一億円の花嫁

藤谷 郁

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バトル!

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「くそっ、マジかよ、この俺が……ふざけたゴリラ野郎に、やられるなんて」
「そっちこそふざけるんじゃねえ。最強の地下格闘家と聞いて、期待したのによ。物足りねーにも程があるぜ!」

 ニット帽が剛田に肩を貸し、車にもたれさせた。
 綾華は面白そうに眺めている。

「クレイジー・L。お前、トレーニングしてねえだろ。地下は引退したのか」

 キングに問われ、剛田は気まずそうにした。

「どうりで開始早々、息が上がってるわけだ。筋力が落ちてスピードが出ず、キレがないから避けられる。そんなんじゃ、日々鍛錬してる俺様に勝てるわけねえだろ」
「てめぇ……」

 図星を指されたようだ。
 剛田は怒りをあらわにキングを見返し、支えようとするニット帽を振り払い一人で立つ。

「てめぇこそ勘違いするな。俺のバトルは試合じゃねえ。喧嘩だよ」

 サッと右手を上げた。
 それを合図にするように綾華が立ち上がり、ナイフを投げた。

「あっ!」

 キングに伝える間もなかった。剛田はナイフをキャッチするやいなや、刃を開いて切りかかった。

「最初からそうすればいいのよ。いつもみたいに切り刻んじゃえ!」
「……!」

 狂ってる。
 クレイジーなのは綾華だ。
 剛田を見捨てたり、助けたり、感情のまま振る舞っている。
 自分さえ良ければそれでいいのだ。
 たとえ誰が犠牲になろうと。
 
「おい、反則だぞてめー!」

 刃を避けながら、キングが抗議した。しかし剛田は攻撃を止めず、鋭く切りかかる。
 
「よっしゃあ、兄貴の反撃だ! むしろこっからが本番だぜ」

 ニット帽が距離を取りつつ、撮影を再開する。

「兄貴はもともとナイフ使いだ。簡単に避けられると思うなよ!」

 剛田の動きがさっきまでと違う。刃物を手にした途端、俊敏になった気がする。
 まさに、水を得た魚。
 キングは攻撃のタイミングを掴めないのか、壁際に追い詰められていく。

「そんな物騒なもん、地下でも振り回してたのかよ!」
「ああ! 足腰立たないようボコりまくってから、じっくり切り刻むのが俺のやり方だ。リングは血まみれ、お客さんは大喜び。解体ショーってやつだ!」

 怖くて見ていられなかった。
 剛田の発言は、おそらく本当だろう。
 クライム映画のように残酷な世界が、現実に存在するのだ。
 そこでは実際に殺人が行われているのかもしれない。そして……

 そばに立つ綾華の姿を、恐ろしい気持ちで眺めた。
 どこかの地下で、剛田が人殺しをするのを、この女も見ていたに違いない。こんな風に、楽しげな顔で。

 パキン!

 乾いた音がして、息が止まりそうになった。
 倉庫の壁際で、剛田とキングが立った状態で重なっている。

(……!?)

 キングが負けるわけない。だけど、圧倒的に不利な状態だった。
 どうしよう、もしそんなことになったら……
 最悪の想像が頭をよぎり、気を失いそうになる。

「くっそぉぉ……!」

 やがて、膝をついたのは剛田だった。右の手首がぶらんと下がり、ナイフが落ちる。
 今のは骨が折れた音だったのか。
 キングは構えを解き、動きを止めた敵を見下ろす。

「やべー。刃物を持ったやつと実戦でやるのは初めてだが、めちゃくちゃこえぇな。て言うか、どこで覚えたんだよ、そんな技」

 首筋の汗を拭う。よく見ると、マスクの顎のところがパックリ割れている。ナイフで切られたようだ。

「裏社会だよ。ホスト時代からずっと……夜の街で成り上がるためのスキルが必要だった。地下のイベントは、ナイトクラブに集まる金持ち連中がスポンサーだ。金のためなら殺しも厭わぬデスマッチ。表には絶対に出せない、狂気のリングで腕を磨いてきたのさ。部活やサークルでのんびりやってたお前らと違って、こっちは命懸けで体得したんだよ。それなのに……」

 剛田は悔しさを隠さなかった。刃物での格闘に、絶対の自信を持っていたのだ。

「こんな……猿のマスクにタイツ一枚の、わけのわからん野郎に負けるなんて」
「筋力もテクニックも、継続してこそ実戦に生きるんだよ。俺は日々鍛錬し、お前は怠けていた。それだけの話だろ」
「ちくしょう……」

 剛田は毒づくが、立つこともできない様子だった。

「下手に動くとますます痛むぞ。……じゃなくて、そんなことより」

 キングがナイフを拾い、こちらに向かってまっすぐに歩いて来た。

「げっ」

 綾華が動揺し、後ずさりする。
 私の前まで来ると、キングは綾華を一瞥し、無言の圧力をかけた。
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