになられません。すなわち、お夜食も必要なカロリーなのです」
「そうは言ってもねえ」

 食が細い母には、三度の食事の他に間食も夜食もとる希美の食欲がどうしても理解できないようだ。

「……ところで、さっきのお話は本当なの? 南村壮二さんに振られたって」

 ふいに問われ、二つめの寿司に伸ばしかけた手を止める。断面もきれいに切り分けられた太巻きの具は、たまごにかんぴょう、椎茸に車海老、そして桜でんぶ。ふわふわのピンクが、社長室の窓から眺めた桜並木を思い出させる。

 希美は肯定も否定もせず、肩を竦めてみせた。報告したのは、まだすべてではない。
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