フローライト

藤谷 郁

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春風

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2月22日 日曜日 快晴。

良樹は出かける準備を整えると、今日の試合会場である運動公園に向かった。

試合開始は10時だが、9時過ぎにはほとんどのメンバーが集まり、各々ウォーミングアップを始めた。


「おう、原田。こっちだ」


後藤がベンチの前で、良樹を呼んだ。今日は顔色がよく、元気そうだ。


「この前はサンキューな」


良樹が近寄ると、照れくさそうに礼を言う。そしてメンバーの前に良樹を押し出すと、


「みんな、今日助っ人に来てくれた原田良樹君だ。野球経験は中学までだが、充分戦力になるぜ」


同年代のメンバーがほとんどだ。挨拶が済むと後藤は集合をかけて、ベンチで作戦会議を始める。

その時、裏のドアから一人の男が現れた。

佐伯諒一だった。


「おはよう、佐伯君」

「おはようございます、原田さん」


二人は目を合わせ、自然体で挨拶する。後藤はその様子をちらりと見やり、知らぬ顔で打ち合わせを進めた。


「相手は全員高校野球の経験者だが、40過ぎのオヤジどもだ。特にピッチャーの大里は50目前の超おっさんだ。5回も持たんだろう」

「そのわりに防御率がいい」


良樹がデータを見て指摘する。


「今までの対戦相手が下手くそなだけだ」


後藤は断定的に言うが、


「球種が豊富だし、スローカーブが効いてるみたいですね」


今度は佐伯が口を出した。


「何だ今日の助っ人は! 士気を下げるな士気を!」


後藤は怒るが、他のメンバーは二人の意見に頷いている。


「とにかく、若さで勝負ってことだ。それが今日の作戦だ、以上!」


やけになった後藤が強引に締めくくると、皆がどっと笑い、良樹と佐伯も一緒に笑った。

グラウンドに出ると、朝の冷たい空気を、暖かな陽射しが和らげていた。
良樹は素振りの練習をする佐伯を観察した。バットは短く、グリップが太いものを使っている。


「本当に足が速そうだな」


佐伯を見つめたまま、後藤に話しかけた。


「ああ、塁に出りゃこっちのものよ。お前も足が速かったろ。変ってないか」

「多分」

「おいおい」

「何せ急ごしらえなんだから、期待しないでくれよ」


肩をすくめる良樹に、後藤は口を尖らせた。


「打つほうはどうだ。変化球はもちろん、速球も対応できるんだろうな」

「スローボールは練習した」

「あのな……」

「大丈夫だよ。何とかなる」



午前10時ぴったりに試合が始まった。

良樹はベンチに入る前に、グラウンドの周囲をぐるりと見回す。彩子は途中から来ると連絡があった。

ベンチに顔を戻すと佐伯がバットを手に出てくる。彼は一番ショートだ。


「よっしゃ、佐伯が塁に出たぞ!」


後藤が手をたたいて喜ぶ。サードゴロだが、佐伯は疾風のごとく走りセーフとなった。


「本当に速いなあ」


良樹は心から感心する。


「だろ、だろ? 俺が連れて来たんだ、俺が」


後藤は佐伯をスカウトしたのは俺だと自慢した。
佐伯は足が速いだけでなく、投手を観察する目も優れていた。

初回は結局後が続かず、その後も膠着状態となったが、4回表で佐伯が塁に出て、状況が変った。佐伯は投手の微妙な癖を見極め、バッターにサインで知らせた。


「原田、お前も頑張ってくれよ。さあ、行った行った」


後藤に発破をかけられ、良樹はバッターボックスに向かった。


その頃、彩子は既にグラウンドに来ており、智子と一緒に観戦していた。


「すごいわねえ、佐伯君って」

「うん、中学の頃を思い出すよ。走るフォームも変ってない」


佐伯が走塁する姿は、やはりとても魅力的だ。懐かしさが胸に迫り、彩子はドキドキした。

佐伯は一つ盗塁した後、味方のヒットでホームインし、ベンチに戻った。


「あっ、原田さんが打つよ、彩子」


バッターボックスに良樹が立つ。彼もユニフォームがよく似合っている。
ツーストライクまで簡単に追い込まれたが、その後ファールを交えてツースリーまで粘った。

最後、佐伯のサインを受け取り、良樹はその球に合わせてスイングする。

スローカーブだ。

ボールは投手の頭を越えて後ろに落ちた。

良樹も足が速い。送球が間に合わず、一塁はセーフとなる。


「よくやった、原田。せこいぞ!」


後藤が声を上げると、


「原田さん、上手いぞ!」


佐伯が拍手した。良樹は苦笑している。


「嫌味だなあ。どこが上手いんだよ」

「何言ってるんですか、後藤さん。僕のサインを生かして、スローカーブに対応したんです。できますか、後藤さんに」

「へいへい、分かったよ。何だお前ら、ライバル同士のくせに」

「何か言いましたか?」

「別に~」


ベンチでのやり取りは歓声にかき消される。

良樹が盗塁を決め、次のバッターがヒットで返した。


良樹と佐伯は試合が進むにつれ、親しみを深めていく。

二人はとても充実して、爽やかな気分だった。
草野球といえども、クロスゲームになると互いにむきになり、めいっぱい戦ってしまう。

元気者の後藤も疲れが出たのか、ボールに切れがない。9回の裏、ワンアウト三塁のピンチ。タッチアップでも1点が入る状況だ。

スコアは5対4。相手にとって同点のチャンスである。
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