夫のつとめ

藤谷 郁

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後継者として

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「おお、壮二か。なんだ、どうした」

 利希の顔が生気を取り戻す。そうだ、娘にはお前がいたのだ――と、期待する表情だった。一介の社員であるが、彼はれっきとした希美の婚約者だ。

 巨大なライバルに対し、ついに勇気をふるい起こしたのか。それとも妙案が浮かんだのか。
 これまでも、様々な困難を自然体で乗り切ってきた彼だ。どん詰まりの状態を打破するような、素晴らしいことを言ってくれるに違いない。

 身を乗り出す利希とともに、希美も期待に胸を膨らませ彼を見つめた。
 しかし……

「間もなく経営会議が始まります。第一会議室に移動をお願いします」

 とてつもなく冷たい、事務的な響きだった。
 利希も甲斐もあ然とした様子で、スケジュールを告げた秘書見習いを見返す。
 希美は全身が凍り付き、瞬きすらできない。

 経営会議が始まります――

 それはもちろん、秘書として大切な役目である。だけど、この場面でその発言は、あまりにも無情。あまりにも空気読めなさすぎる。
 まるで、他人事のように。

「北城さんも、準備を」
「……えっ?」

 希美は社長秘書として会議に出席する。彼女をフォローするのも彼の大切な役目だった。会議用のファイルを、彼は希美に持たせた。

 ついさっきの、熱をたたえた瞳はなんだったの。私への愛情ではなかったの?

「北城さん」

 さっきよりも強い口調で彼が呼ぶ。希美はビクッと肩を震わせた。

「これは仕事です。しっかりしてください」
「な……」

 希美は自分でも驚くほどの怒りを感じた。顔も首筋も真っ赤になり、髪が逆立つのがわかった。

 壮二は世界中の誰よりも大切で、かけがえのない男性ひと。それなのに……いや、だからこそ衝撃は半端なかった。

「お、おい……、南村君。失礼だろう」

 甲斐が取り成そうとするが、壮二は冷静な態度で希美を見下ろしている。
 利希が黙って椅子を立ち、希美を促した。

「会議が始まる。行くぞ」
「……はい、社長」

 希美は低い声で返事をすると、壮二から目を逸らした。悔しいけれど、彼の言うことは間違っていない。

(でも、あなたは私の婚約者なのよ)

 もういい――と、希美は前を向いた。
 弱気は禁物だと、何度言い聞かせればわかるのだろう。
 どうしても壮二に甘えてしまう自分が情けなく、そんな自分を冷徹に突き放す彼が憎らしかった。

 誰を頼ってもいけないし、感情に流されてもダメなのだ。
 希美は会社後継者として、決断することにした。
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