17 / 198
夢の時間
4
しおりを挟む
由緒ある神社や古刹。高原の展望テラス。淡水魚水族館。お洒落なカフェなどなど……
由比さんは、私が希望する観光スポットを回ってくれた。
お昼は人気のお蕎麦屋さんで、名物の手打ちそばと山葵天ぷらをご馳走になった。
観光客で混み合っていたが、いつの間にか彼が予約を入れており、待たずに済んだので驚いてしまう。
とにかく彼はそつがない。
チケットをネットで購入済みだったり、混みそうな時間帯は回避してルートを組み立てるなど、周辺の事情に詳しいとはいえ、あまりにも要領が良い。
私一人では、こんな風にスムーズに動けなかっただろう。
また、車の運転が上手なので、安心して乗っていられた。運転には性格が出ると言うが、そのとおり。穏やかでスマートな人柄が表れている。
人物が素晴らしいだけでなく、彼は教養豊かな文化人でもある。
例えば、由比さんおすすめの美術館でのこと。有名な西洋画のみならず、郷土の画家とその作品についても彼は詳しく、学芸員もたじたじの解説ぶりだった。
大企業のトップで、イケメンで、御曹司で、紳士で、教養豊か。
天は二物も三物も彼に与えたもうた。
私とは正反対の、完全無欠の人。
それなのに、細やかな心遣いと、まばゆいほどの明るさと優しさで私に接してくれる。
昨夜と同じように、私はいつしか緊張がほぐれ、心からの笑顔で彼の隣にいた。
憧れの王子様とのデート。まるで、恋をしているような気持ち。
夢の時間が、いつまでも続きますように。
本気でそう願うほどに、由比さんに惹かれる自分を止められなかった。
山の日暮れは早く、気づけば空に星が瞬いていた。
夕食はスキー場近くのビストロ『KAEDE』に案内された。夜にはホテルに戻ると思っていた私は驚くが、彼は最初からそのつもりだったようで、ここも予約が入れてあった。
「勝手に決めてしまってすみません。ご迷惑でしたか?」
「いえ、とんでもない! こちらこそ、かえって申しわけないです。こんなに良くしてもらって」
私の返事を聞いて、由比さんは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたに喜んでいただけるなら本望です。私も、楽しいですから」
「え……?」
楽しい。由比さんも?
思いもよらぬ言葉に蕩けそうになるが、ハッと我に返る。
今日、彼がついてきてくれたのは、「お詫び」の一環。変態男の一件があったから、こうなっているだけ。
一人の男としてではなく、経営者としてお客を接待しているだけなのだ。今のはリップサービスであり、本心とは違う。
「大月さん。飲み物は何にしますか?」
「えっ? あ、ハイ」
車なので由比さんはお酒を飲まず、私もノンアルコールカクテルを選んだ。料理は彼がすすめる冬季限定のメニューを注文し、美味しくいただいた。
「『KAEDE』は東京に本店があって、学生の頃によく通ったものです。仲間とわいわいやるのに、ちょうどいい明るさと賑やかさで……」
半個室のテーブルで、由比さんの話に耳を傾ける。
学生時代の彼は、どんな青春を過ごしたのだろう。成績優秀でスポーツ万能。たくさんの友達に囲まれて、充実した日々を送る姿が目に浮かぶ。
学校が怖くて行けなくなったり、保健室が居場所だった私には別世界の光景だ。
由比さんは、私が希望する観光スポットを回ってくれた。
お昼は人気のお蕎麦屋さんで、名物の手打ちそばと山葵天ぷらをご馳走になった。
観光客で混み合っていたが、いつの間にか彼が予約を入れており、待たずに済んだので驚いてしまう。
とにかく彼はそつがない。
チケットをネットで購入済みだったり、混みそうな時間帯は回避してルートを組み立てるなど、周辺の事情に詳しいとはいえ、あまりにも要領が良い。
私一人では、こんな風にスムーズに動けなかっただろう。
また、車の運転が上手なので、安心して乗っていられた。運転には性格が出ると言うが、そのとおり。穏やかでスマートな人柄が表れている。
人物が素晴らしいだけでなく、彼は教養豊かな文化人でもある。
例えば、由比さんおすすめの美術館でのこと。有名な西洋画のみならず、郷土の画家とその作品についても彼は詳しく、学芸員もたじたじの解説ぶりだった。
大企業のトップで、イケメンで、御曹司で、紳士で、教養豊か。
天は二物も三物も彼に与えたもうた。
私とは正反対の、完全無欠の人。
それなのに、細やかな心遣いと、まばゆいほどの明るさと優しさで私に接してくれる。
昨夜と同じように、私はいつしか緊張がほぐれ、心からの笑顔で彼の隣にいた。
憧れの王子様とのデート。まるで、恋をしているような気持ち。
夢の時間が、いつまでも続きますように。
本気でそう願うほどに、由比さんに惹かれる自分を止められなかった。
山の日暮れは早く、気づけば空に星が瞬いていた。
夕食はスキー場近くのビストロ『KAEDE』に案内された。夜にはホテルに戻ると思っていた私は驚くが、彼は最初からそのつもりだったようで、ここも予約が入れてあった。
「勝手に決めてしまってすみません。ご迷惑でしたか?」
「いえ、とんでもない! こちらこそ、かえって申しわけないです。こんなに良くしてもらって」
私の返事を聞いて、由比さんは嬉しそうに微笑んだ。
「あなたに喜んでいただけるなら本望です。私も、楽しいですから」
「え……?」
楽しい。由比さんも?
思いもよらぬ言葉に蕩けそうになるが、ハッと我に返る。
今日、彼がついてきてくれたのは、「お詫び」の一環。変態男の一件があったから、こうなっているだけ。
一人の男としてではなく、経営者としてお客を接待しているだけなのだ。今のはリップサービスであり、本心とは違う。
「大月さん。飲み物は何にしますか?」
「えっ? あ、ハイ」
車なので由比さんはお酒を飲まず、私もノンアルコールカクテルを選んだ。料理は彼がすすめる冬季限定のメニューを注文し、美味しくいただいた。
「『KAEDE』は東京に本店があって、学生の頃によく通ったものです。仲間とわいわいやるのに、ちょうどいい明るさと賑やかさで……」
半個室のテーブルで、由比さんの話に耳を傾ける。
学生時代の彼は、どんな青春を過ごしたのだろう。成績優秀でスポーツ万能。たくさんの友達に囲まれて、充実した日々を送る姿が目に浮かぶ。
学校が怖くて行けなくなったり、保健室が居場所だった私には別世界の光景だ。
10
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
網代さんを怒らせたい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」
彼がなにを言っているのかわからなかった。
たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。
しかし彼曰く、これは練習なのらしい。
それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。
それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。
それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。
和倉千代子(わくらちよこ) 23
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
デザイナー
黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟
ただし、そう呼ぶのは網代のみ
なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている
仕事も頑張る努力家
×
網代立生(あじろたつき) 28
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
営業兼事務
背が高く、一見優しげ
しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く
人の好き嫌いが激しい
常識の通じないヤツが大嫌い
恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?
期待外れな吉田さん、自由人な前田くん
松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。
***
「吉田さん、独り言うるさい」
「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」
「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」
「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」
「……」
「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」
***
ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。
関連作品(主役)
『神崎くんは残念なイケメン』(香子)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト)
*前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる