夫のつとめ

藤谷 郁

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北城家のターミネーター

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「なんだ、お母さんは知ってたのか」

 母が"営業のナントカ君"のフルネームを口にしたので、父は驚いている。

「ええ、こういうことはやはり女親ですから。事前に相談を受けていましたよ」
「……そうなのか」

 自分だけ蚊帳の外だったと分かり、父は面白くなさそうだが文句は言わない。希美の結婚観はこの母親からの影響が大きく、それには彼の浮気性が原因している。
 父はむっつりしながら太巻きを取り、文句を呑むようにかぶりついた。

 ――結婚するなら地味で平凡な男性が一番。
 
 希美が物心つく頃から母は夫の愚痴を聞かせ、そんな理想を刷り込んだ。本人はそんなつもりはなかっただろうが、結果的に娘の結婚観に大きな影響を与えた。

 子供の頃、例の卒業文集を両親に見せたとき、父は複雑な顔をしたが、母は褒めてくれた。結婚相手の選び方に関しては、母は希美の味方であり、協力者である。

 ――あなたは地に足着けて、相手を選びなさい。私のようになってはだめ。

 浮気性の夫に泣かされた、女としての恨みは根深い。不機嫌そうな父を横目で見やり、母はほくそ笑んだ。

「それにしても、社長の娘……しかもあなたのような美人のプロポーズをその場で断るだなんて。いきなりで驚いたにせよ、『考えさせてください』とか、返事の仕方があるでしょうに。少し変わった方なのかしら?」

 首を傾げる母に、父が代わりに答える。

「いやいや、天下の希美お嬢様を袖にするとは気骨ある男じゃないか。反面、己の分をわきまえてもいる。南村……壮二だったかな。俺なんかは、かえって興味が湧くね」

 蚊帳の外にされた腹いせか父の見解は皮肉まじりだが、希美は一理あると思った。

(なるほど、そういうとらえ方もあるか)

 南村の場合、単にヘタレなだけという気もするが、適当に誤魔化そうとしないところは好感が持てる。
 なんとなく父を見ると、向こうもキラリとした眼差しを投げてきた。

「で、このまま諦めるつもりなのか?」

 なんのかんの言っても、さすがは父親だ。
 この負けず嫌いの遺伝子は、彼から譲り受けたもの。

 希美はほうじ茶の残りをゆっくりと飲み干すと、頭を横に振る。

「土曜日に食事する約束をしたわ。私という人間を、もっとよく知ってもらわなくちゃ」
「あら、南村さんは承知してくださったの?」

 振られて終わったと思っていたのだろう、母が目をみはる。

「わはは。お母さんも分かっているようで、分かってない。希美、お前はやっぱり俺の娘だな」

 無理やり約束を取り付ける。これは父が女性を口説くやり方と同じだ。
 察した母は複雑そうな顔をして、ため息をついた。

「……それじゃ、そういうことだから。もう遅いし、休むわ」

 希美はソファを立つと、武子に太巻き寿司の残りを部屋に持ってきてと頼んでから、リビングをあとにした。
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