18 / 198
夢の時間
5
しおりを挟む
華やかで、キラキラとまばゆい世界。
もちろん由比さんのそばには恋人がいて、彼と同じく教養豊かで、なんらかの才能にあふれた女性に違いない。その上、美人でスタイルもよくて、立派な家柄のご出身で……
(ああ……そうよね。私、どうして考えなかったんだろう)
王子様とデートだなんて、浮かれた自分が恥ずかしい。
今の由比さんにも恋人がいるだろうし、もしかしたら既婚者かもしれない。薬指に指輪がなくても、その可能性はある。
由比さんは別世界の人。
私という人間は、親や姉妹からも疎んじられるような、落ちこぼれである。勉強もスポーツもダメで、容姿も性格も地味。
恋人はもちろんいないし、友達と呼べる人も、幼なじみの花ちゃんだけ。『あの日』以降、周りの子がみんなで遊んだり、笑ったりするのを、羨むばかりだった。
分かっているのに、なぜ考えなかったのだろう。
たぶん私は、都合よく解釈したかったのだ。
夢に酔いしれたくて。
彼に恋人がいてもいなくても、結果は変わらないけれど――
「おや、もうこんな時間だ」
由比さんが時計を確かめる。私もそっと時計を見ると、午後8時を過ぎていた。お店に入ってから2時間が経とうとしている。
「大月さんといると、ついお喋りになってしまうな。あなたは聞き上手ですね」
「そ、そんなこと、初めて言われました」
「そうですか? あなたと過ごす時間は豊かで、穏やかで、私はとても楽しいですよ」
また、楽しいと言った……
「な、なんだか照れてしまいます。誰からも、そんな風に言ってもらったことがないから」
「本当に?」
信じられないという顔。その反応も、お客に対するサービスなのだと冷静に考える。だって、私といて楽しいはずがない。
でも、やっぱり嬉しくなってしまう自分はどうかしている。
「遅くなると、関根さんに叱られてしまうな。そろそろ出ましょうか」
「あ、はい」
夢はいつまでも続かず、もうすぐ終わってしまう。
ロマンス小説はフィクション。シンデレラは、おとぎ話。
12時の鐘が鳴れば、私は現実に戻り、東京へと帰る。望まぬ相手と結婚する人生みちへと進むために。
現実を忘れてはいけないと、自分に言い聞かせた。
外に出ると寒さが身に沁みた。
気温は1度か2度だろうか。昼間はさほどでもないが、高原の夜は、かなり冷え込むのだ。
道路を挟んだ向こう側にスキー場の駐車場がある。ボードやスキー板を積んだ車が次々とゲートを出ていくのが見えた。観光バスや、ホテルの名前が入ったマイクロバスも多い。
人気のスキー場なんだなあと、賑やかな光景をぼんやりと眺めた。
ガイドブックによると、ゴールデンウィークの頃までオープンしているそうだ。
最近はスキーだけでなく、通年レジャーが楽しめるよう、アクティビティを工夫しているらしい。
例えば、今年の夏にスケートボードのエリアが増設されると書いてあった。
(ボード系スポーツって、カッコいいな。運動神経が良ければ挑戦してみたいけど……私には一生、縁のない世界だよね)
「大月さんの得意なスポーツはなんですか?」
びっくりして、由比さんを見上げた。心を読まれたのかと思った。
「わ、私はその、得意なスポーツがない、というより、運動神経がゼロなので、そもそもスポーツはやらないです」
我ながら情けない答えである。でも由比さんは呆れるでもなく、
「そうですか。大月さんは、運動が苦手なんですね」
「え、ええ」
なぜか嬉しそうにニコニコしている。よく分からないが、バカにされなくて良かったと思う。私の場合、苦手というレベルではないので、学校では男子たちによくからかわれたものだ。特に、中学生の頃……
「大月さん」
「あ、はい」
嫌なことを思い出してネガティブになるところだった。私は気を取り直し、由比さんと向き合う。
「もう少し、付き合っていただけますか」
「え……」
由比さんは真面目だった。
てっきりもう帰るものと思っていた私はすぐに反応できず、動揺する。
「お願いします。あなたに、見せたいものがあるのです」
「は、はい。私は大丈夫ですが……」
私に見せたいもの。
一体なんなのか見当もつかないが、夢の時間が延長されるのだ。
断る理由がない。
「良かった。では、参りましょう」
由比さんが歩きだす。車ではなく、徒歩で行くようだ。
「?」
ゆっくりと歩く彼に付いて行った先は、スキー場の入り口だった。
もちろん由比さんのそばには恋人がいて、彼と同じく教養豊かで、なんらかの才能にあふれた女性に違いない。その上、美人でスタイルもよくて、立派な家柄のご出身で……
(ああ……そうよね。私、どうして考えなかったんだろう)
王子様とデートだなんて、浮かれた自分が恥ずかしい。
今の由比さんにも恋人がいるだろうし、もしかしたら既婚者かもしれない。薬指に指輪がなくても、その可能性はある。
由比さんは別世界の人。
私という人間は、親や姉妹からも疎んじられるような、落ちこぼれである。勉強もスポーツもダメで、容姿も性格も地味。
恋人はもちろんいないし、友達と呼べる人も、幼なじみの花ちゃんだけ。『あの日』以降、周りの子がみんなで遊んだり、笑ったりするのを、羨むばかりだった。
分かっているのに、なぜ考えなかったのだろう。
たぶん私は、都合よく解釈したかったのだ。
夢に酔いしれたくて。
彼に恋人がいてもいなくても、結果は変わらないけれど――
「おや、もうこんな時間だ」
由比さんが時計を確かめる。私もそっと時計を見ると、午後8時を過ぎていた。お店に入ってから2時間が経とうとしている。
「大月さんといると、ついお喋りになってしまうな。あなたは聞き上手ですね」
「そ、そんなこと、初めて言われました」
「そうですか? あなたと過ごす時間は豊かで、穏やかで、私はとても楽しいですよ」
また、楽しいと言った……
「な、なんだか照れてしまいます。誰からも、そんな風に言ってもらったことがないから」
「本当に?」
信じられないという顔。その反応も、お客に対するサービスなのだと冷静に考える。だって、私といて楽しいはずがない。
でも、やっぱり嬉しくなってしまう自分はどうかしている。
「遅くなると、関根さんに叱られてしまうな。そろそろ出ましょうか」
「あ、はい」
夢はいつまでも続かず、もうすぐ終わってしまう。
ロマンス小説はフィクション。シンデレラは、おとぎ話。
12時の鐘が鳴れば、私は現実に戻り、東京へと帰る。望まぬ相手と結婚する人生みちへと進むために。
現実を忘れてはいけないと、自分に言い聞かせた。
外に出ると寒さが身に沁みた。
気温は1度か2度だろうか。昼間はさほどでもないが、高原の夜は、かなり冷え込むのだ。
道路を挟んだ向こう側にスキー場の駐車場がある。ボードやスキー板を積んだ車が次々とゲートを出ていくのが見えた。観光バスや、ホテルの名前が入ったマイクロバスも多い。
人気のスキー場なんだなあと、賑やかな光景をぼんやりと眺めた。
ガイドブックによると、ゴールデンウィークの頃までオープンしているそうだ。
最近はスキーだけでなく、通年レジャーが楽しめるよう、アクティビティを工夫しているらしい。
例えば、今年の夏にスケートボードのエリアが増設されると書いてあった。
(ボード系スポーツって、カッコいいな。運動神経が良ければ挑戦してみたいけど……私には一生、縁のない世界だよね)
「大月さんの得意なスポーツはなんですか?」
びっくりして、由比さんを見上げた。心を読まれたのかと思った。
「わ、私はその、得意なスポーツがない、というより、運動神経がゼロなので、そもそもスポーツはやらないです」
我ながら情けない答えである。でも由比さんは呆れるでもなく、
「そうですか。大月さんは、運動が苦手なんですね」
「え、ええ」
なぜか嬉しそうにニコニコしている。よく分からないが、バカにされなくて良かったと思う。私の場合、苦手というレベルではないので、学校では男子たちによくからかわれたものだ。特に、中学生の頃……
「大月さん」
「あ、はい」
嫌なことを思い出してネガティブになるところだった。私は気を取り直し、由比さんと向き合う。
「もう少し、付き合っていただけますか」
「え……」
由比さんは真面目だった。
てっきりもう帰るものと思っていた私はすぐに反応できず、動揺する。
「お願いします。あなたに、見せたいものがあるのです」
「は、はい。私は大丈夫ですが……」
私に見せたいもの。
一体なんなのか見当もつかないが、夢の時間が延長されるのだ。
断る理由がない。
「良かった。では、参りましょう」
由比さんが歩きだす。車ではなく、徒歩で行くようだ。
「?」
ゆっくりと歩く彼に付いて行った先は、スキー場の入り口だった。
25
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。
ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。
しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、
「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」
と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。
大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!
※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)
※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。
You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
借りてきたカレ
しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて……
あらすじ
システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。
人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。
人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。
しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。
基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!
管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編11が完結しました!(2025.6.20)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる