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「奈々子に会いたい」
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「……?」
呼び出し音が続き、それはいつまでも終わらなかった。留守番電話に切り替わることもなく。
「どうして出ないんだろ??」
知らない番号だから? それとも、私からだと思って……
いざとなって、怖くなったのかもしれない。再会するのが。
スマートフォンをポケットにしまい、周囲をよくよく確かめてみた。もしかしたら、既に近くにいて、声をかけられずにいるのではないか。
だけど、いくら目を凝らしても莉央らしき姿は見つからなかった。
「莉央、どうして?」
時間が刻々と過ぎていく。
そして、午後8時。
約束の時間を2時間過ぎても、莉央は現れなかった。もう一度電話してみるが、呼び出し音が鳴るばかりで、応答しない。
「帰ろう……」
本をバッグに戻すと、銀の鈴を離れてノロノロと歩き出す。
つらくて、悲しくて、涙がこぼれそうになる。
会えると思ったのに。
どうして、どうして……
エスカレーターの手前でスマートフォンが震えた。反射的にポケットから取り出し、画面に目をみはる。
「あ……!」
織人さんからの電話だった。
今の今まで、すっかり忘れていた。彼が帰宅する時間を。そして、なんの連絡もせずにいたことを。
「もしもし、織人さんごめんなさい!」
『奈々子、どうしたんだ』
二人の声が重なり、しばし沈黙する。織人さんが先に口を切った。
『ああ、びっくりした。帰ったら部屋が真っ暗だし、奈々子はいないし、心配したぜ』
「本当にごめんなさい。夕飯も作らないで、私……」
『そんなのはいいよ。今、どこにいるんだ?』
心配そうに問いかける彼に、少し躊躇ってから答えた。
「あの……東京駅です」
『東京駅?』
通行人の邪魔にならないよう壁際に寄り、彼に説明した。
莉央が実家に電話してきたこと。母の制止を無視して、東京駅まで来たこと。
そして、結局莉央が現れず、今から帰るところだと言うと、
『すぐに帰っておいで。夕飯を作って、待ってるから』
責めるでもなく、穏やかに答えた。
私は「うん」と返事するのが精いっぱい。電話を切ってからも、しばらく涙が止まらなかった。
こんな顔で帰ったら、織人さんが心配する。涙がおさまると、私は少しだけ冷静さを取り戻していた。
(電車に乗る前に、メイクを直そう)
化粧室に立ち寄り、シートで目元を冷やしてから、簡単に化粧直しをする。
(よし、早く帰らなきゃ。織人さんにご飯を作らせるなんて……何やってるんだろう、私)
ポーチをしまい、急いで化粧室を出た。
「きゃっ!」
「!?」
勢いよく飛び出したせいで、通路を歩く人にぶつかってしまった。
私の前に、小柄な女性が倒れている。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?」
「いえ、私のほうこそ、ぼうっとしてたから……いたた」
倒れたはずみで、腰を打ったようだ。よろめきながら立ち上がるその人を支えて、通路の端に寄る。
「本当にすみません。あの、歩けますか?」
「ええ、これはその、びっくりしただけなので、平気です」
なぜかすまなそうにペコペコする。
私と同じ年ぐらいの女性だ。化粧気がないせいか、顔色が悪いように見えた。
「あ、荷物が……」
彼女のものらしきボストンバッグが通路に落ちている。さっき私がぶつかったはずみで放り出されたのだ。
彼女を止めて、私が取りに行く。持ち上げると、大きさのわりにずしりと重い。
「ありがとうございます」
「いえ」
ボストンバッグを渡すと、フラッとよろめいた。腰を打ったからというより、どこか具合が悪くて、まっすぐに立てない感じである。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ。私……もともと体力がなくて、その上、人ごみで疲れてしまって。やっぱり東京ってすごい人ですよね」
どうやら東京に出てきたばかりのようだ。旅行者なら、荷物が重いのも納得である。
「すみません、かえってご心配をおかけしました。ロータリーに迎えが来てるので、そこまで歩くだけなので」
荷物を肩にかけるが、なんとも危なっかしい。痩せた体が揺れるのを見て、私はハラハラした。
「よければ、バッグを持たせてくれませんか。ロータリーまでお送りします」
「えっ?」
私の申し出に驚いたのか、目を丸くする。
「そんな、とんでもないです。私なんかのために、ご迷惑をおかけしては……」
「いえいえ、迷惑をかけたのは私ですから、遠慮なさらず」
にこりと笑いかけると、彼女はおずおずとバッグを差し出した。
「実は、肩がつらくて。助かります」
「お預かりしますね」
荷物を肩代わりして、迎えが来る方向を訊ねた。
「南口のロータリーです」
「分かりました。ゆっくり行きましょう」
彼女の歩調に合わせて進んだ。
「東京へは、ご旅行ですか?」
「あ、はい……その、昔の友達に会うことになって。小学生の頃の」
「そうなんですね」
胸がチクリとした。
私も、昔の友達に会うつもりでここまで来たのだ。
結局、彼女は来なかったけれど。
「それは楽しみですね」
「ええ……」
彼女は一瞬顔を上げて、どうしてか目を逸らした。気のせいか、さっきより顔が青白い。
呼び出し音が続き、それはいつまでも終わらなかった。留守番電話に切り替わることもなく。
「どうして出ないんだろ??」
知らない番号だから? それとも、私からだと思って……
いざとなって、怖くなったのかもしれない。再会するのが。
スマートフォンをポケットにしまい、周囲をよくよく確かめてみた。もしかしたら、既に近くにいて、声をかけられずにいるのではないか。
だけど、いくら目を凝らしても莉央らしき姿は見つからなかった。
「莉央、どうして?」
時間が刻々と過ぎていく。
そして、午後8時。
約束の時間を2時間過ぎても、莉央は現れなかった。もう一度電話してみるが、呼び出し音が鳴るばかりで、応答しない。
「帰ろう……」
本をバッグに戻すと、銀の鈴を離れてノロノロと歩き出す。
つらくて、悲しくて、涙がこぼれそうになる。
会えると思ったのに。
どうして、どうして……
エスカレーターの手前でスマートフォンが震えた。反射的にポケットから取り出し、画面に目をみはる。
「あ……!」
織人さんからの電話だった。
今の今まで、すっかり忘れていた。彼が帰宅する時間を。そして、なんの連絡もせずにいたことを。
「もしもし、織人さんごめんなさい!」
『奈々子、どうしたんだ』
二人の声が重なり、しばし沈黙する。織人さんが先に口を切った。
『ああ、びっくりした。帰ったら部屋が真っ暗だし、奈々子はいないし、心配したぜ』
「本当にごめんなさい。夕飯も作らないで、私……」
『そんなのはいいよ。今、どこにいるんだ?』
心配そうに問いかける彼に、少し躊躇ってから答えた。
「あの……東京駅です」
『東京駅?』
通行人の邪魔にならないよう壁際に寄り、彼に説明した。
莉央が実家に電話してきたこと。母の制止を無視して、東京駅まで来たこと。
そして、結局莉央が現れず、今から帰るところだと言うと、
『すぐに帰っておいで。夕飯を作って、待ってるから』
責めるでもなく、穏やかに答えた。
私は「うん」と返事するのが精いっぱい。電話を切ってからも、しばらく涙が止まらなかった。
こんな顔で帰ったら、織人さんが心配する。涙がおさまると、私は少しだけ冷静さを取り戻していた。
(電車に乗る前に、メイクを直そう)
化粧室に立ち寄り、シートで目元を冷やしてから、簡単に化粧直しをする。
(よし、早く帰らなきゃ。織人さんにご飯を作らせるなんて……何やってるんだろう、私)
ポーチをしまい、急いで化粧室を出た。
「きゃっ!」
「!?」
勢いよく飛び出したせいで、通路を歩く人にぶつかってしまった。
私の前に、小柄な女性が倒れている。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか!?」
「いえ、私のほうこそ、ぼうっとしてたから……いたた」
倒れたはずみで、腰を打ったようだ。よろめきながら立ち上がるその人を支えて、通路の端に寄る。
「本当にすみません。あの、歩けますか?」
「ええ、これはその、びっくりしただけなので、平気です」
なぜかすまなそうにペコペコする。
私と同じ年ぐらいの女性だ。化粧気がないせいか、顔色が悪いように見えた。
「あ、荷物が……」
彼女のものらしきボストンバッグが通路に落ちている。さっき私がぶつかったはずみで放り出されたのだ。
彼女を止めて、私が取りに行く。持ち上げると、大きさのわりにずしりと重い。
「ありがとうございます」
「いえ」
ボストンバッグを渡すと、フラッとよろめいた。腰を打ったからというより、どこか具合が悪くて、まっすぐに立てない感じである。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ。私……もともと体力がなくて、その上、人ごみで疲れてしまって。やっぱり東京ってすごい人ですよね」
どうやら東京に出てきたばかりのようだ。旅行者なら、荷物が重いのも納得である。
「すみません、かえってご心配をおかけしました。ロータリーに迎えが来てるので、そこまで歩くだけなので」
荷物を肩にかけるが、なんとも危なっかしい。痩せた体が揺れるのを見て、私はハラハラした。
「よければ、バッグを持たせてくれませんか。ロータリーまでお送りします」
「えっ?」
私の申し出に驚いたのか、目を丸くする。
「そんな、とんでもないです。私なんかのために、ご迷惑をおかけしては……」
「いえいえ、迷惑をかけたのは私ですから、遠慮なさらず」
にこりと笑いかけると、彼女はおずおずとバッグを差し出した。
「実は、肩がつらくて。助かります」
「お預かりしますね」
荷物を肩代わりして、迎えが来る方向を訊ねた。
「南口のロータリーです」
「分かりました。ゆっくり行きましょう」
彼女の歩調に合わせて進んだ。
「東京へは、ご旅行ですか?」
「あ、はい……その、昔の友達に会うことになって。小学生の頃の」
「そうなんですね」
胸がチクリとした。
私も、昔の友達に会うつもりでここまで来たのだ。
結局、彼女は来なかったけれど。
「それは楽しみですね」
「ええ……」
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