夫のつとめ

藤谷 郁

文字の大きさ
176 / 179
あふれる光

1

しおりを挟む
「何か仕掛けてくると覚悟していましたが、まさか、政略結婚を申し入れるとは想定外です。僕は頭が真っ白になり、何も考えられなかった」

 だからあの時、壮二が無感情に見えたのだ。彼の態度を冷たく感じたのは、抜け殻状態だったから。

「一体、どういうつもりなんだ。僕はいてもたってもいられず、すぐ壮太さんに確かめに行きました。久しぶりに再会した僕に、あの人は容赦なくぶつかってきた」

 ――北城のお嬢さんと俺が結婚するのがいやなら、お前がグラットン社長になればいい。政略結婚の相手は"グラットンの社長"だ。現社長とは言ってないだろう。次期社長でもいいんだからな。

 南村壮太が、好条件をつけてまでノルテフーズを買収しようとしたのは希美が目的ではない。彼が執着したのは壮二だった。
 何というしつこさ、何という策略。それほどまでに、壮二のことが欲しいのだ。

「だけど、僕は逆らいました。絶対にグラットンの社長になどならない。年下で平凡で、地味な男として希美さんと結婚すると決めていたから」

 壮二の頑固さに、壮太はますます執念を燃やしたことだろう。希美も負けず嫌いなので、彼の気持ちが手に取るようにわかる。

「僕は、希美さんが思い描いたとおりの、理想の夫になるんだ。その気持ちは揺るぎなかったですが、グラットンの誘いに対し、ノルテフーズの経営陣がどう対応するのか気がかりでした。だから北城社長が、会社の状況は気にせず結婚準備をしろと言ってくださった時は、ホッとしたんです。何より希美さんが結納式も結婚式も予定どおりだと言ってくれたのが、嬉しかった」

 壮二が希美に何も言わず先に帰った時があった。あの夜、南村社長と会っていたのだ。そんなこととは露知らず、悶々と悩んでいた自分が情けない。

「壮二……私」
「聞いてください」

 壮二は希美を抱き寄せ、手を握りしめる。熱い手のひらだった。

「しかしその後、ミズハラ食品が倒産してノルテフーズはさらなるピンチに陥った。今のノルテフーズをまるごと救えるのはグラットンだけ。しかし、そこには政略結婚という条件がついている。北城社長は経営者として、希美さんは会社後継者として苦しむだろう。僕は意地を捨てて、グラットンの社長になると決めたのです」

 壮二は興奮してきたのか、顔が上気している。息を整えると、言葉を継いだ。

「壮太さんは大喜びで、僕の決意を歓迎しました。複雑な気分ですが、後悔はなかったです。理想の夫像からは外れてしまいますが……」

 燃えるような眼差しが、希美を包み込む。

「どんな形であれ、あなたと結婚できるのだから」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...