一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
19 / 198
夢の時間

しおりを挟む
「えっ、どうしてスキー場に……って、あの、由比さん?」

 私は慌てて、センターハウスに入ろうとする彼のジャケットをつまんだ。

「おや、どうしました?」
「さっ、先ほども言いましたが、私は運動神経がゼロなので、スキーとかスノボとか絶対に無理です。大けがしてしまいます!」

 いくら王子様の誘いでも、スポーツだけはご遠慮する。斜面を転がり落ちて雪ダルマになるのがオチだ。彼にぶざまな姿を見られるなんて、耐えられない。

「ああ、違います、違います。あれに乗るんですよ」

 由比さんは微笑み、上のほうを指さした。センターハウスの背後をナイター照明が照らしている。そこにあるのは――

「ゴンドラ?」
「はい。このスキー場は、夜10時まで営業しています。楽しみ方はナイトスキーだけではありません。食事、温泉、ミニシアターなど、様々なサービスが提供されていて、中でもおすすめなのが夜の散策ですね」
「夜の……散策?」

 スキーやスノボが目的ではないらしい。
 詳しくは不明だが、ホッとした私はジャケットを離し、彼と並んでセンターハウスに入った。



「ここで少し、お待ちください」

 ロビーの椅子に私を座らせてから、由比さんがカウンターに向かった。係の人と、なにやら話している。

「ふう……びっくりした。運動するのかと思っちゃった」

 落ち着いたところで、周りを見回す。ファミリーやカップル、グループなど、いろんな客がいる。老若男女、偏りのない客層が、スキー場の多様なサービスをうかがわせた。

「でも、夜の散策って??」

 そういえば、彼は見せたいものがあると言って私を誘った。もしかしたら、ゴンドラで山の上まで行くと散歩コースがあって、夜景が見えるのかもしれない。だけど、そんな設備はガイドブックに載っていなかったような? 最新のアクティビティだろうか。

 あれこれ考えていると、由比さんが戻ってきた。腕にモコモコしたものを抱えている。

「ゴンドラの終点はかなり寒いので、これを着てください。レンタルしてきました」
「えっ?」

 手渡されたモコモコをよく見ると、スキーウェアのジャケットだ。オーバーサイズだけど、コートの上に羽織ると、ちょうど良い感じである。

 由比さんも、私のと同じデザインのウェアに袖を通し、準備した。お揃いみたいで、ちょっと嬉しい。

「わざわざすみません。ありがとうございます」
「どういたしまして。では早速、行きましょうか。乗り場はこちらです」
「あ、はい」

 いそいそと案内する由比さんに付いていく。彼の動きはスムーズで、まるで、何度も来ているかのように迷いがなかった。



 乗り場に着くと、数人の列が出来ていた。ゴンドラは四人乗りだが、若いカップルが多く、二人ずつ乗り込んでいく。
 回転が早く、すぐに順番が回ってきた。

 由比さんはチケットを持っていなかったが、「こんばんは」と、彼が挨拶すると、スタッフが恐縮した様子で扉を開けてくれた。

「ウチは株主なんだ」
「あ、なるほど。そうなんですね」

 由比さんの会社が、スキー場の経営にかかわっているらしい。どうりで施設情報に詳しく、迷いなく動けるわけだと納得する。

「わ……結構、スピードがありますね」

 発車して間もなく、ゴンドラがゆらゆらと揺れた。しばらくすると安定し、クリスマスソングのオルゴールがスピーカーから聞こえてきた。

 私と由比さんは、向き合って座った。閉ざされた空間ゆえか、なんとなく恥ずかしくなり、窓の外を覗く。

 下を見ると、ボーダーとスキーヤーがすいすい滑っている。高度が上がるにつれ、その姿は小さくなった。

「大月さん。高いところは、怖くないですか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「うんうん、良いですね」
「……?」

 なぜかさっきから、ご機嫌な様子。ゴンドラがお好きなのだろうか。

「えっと……」

 由比さんが私を見ている。
 距離が近くて、前を向くとどうしても目が合ってしまう。

 なにか話したほうがいいよね。

 だけど言葉が出ず、由比さんも黙ったまま。
 気まずくないだろうかと心配になって彼を窺うと、穏やかな表情だった。なんだか、とても優しい眼差し……

 素早く目を逸らし、うつむいた。
 頬が熱い。

 雪景色と、ロマンティックなオルゴールの音色。恋人とクリスマスを過ごすとしたら、こんな感じかしら。

(私、緊張してる。ああ……だけど、幸せ)

 12時の鐘が鳴るまで、あと少し。
 彼がくれたひと時を、一分一秒、大切に過ごそうと決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

花里 美佐
恋愛
☆『君がたとえあいつの秘書でも離さない』スピンオフです☆ 堂本コーポレーション御曹司の堂本黎は、英国でデビュー直後のピアニスト栗原百合と偶然出会った。 惹かれていくふたりだったが、百合は黎に隠していることがあった。 「俺と百合はもう友達になんて戻れない」

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長 『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。 ノースサイド出身のセレブリティ × ☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員 名取フラワーズの社員だが、理由があって 伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。 恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が 花屋の女性の夢を応援し始めた。 最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

『【スパチャ感謝】バイト先の塩対応な彼が、私の正体を知らずにガチ恋してくる件』

みぃた
恋愛
内気な女子大生のナギには秘密があった。それは、個人VTuber「ルル」として、細々と活動していること。ある日、生活のために始めたカフェのバイトで、同僚のカイと出会う。カイはイケメンだけど超絶クールで、ナギにも塩対応。一方、VTuberのルルには、毎晩のように高額スパチャを投げてくれる「セバスチャン」という熱狂的なファンがいた。実はその「セバスチャン」の正体こそ、カイだったのだ! リアルでは冷たい彼が、画面の向こうでは自分に愛を叫んでいる。正体がバレたら幻滅される…その恐怖と、素の自分を見てくれない切なさ。ネットとリアルが交差する、現代ならではの不器用なすれ違いラブコメディ。

処理中です...