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新たな見合い話
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「だから封筒の中身は、お前たちに見せられん。残念だが」
「何よ、それ。どんなお偉いさんか知らないけど、素性も分からないやつと見合いしろっての?」
姉が嚙みついた。私の結婚相手は彼女の義弟になるのだから、黙ってはいない。
「相手については、私が承知しておる。それで十分だろう。なあ、お母さん」
姉の勢いに怯んだのか、父が愛妻を味方に付けようとする。しかし、
「まあ、そうかもしれませんが……お相手の方はどうして、そんなことを仰るのかしら」
母が不満そうに、封筒を睨んだ。
いつも夫にべったりな彼女にしては、珍しい反応である。
父は仕方ないように、先方の事情を答えた。仲介役の坂崎さんから聞いた話だと前置きして。
「情報が外部に漏れると、株価に影響するんだと。それくらい、経営に影響力のある人物ということだな」
「お見合いの情報が株価に? そんなの、まるで俳優かアイドルですわ。有名な方なんですか?」
「有名なんだろうな。私にはよく分からんが……とにかく、立派な男なのは間違いないから、安心しろ」
父が私を見て、にこやかに微笑む。
またしても、この笑顔。疎ましい存在である私に対して……絶対におかしい。
(お父さん……)
この人は、儲け話のために嬉々として娘を差し出すのだ。もちろん、そういう人だと分かってはいたけれど、こんなにも嬉しそうにされると、なんだか悲しくなる。
私の気持ちなど、本当にまったく、考えてくれない。それは私が、落ちこぼれだから。これまで迷惑をかけてきたのだから、仕方ないけれど。
「あーあ、ばかばかしい。情報漏洩を疑うなんて失礼極まりないし、自意識過剰にも程があるわ」
姉が立ち上がり、忌々しそうに言い放った。
「ていうか、株価がどうこうなんて言いわけで、蓋を開けてみればとんでもないジジイだったり、写真を見せられないほど不細工だとか? そんな話なら、家族会議なんてする必要ないでしょーが。相手がどんなやつだろうと、お父さんの言いなりなんだから」
最後の言葉は、私に向けられていた。さっきから一言も発さない私に、姉は多分、ものすごく怒っている。
「馬鹿者、なんたる言い草だ」
部屋を出ていこうとする長女を、父が叱りつけた。
「言っておくが、薫。奈々子が片付いたら、今度はお前の番だからな。見合いが嫌なら、私の眼鏡に適うような男を連れて来い!」
姉は父を一瞥し、うんざりしたように答えた。
「はいはい、分かってますよ。お楽しみに」
「ちょっと、薫。お父様に向かって、その態度はないでしょう。これ、待ちなさい!」
母がソファを立ち、姉を追いかけていく。スリッパの足音が遠ざかり、リビングには、父と、私だけが残された。
家族会議はお開き。
気まずい空気に耐えられず、私も部屋に戻ろうとして立ち上がった。
「待て、奈々子」
「は、はい」
言われたとおり見合いをしろ。どんな相手だろうと、逃げることは許さん――そんな風に念を押されると思った。坂崎さんの時も、そうだったから。
姉の言うとおり、私は無力で、いつも父の言うなり。断る勇気など持てないし、そんな気力もなかった。
もう、どうでもいい。
「一つだけヒントをやろう」
「?」
予想と違う言葉だった。
私が見向くと、父が座ったまま、封筒を高く掲げる。
「いいか、よく聞け」
「は、はあ」
父は真面目だった。
ヒントと言うのは、見合い相手のことだろう。私は特に聞きたくもなかったが、逆らうと怒られそうな雰囲気なので、黙ってうなずく。
「この人物とお前は、面識がある」
「……えっ?」
それは、思いもよらぬ「情報」だった。
「め、面識があるって……私の、知り合いってことですか?」
「うむ。そのように聞いておる」
封筒をテーブルに置いた。私は、動揺しながらそれを見下ろす。
「私も、その人を知っているってことですよね」
「そうだ」
一体、誰だろう。見合い相手は社会的地位のある人だろうけど、私の知り合いに、そんな偉い人は見当たらない。というか、男性の知り合いなど数えるほど。
「旅行は楽しかったか?」
「え?」
唐突な質問に、ぽかんとする。
「りょ、旅行……ですか?」
「長野だったかな。近頃のお前にしては遠出したじゃないか。まあ、一人旅っていうのが良かったのかな」
父の言わんとすることが分からない。というより、話が飛びすぎて混乱する。
「あの、お父さん……何の話でしょう?」
父は応えず、封筒を持って立ち上がる。
そして、無言のまま私を見つめ、満面の笑みを浮かべた。
(ひっ……)
にこやかすぎて怖い。今日の父は、本当にどうかしている。
恐れおののく私を知ってか知らずか、父が軽い足取りでリビングを出ようとする。こんなに楽しそうな父を見るのは何年振り……いや、生まれて初めてのような気がした。
「奈々子」
「は、はいっ」
ドアを開けたところで、父が立ち止まった。顔が見えないが、たぶん、まだ笑っている。
「よーく考えろ。彼とお前は、面識がある」
「……」
父が出ていくと、部屋がシンとなった。
「面識が、ある……?」
懸命に考えるが、どうしても思い当たる人物がおらず、首をひねるばかり。
「はあ……やっぱりもう、どうでもいい。ヒントとか、クイズじゃないんだから」
父は、儲け話が嬉しすぎて、笑いが止まらないのだろう。私は考えることに、疲れてしまった。
自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。目を閉じると、すぐにウトウトしてきた。
「さよなら……自由な日々」
深い深い、眠りに落ちる。
夢はもう、見なかった。
「何よ、それ。どんなお偉いさんか知らないけど、素性も分からないやつと見合いしろっての?」
姉が嚙みついた。私の結婚相手は彼女の義弟になるのだから、黙ってはいない。
「相手については、私が承知しておる。それで十分だろう。なあ、お母さん」
姉の勢いに怯んだのか、父が愛妻を味方に付けようとする。しかし、
「まあ、そうかもしれませんが……お相手の方はどうして、そんなことを仰るのかしら」
母が不満そうに、封筒を睨んだ。
いつも夫にべったりな彼女にしては、珍しい反応である。
父は仕方ないように、先方の事情を答えた。仲介役の坂崎さんから聞いた話だと前置きして。
「情報が外部に漏れると、株価に影響するんだと。それくらい、経営に影響力のある人物ということだな」
「お見合いの情報が株価に? そんなの、まるで俳優かアイドルですわ。有名な方なんですか?」
「有名なんだろうな。私にはよく分からんが……とにかく、立派な男なのは間違いないから、安心しろ」
父が私を見て、にこやかに微笑む。
またしても、この笑顔。疎ましい存在である私に対して……絶対におかしい。
(お父さん……)
この人は、儲け話のために嬉々として娘を差し出すのだ。もちろん、そういう人だと分かってはいたけれど、こんなにも嬉しそうにされると、なんだか悲しくなる。
私の気持ちなど、本当にまったく、考えてくれない。それは私が、落ちこぼれだから。これまで迷惑をかけてきたのだから、仕方ないけれど。
「あーあ、ばかばかしい。情報漏洩を疑うなんて失礼極まりないし、自意識過剰にも程があるわ」
姉が立ち上がり、忌々しそうに言い放った。
「ていうか、株価がどうこうなんて言いわけで、蓋を開けてみればとんでもないジジイだったり、写真を見せられないほど不細工だとか? そんな話なら、家族会議なんてする必要ないでしょーが。相手がどんなやつだろうと、お父さんの言いなりなんだから」
最後の言葉は、私に向けられていた。さっきから一言も発さない私に、姉は多分、ものすごく怒っている。
「馬鹿者、なんたる言い草だ」
部屋を出ていこうとする長女を、父が叱りつけた。
「言っておくが、薫。奈々子が片付いたら、今度はお前の番だからな。見合いが嫌なら、私の眼鏡に適うような男を連れて来い!」
姉は父を一瞥し、うんざりしたように答えた。
「はいはい、分かってますよ。お楽しみに」
「ちょっと、薫。お父様に向かって、その態度はないでしょう。これ、待ちなさい!」
母がソファを立ち、姉を追いかけていく。スリッパの足音が遠ざかり、リビングには、父と、私だけが残された。
家族会議はお開き。
気まずい空気に耐えられず、私も部屋に戻ろうとして立ち上がった。
「待て、奈々子」
「は、はい」
言われたとおり見合いをしろ。どんな相手だろうと、逃げることは許さん――そんな風に念を押されると思った。坂崎さんの時も、そうだったから。
姉の言うとおり、私は無力で、いつも父の言うなり。断る勇気など持てないし、そんな気力もなかった。
もう、どうでもいい。
「一つだけヒントをやろう」
「?」
予想と違う言葉だった。
私が見向くと、父が座ったまま、封筒を高く掲げる。
「いいか、よく聞け」
「は、はあ」
父は真面目だった。
ヒントと言うのは、見合い相手のことだろう。私は特に聞きたくもなかったが、逆らうと怒られそうな雰囲気なので、黙ってうなずく。
「この人物とお前は、面識がある」
「……えっ?」
それは、思いもよらぬ「情報」だった。
「め、面識があるって……私の、知り合いってことですか?」
「うむ。そのように聞いておる」
封筒をテーブルに置いた。私は、動揺しながらそれを見下ろす。
「私も、その人を知っているってことですよね」
「そうだ」
一体、誰だろう。見合い相手は社会的地位のある人だろうけど、私の知り合いに、そんな偉い人は見当たらない。というか、男性の知り合いなど数えるほど。
「旅行は楽しかったか?」
「え?」
唐突な質問に、ぽかんとする。
「りょ、旅行……ですか?」
「長野だったかな。近頃のお前にしては遠出したじゃないか。まあ、一人旅っていうのが良かったのかな」
父の言わんとすることが分からない。というより、話が飛びすぎて混乱する。
「あの、お父さん……何の話でしょう?」
父は応えず、封筒を持って立ち上がる。
そして、無言のまま私を見つめ、満面の笑みを浮かべた。
(ひっ……)
にこやかすぎて怖い。今日の父は、本当にどうかしている。
恐れおののく私を知ってか知らずか、父が軽い足取りでリビングを出ようとする。こんなに楽しそうな父を見るのは何年振り……いや、生まれて初めてのような気がした。
「奈々子」
「は、はいっ」
ドアを開けたところで、父が立ち止まった。顔が見えないが、たぶん、まだ笑っている。
「よーく考えろ。彼とお前は、面識がある」
「……」
父が出ていくと、部屋がシンとなった。
「面識が、ある……?」
懸命に考えるが、どうしても思い当たる人物がおらず、首をひねるばかり。
「はあ……やっぱりもう、どうでもいい。ヒントとか、クイズじゃないんだから」
父は、儲け話が嬉しすぎて、笑いが止まらないのだろう。私は考えることに、疲れてしまった。
自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。目を閉じると、すぐにウトウトしてきた。
「さよなら……自由な日々」
深い深い、眠りに落ちる。
夢はもう、見なかった。
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