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絶体絶命
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「ひゃ……!」
耳元で風がうなった。
バールの先がコンクリートの床を叩き、破片が散る。
(嘘でしょ……)
ぎりぎりでかわしたが、もし直撃したら私は大怪我……いや、死んでいただろう。
「くっ、逃げてんじゃないわよ、奈々子!」
綾華がバールを構え直し、再び向き合う。バールの重さにふらついているが、敵意は剥き出し。目はギラギラとして、殺気に満ちている。
「昔とぜんぜん変わってないよね。闘いなさいよ! 卑怯者!」
「綾華に言われたくない!」
思わず言い返していた。
恐怖よりも怒りが勝る。この女は、こうやって相手を追い詰めるのだ。自分のしたことを棚に上げて、こちらが悪いみたいに因縁をつける。
「卑怯者は綾華だよ。私はあの時、逃げるしかなかった。だって、いつまでもあんたなんかと付き合ってられないよ。夏樹と莉央も同じじゃないの? 綾華のことが心底嫌になって、自分を大事にするって決めたんだよ」
「はあ? わけわかんない。あんたのせいで私は……」
また何か喚いている。
この女は、相手の言い分なんてどうでもいいのだ。自分さえ良ければいい。自分は悪くない。ぜんぶ誰かのせい。
身勝手な思考で、こんなとんでもない事件まで起こす。
「やっちまえ、リーダー!!」
「死ねよ、バケ猿!」
男たちの野次が聞こえる。キングが戦っているのだ。
今は大男と一対一だけど、まだ19人も敵がいて、彼を取り囲む。全員倒すなんて無理。いくらキングでも、最後は負けてしまう。
そうなったらもう、ボコボコにされて、なぶり殺しにされて、死んでしまう!
絶体絶命の状況に、私は怒りしかなかった。織人さんを巻き込んだ綾華が憎くてたまらない。
(綾華を倒して、逃げる。それから、警察を呼ぶ。雲井さんたちにも連絡する。自分にやれることはすべてやるんだ。最後まであきらめない。織人さんのために!)
私は小さく深呼吸した。
そして素早くかがんで、割れたコンクリートのかけらを拾う。
「えいっ!!」
綾華の顔めがけて投げた。
「きゃっ」
避けられたので、当たらなかった。でも隙ができた。私は何も考えずに思い切り体当たりした。
「痛ぁっ!」
綾華が尻餅をつき、バールが転がる。私は無我夢中でそれを拾い、綾華めがけて振り下ろそうとした。
「奈々子さん!」
「……!?」
ハッとして、声のしたほうを振り向く。
倉庫の隅。よく見るとそれは小さな扉で、彼女が顔を出していた。
「奈々子さん、こっちです!」
「エ、エミさん?」
あの扉は、倉庫の裏口だ。まったく気づかなかった。ボロボロで、埃をかぶっていて。
綾華でさえ驚いている。
「エミ、あんた……!」
立ち上がろうとする綾華を、とっさに足で蹴り倒した。
そして、一目散に走る。エミさんのいるほうへ。
「逃げましょう、早く!」
エミさんが私を引っ張り出した。すぐに扉を閉めて、鍵をかける。
「奈々子が逃げたわ! エミも裏切りやがった! 誰か、つかまえてえぇ!!」
綾華の絶叫が聞こえた。
男たちが気がつき、すぐに追いかけて来るだろう。
「奈々子さん、こっちです。とりあえず隠れましょう」
「えっ、で、でもどこに」
「そんなもの捨てて、早く!」
エミさんがバールを捨てさせ、そのかわりしっかりと手を繋いだ。
真っ暗な闇に、雪が降っていた。吹雪のように。
足がもつれそうになるが、エミさんの手が支えてくれる。彼女の懐中電灯だけが頼りで、周りがよく見えない。
だけど彼女は迷わず進んだ。
「ここを上がってください。雪で滑らないよう気をつけて」
エミさんが連れて来たのは、先ほどトイレを借りた工場棟。玄関と反対側にある非常階段だった。
手すりが半分落ちたような、ボロボロの階段である。私は一瞬ためらうが、背後から聞こえる男たちの声に、迷いも吹き飛ぶ。
捕まったら最後だ。
「どこに逃げやがった。隠れてんじゃねえぞ、コラア!!」
「真っ暗で見えねえ。工場の明かりをつけろ!」
夢中で階段を上がった。
2階に入り口があり、エミさんがドアを開けて私を押し込み、自分も入るとすぐに閉めて鍵をかける。クレセント錠とチェーンロック、その辺に転がっている鉄パイプをストッパーにした。
「こっちです」
エミさんは迷いなく進む。
ドアの内側は通路で、片方が窓、片方がガラス張りになっていた。暗くてよくわからないが、ガラス越しに工場全体が見下ろせるようだ。
冷たい通路に、私たちの足音だけが響く。
耳元で風がうなった。
バールの先がコンクリートの床を叩き、破片が散る。
(嘘でしょ……)
ぎりぎりでかわしたが、もし直撃したら私は大怪我……いや、死んでいただろう。
「くっ、逃げてんじゃないわよ、奈々子!」
綾華がバールを構え直し、再び向き合う。バールの重さにふらついているが、敵意は剥き出し。目はギラギラとして、殺気に満ちている。
「昔とぜんぜん変わってないよね。闘いなさいよ! 卑怯者!」
「綾華に言われたくない!」
思わず言い返していた。
恐怖よりも怒りが勝る。この女は、こうやって相手を追い詰めるのだ。自分のしたことを棚に上げて、こちらが悪いみたいに因縁をつける。
「卑怯者は綾華だよ。私はあの時、逃げるしかなかった。だって、いつまでもあんたなんかと付き合ってられないよ。夏樹と莉央も同じじゃないの? 綾華のことが心底嫌になって、自分を大事にするって決めたんだよ」
「はあ? わけわかんない。あんたのせいで私は……」
また何か喚いている。
この女は、相手の言い分なんてどうでもいいのだ。自分さえ良ければいい。自分は悪くない。ぜんぶ誰かのせい。
身勝手な思考で、こんなとんでもない事件まで起こす。
「やっちまえ、リーダー!!」
「死ねよ、バケ猿!」
男たちの野次が聞こえる。キングが戦っているのだ。
今は大男と一対一だけど、まだ19人も敵がいて、彼を取り囲む。全員倒すなんて無理。いくらキングでも、最後は負けてしまう。
そうなったらもう、ボコボコにされて、なぶり殺しにされて、死んでしまう!
絶体絶命の状況に、私は怒りしかなかった。織人さんを巻き込んだ綾華が憎くてたまらない。
(綾華を倒して、逃げる。それから、警察を呼ぶ。雲井さんたちにも連絡する。自分にやれることはすべてやるんだ。最後まであきらめない。織人さんのために!)
私は小さく深呼吸した。
そして素早くかがんで、割れたコンクリートのかけらを拾う。
「えいっ!!」
綾華の顔めがけて投げた。
「きゃっ」
避けられたので、当たらなかった。でも隙ができた。私は何も考えずに思い切り体当たりした。
「痛ぁっ!」
綾華が尻餅をつき、バールが転がる。私は無我夢中でそれを拾い、綾華めがけて振り下ろそうとした。
「奈々子さん!」
「……!?」
ハッとして、声のしたほうを振り向く。
倉庫の隅。よく見るとそれは小さな扉で、彼女が顔を出していた。
「奈々子さん、こっちです!」
「エ、エミさん?」
あの扉は、倉庫の裏口だ。まったく気づかなかった。ボロボロで、埃をかぶっていて。
綾華でさえ驚いている。
「エミ、あんた……!」
立ち上がろうとする綾華を、とっさに足で蹴り倒した。
そして、一目散に走る。エミさんのいるほうへ。
「逃げましょう、早く!」
エミさんが私を引っ張り出した。すぐに扉を閉めて、鍵をかける。
「奈々子が逃げたわ! エミも裏切りやがった! 誰か、つかまえてえぇ!!」
綾華の絶叫が聞こえた。
男たちが気がつき、すぐに追いかけて来るだろう。
「奈々子さん、こっちです。とりあえず隠れましょう」
「えっ、で、でもどこに」
「そんなもの捨てて、早く!」
エミさんがバールを捨てさせ、そのかわりしっかりと手を繋いだ。
真っ暗な闇に、雪が降っていた。吹雪のように。
足がもつれそうになるが、エミさんの手が支えてくれる。彼女の懐中電灯だけが頼りで、周りがよく見えない。
だけど彼女は迷わず進んだ。
「ここを上がってください。雪で滑らないよう気をつけて」
エミさんが連れて来たのは、先ほどトイレを借りた工場棟。玄関と反対側にある非常階段だった。
手すりが半分落ちたような、ボロボロの階段である。私は一瞬ためらうが、背後から聞こえる男たちの声に、迷いも吹き飛ぶ。
捕まったら最後だ。
「どこに逃げやがった。隠れてんじゃねえぞ、コラア!!」
「真っ暗で見えねえ。工場の明かりをつけろ!」
夢中で階段を上がった。
2階に入り口があり、エミさんがドアを開けて私を押し込み、自分も入るとすぐに閉めて鍵をかける。クレセント錠とチェーンロック、その辺に転がっている鉄パイプをストッパーにした。
「こっちです」
エミさんは迷いなく進む。
ドアの内側は通路で、片方が窓、片方がガラス張りになっていた。暗くてよくわからないが、ガラス越しに工場全体が見下ろせるようだ。
冷たい通路に、私たちの足音だけが響く。
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