夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
42 / 179
嘘から出たまこと

1

しおりを挟む
 希美は久しぶりに、ぐっすりと眠った。武子のケアのおかげか、腰の痛みも睡眠を妨げるほどではなく、すっきりと目覚めることができた。

「ああ、お腹空いちゃった。昨夜はルームサービスを食いっぱぐれたし」
「そう思いまして、お嬢様がお好きながっつりメニューをご用意しておきました」

 朝陽が眩しいダイニングテーブルに、焼き肉プレートが並べられた。武子自慢の特製たれは濃厚な味わいで、ご飯が何杯でも食べられる。

「ありがとうー。そうそう、今欲しいのは肉なのよね!」

 箸を取ると、ぱくぱくと食べ始める。もちろん、山盛り野菜サラダも大量にいただくのが希美流の焼き肉作法だ。
 すっかり元気回復した様子を、脇に控えた武子はニコニコと見守っている。

「まあ、朝から焼き肉だなんて!」

 甲高い声が飛んできて、希美はぐっと喉を詰まらせる。日曜日はゆっくり寝ているはずの母親が、起き出してきたのだ。

「ほ、ほはようございます。お母様」

 もぐもぐと咀嚼しながら、口もとをナフキンで拭った。
 母は向かいの席に座ると、こってりとした焼き肉プレートを見回し、呆れ顔になる。

「昨夜は南村さんとデートじゃなかったの? あなたのことだから、お泊りすると思っていたわ」

 娘が父親に似て肉食系なのを、母は承知している。

「あら、ところで武子さん。あなた、今朝はお休みのはずよね」

 そうだった。武子が休みなので、母は朝食の用意をするため早く起きてきたのだ。家政婦を一名置くのみの北城家では、そういうパターンになっている。

「はい、奥様。昨夜ふと、お嬢様が心配になりまして。いてもたってもいられず、出勤して参りました」
「……まあ、そうなの。あなたもいい加減、過保護なこと」

 今の返事で、母はなにかを覚ったようだ。
 しかし、なにか言いたげな目でこちらを見ている。希美は控えめなペースで食事を続けつつ、次の質問を待った。

「まさか、南村さんにもう一度断られたとか?」
「違います」

 希美は即座に否定した。

「まあ、いろいろとあって……でも、プロポーズはちゃんと受けてもらったわ」
「そうなの」

 壮二がプロポーズして、希美が受けた恰好になったのだが、そんなのは細かいことだ。うまく事が運んだのに変わりないのだから。

 壮二の話題が出て、希美は急にそわそわしてきた。腰の痛みが引いたとはいえ、身体の奥底には、あいつの熱がまだ残っているのだ。

「顔が赤いわね。熱でもあるんじゃない?」
「はっ? まさか。そんなわけないでしょう、お母様」

 ついムキになってしまい、希美は母から目を逸らす。武子がグラスに注いだミネラルウォーターを、ぐいぐいと飲んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...