一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
198 / 198
コンフォート(最終章)

しおりを挟む
 ◇◇◇


「お帰りなさいませ織人様。どこまでお散歩に行かれたのかと、心配しておりましたよ。奈々子様、ご無事で何より!」
「ちょっと遅くなっただけだろ。大げさだなあ」

 ホテルに着くと、大野さんが出迎えてくれた。彼は織人さんが子供の頃からの守り役で、今も昔もずっと心配している。
 あの事件を知った時は寿命が縮まったと、織人さんに訴えていた。

「もうすぐディナーのお時間ですよ。さあさあ、奈々子様も早くこちらに」

 エレベーターへと急かされ、織人さんが肩をすくめる。

「30分後にお料理をお運びいたします。今夜もごゆるりとお過ごしください」

 私たちがエレベーターに乗り込むと、大野さんが恭しく頭を下げて見送った。
 扉が閉まり、籠が上昇する。

「さあて、今夜はフレンチの新メニューだぞ。しっかり食べろよ、奈々子」
「はい、楽しみです」

 エレベーターの窓から、湖が見渡せる。私はなんだか堪らない気持ちになり、織人さんに寄り添った。

「おいおい。どうしたんだ、急に」

 驚きつつ、すぐに抱きしめてくる。嬉しそうな笑顔がまぶしい。

「織人さん。本当に、ありがとう」
「奈々子……」

 見つめ合い、唇を寄せ合う。
 もう少しで触れそうな時、電話が鳴った。

「だーっ、なんだよもう……って、あれ? 翼からだ」
「翼さん?」

 エレベーターが5階に着いた。とりあえず降りてから、彼が電話に出た。
 ホールの奥に、特別室Sの玄関が見える。

「なんだよ、いいところなのに……あん? まあいいよ、こっちの話だ。用があるなら手短にな……えっ、なんだって?」

 相変わらずぶっきらぼうだが、どこか楽しそう。なんのかんの言っても仲の良い幼なじみである。

(それに、花ちゃんも)

 私たちはたびたび4人で食事する。
 事件後の私のメンタルを気遣い、二人が誘ってくれるのだ。
 彼らの存在に、心から感謝している。
 
「ええーッ!? マジかよ!!」

 大きな声に驚き、織人さんを見上げた。

「わ、わかった。いや、ちょっと考えさせてくれ……わかったから心配するな。ああ、じゃあまた」
「ど、どうしたんですか?」

 スマホを握りしめる彼に、電話の内容を訊ねた。

「奈々子、驚くなよ。ハリウッドからオファーが来た」
「……はい?」

 言葉の意味が理解できず、頬を紅潮させる彼をひたすら見つめた。

「例の動画を見たハリウッドのプロデューサーが九郎さんに問い合わせたそうだ。ミスター由比を紹介してくれないか、映画出演を依頼したいと」
「ハリウッド……?」

 まだ理解できない。
 織人さんが焦ったそうに続ける。

「映画だよ、奈々子。九郎さんはロスに不動産を持ってて、セレブと親交があるんだ。その中に有名なプロデューサーがいて、その人が九郎さんを介して、アクション映画に出てほしいと俺に伝えてきたってこと!」
「……え、えええ!?」

 思わず叫んだ。
 織人さんが腕を広げて、私を抱きしめる。

「信じられねー、こんなことがあるんだ。君のおかげだよ奈々子!」
「す、すごいです、織人さん、すごい!」

 二人して、子どものようにはしゃいだ。キングの……織人さんの夢が叶えられるかもしれない。
 だけど……

「まあしかし、そう簡単ではないな。俺には仕事があるし」

 ひとしきり喜んだあと、ちょっと冷静な口ぶりになる。
 
「親父と、役員にも相談しないと。映画となると、スケジュールがどうなるか」

 大人の顔で、思案する。
 だけどやっばり嬉しいのだと、私は感じ取ることができた。
 
「大丈夫、あなたなら。今は目いっぱい喜びましょう!」
「奈々子」

 みるみる笑顔になった。
 太陽みたいにまぶしい、私の大好きな人がここにいる。

 ドキドキ、ハラハラ、ワクワク。未知の世界は何が起こるかわからない。だけど二人なら大丈夫。自由の翼を広げ、どこまでも飛んで行ける。
 
「今夜はお祝いだ。乾杯しようぜ!」
「はいっ、織人さん」

 手を取り合い、前に進む。
 思い出の場所。
 二人で過ごす大切な時。
 優しさに包まれながら、幸せを噛みしめた。




 (完)
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。 僕の名は、周防楓。 女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編11が完結しました!(2025.6.20)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都
恋愛
藤本波瑠《ふじもとはる》は、仕事に邁進するアラサー女子。二十九歳ともなればライフスタイルも確立しすっかり独身も板についた。 だが、条件の揃った独身主義の三十路には、現実の壁が立ちはだかる。 身内はおろか取引先からまで家庭を持って一人前と諭され見合いを持ち込まれ、辟易する日々をおくる波瑠に、名案とばかりに昔馴染みの飲み友達である浅野俊輔《あさのしゅんすけ》が「俺と本気で恋愛すればいいだろ?」と、囁いた。 幼かった遠い昔、自然消滅したとはいえ、一度はお互いに気持ちを通じ合わせた相手ではあるが、いまではすっかり男女を超越している。その上、お互いの面倒な異性関係の防波堤——といえば聞こえはいいが、つまるところ俊輔の女性関係の後始末係をさせられている間柄。 そんなふたりが、いまさら恋愛なんてできるのか? おとなになったふたりの恋の行方はいかに?

処理中です...