184 / 198
絶体絶命
1
しおりを挟む
古ぼけた倉庫の壁は脆い。ダンプカーに破壊されて、大きく崩れ落ちた。
雪と風がまともに吹き込んでくる。
「綾華さん。命令どおり、20人連れて来ましたぜ!」
運転席から降りた男が、大声で叫んだ。スキンヘッドに顎髭。鋭い目つき。見るからに柄の悪そうな、大男だ。
そして、助手席や荷台からも次々に男が飛び降り、大男とともにずらりと並ぶ。スポーツウェアからスーツまで格好はさまざまだが、いずれも若く、厳つい体つきだった。
「てめえら、なんでここに……!」
剛田が驚きの声を上げた。
男たちは彼の知り合いらしく、彼を見て薄笑いを浮かべた。
「おい、なんだよこいつら。まさか助っ人か?」
キングが私を守りながら、綾華に訊いた。
「そう、さっき呼んだの。だって、あいつじゃ頼りにならないし」
剛田を顎で指した。綾華の言い方には侮蔑がこもっている。
「綾華……てめぇ、最初から俺をはめるつもりだったのか」
剛田がよろよろと歩きだす。
「呼ばれてすぐに来れる距離じゃねえ。近くに待機させてやがったな」
「だから、しょうがないでしょ。私、あんたをまあまあ気に入ってたけど、軽蔑もしてたのよね。金のためならババアと寝ちゃうようなやつだし、当てにならない」
男たちが大笑いする。
明らかにバカにした笑いだった。
「マジで役立たず! こんなわけのわからないゴリラ野郎にやられるなんて、みっともないったらないわ。しょせん、地下のチャンピオンなんて昔の話。引退した頃から、いつ捨ててやろうかと思ってた。そこのあんたも!」
綾華の視線が移る。
ニット帽だ。
男たちから離れたところに立ち、自撮り棒を握りしめている。
「う、嘘でしょ。もしかして俺も、切り捨てるつもりッスか?」
「と、思ったけど……役に立つなら使ってあげてもいいわ。とりあえず、撮影を続けなさい。面白い動画が撮れるかもしれないから」
綾華がにこりと微笑む。
ニット帽は激しくうなずき、言われたとおり撮影を再開した。
剛田は綾華にたどり着く前に力尽き、膝をついた。
「ケッ、バカが」
大男が剛田にのしのしと近づき、思いきり蹴り上げた。
「ざまあねぇぜ、このクソ野郎が! 西野さんのお気に入りだからって、地下で俺たちをさんざんコケにしてくれたよな。あとでたっぷり礼をさせてもらうからよ、覚悟しやがれ!!」
「ぐふっ……」
剛田は起き上がろうとするが、仰向けに倒れた。気絶したかのように、ピクリともしない。
「勝ち逃げしようったって、そうはいかねぇ。金は俺たちで山分けするぜ。綾華さんと切れたてめぇなんぞ、これっぽっちも怖くねえ」
これは、仲間割れだ。
話を聞く限り、彼らは地下格闘家であり、剛田にボコボコにされた敗者なのだろう。
それと、剛田のことを「西野さんのお気に入り」と言った。
(もしかして、綾華の父親?)
西野社長は、違法なイベントに関わるスポンサーの一人かもしれない。しかも大口の。
趣味の悪さにゾッとするが、驚きはしなかった。西野社長は、綾華というモンスターを育てた人間である。
「それにしても、20人って言ったか? 助っ人にしちゃあ、ずいぶんな人数じゃねえか」
キングが呆れたように言った。綾華がこちらに向き直り、男たちも一斉に注目する。
「人質を取って、しかも織人に一人で来いって言ったんだろ? いくらなんでも用心が過ぎるんじゃねえの」
「フン。一人で来いと言われて、一人で来るバカはいない。実際、あんたみたいなバケモンを寄越したじゃない」
綾華が私を見て、ククッと笑う。
「大事な奥様が誘拐されたって言うのに、自分は安全な場所から指示を出すだけ。由比織人は卑怯者のクズ。優しさがどうのこうの言ってるけど、そんなのぜんぶ嘘。奈々子、結局あんたも政略結婚の道具なんでしょ? ぜーんぜん、愛されていないようね!」
「……!」
キングの肩が震えた。
綾華の言い草にカッとなったのだ。
「くそっ……好き勝手言いやがって」
(ダメ、堪えて織人さん。正体がバレたら大変なことになる)
ニット帽が撮影を続けている。
キングも気づいたのか、無言で半歩前に出て、私を睨む綾華の視線を遮った。
雪と風がまともに吹き込んでくる。
「綾華さん。命令どおり、20人連れて来ましたぜ!」
運転席から降りた男が、大声で叫んだ。スキンヘッドに顎髭。鋭い目つき。見るからに柄の悪そうな、大男だ。
そして、助手席や荷台からも次々に男が飛び降り、大男とともにずらりと並ぶ。スポーツウェアからスーツまで格好はさまざまだが、いずれも若く、厳つい体つきだった。
「てめえら、なんでここに……!」
剛田が驚きの声を上げた。
男たちは彼の知り合いらしく、彼を見て薄笑いを浮かべた。
「おい、なんだよこいつら。まさか助っ人か?」
キングが私を守りながら、綾華に訊いた。
「そう、さっき呼んだの。だって、あいつじゃ頼りにならないし」
剛田を顎で指した。綾華の言い方には侮蔑がこもっている。
「綾華……てめぇ、最初から俺をはめるつもりだったのか」
剛田がよろよろと歩きだす。
「呼ばれてすぐに来れる距離じゃねえ。近くに待機させてやがったな」
「だから、しょうがないでしょ。私、あんたをまあまあ気に入ってたけど、軽蔑もしてたのよね。金のためならババアと寝ちゃうようなやつだし、当てにならない」
男たちが大笑いする。
明らかにバカにした笑いだった。
「マジで役立たず! こんなわけのわからないゴリラ野郎にやられるなんて、みっともないったらないわ。しょせん、地下のチャンピオンなんて昔の話。引退した頃から、いつ捨ててやろうかと思ってた。そこのあんたも!」
綾華の視線が移る。
ニット帽だ。
男たちから離れたところに立ち、自撮り棒を握りしめている。
「う、嘘でしょ。もしかして俺も、切り捨てるつもりッスか?」
「と、思ったけど……役に立つなら使ってあげてもいいわ。とりあえず、撮影を続けなさい。面白い動画が撮れるかもしれないから」
綾華がにこりと微笑む。
ニット帽は激しくうなずき、言われたとおり撮影を再開した。
剛田は綾華にたどり着く前に力尽き、膝をついた。
「ケッ、バカが」
大男が剛田にのしのしと近づき、思いきり蹴り上げた。
「ざまあねぇぜ、このクソ野郎が! 西野さんのお気に入りだからって、地下で俺たちをさんざんコケにしてくれたよな。あとでたっぷり礼をさせてもらうからよ、覚悟しやがれ!!」
「ぐふっ……」
剛田は起き上がろうとするが、仰向けに倒れた。気絶したかのように、ピクリともしない。
「勝ち逃げしようったって、そうはいかねぇ。金は俺たちで山分けするぜ。綾華さんと切れたてめぇなんぞ、これっぽっちも怖くねえ」
これは、仲間割れだ。
話を聞く限り、彼らは地下格闘家であり、剛田にボコボコにされた敗者なのだろう。
それと、剛田のことを「西野さんのお気に入り」と言った。
(もしかして、綾華の父親?)
西野社長は、違法なイベントに関わるスポンサーの一人かもしれない。しかも大口の。
趣味の悪さにゾッとするが、驚きはしなかった。西野社長は、綾華というモンスターを育てた人間である。
「それにしても、20人って言ったか? 助っ人にしちゃあ、ずいぶんな人数じゃねえか」
キングが呆れたように言った。綾華がこちらに向き直り、男たちも一斉に注目する。
「人質を取って、しかも織人に一人で来いって言ったんだろ? いくらなんでも用心が過ぎるんじゃねえの」
「フン。一人で来いと言われて、一人で来るバカはいない。実際、あんたみたいなバケモンを寄越したじゃない」
綾華が私を見て、ククッと笑う。
「大事な奥様が誘拐されたって言うのに、自分は安全な場所から指示を出すだけ。由比織人は卑怯者のクズ。優しさがどうのこうの言ってるけど、そんなのぜんぶ嘘。奈々子、結局あんたも政略結婚の道具なんでしょ? ぜーんぜん、愛されていないようね!」
「……!」
キングの肩が震えた。
綾華の言い草にカッとなったのだ。
「くそっ……好き勝手言いやがって」
(ダメ、堪えて織人さん。正体がバレたら大変なことになる)
ニット帽が撮影を続けている。
キングも気づいたのか、無言で半歩前に出て、私を睨む綾華の視線を遮った。
5
あなたにおすすめの小説
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
【完】ソレは、脱がさないで
Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング2位
パッとしない私を少しだけ特別にしてくれるランジェリー。
ランジェリー会社で今日も私の胸を狙ってくる男がいる。
関連物語
『経理部の女王様が落ちた先には』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高4位
ベリーズカフェさんにて総合ランキング最高4位
2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位
2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位
『FUJIメゾン・ビビ~インターフォンを鳴らして~』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高11位
『わたしを見て 触って キスをして 恋をして』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高25位
『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位
『ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位
『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』
ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位
私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。
伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。
物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。
網代さんを怒らせたい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」
彼がなにを言っているのかわからなかった。
たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。
しかし彼曰く、これは練習なのらしい。
それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。
それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。
それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。
和倉千代子(わくらちよこ) 23
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
デザイナー
黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟
ただし、そう呼ぶのは網代のみ
なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている
仕事も頑張る努力家
×
網代立生(あじろたつき) 28
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
営業兼事務
背が高く、一見優しげ
しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く
人の好き嫌いが激しい
常識の通じないヤツが大嫌い
恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる