50 / 198
化け猿の花嫁
4
しおりを挟む
(この人は本当に、キングなのだわ)
あらためて確信する。
私にとって彼は一番苦手な……いや、生理的に無理なタイプだ。なにより、あの動画は恐怖でしかない。本人は傑作と、自画自賛しているが。
降りしきる雪の中、半裸で佇む不気味な妖怪。常軌を逸した叫び声と、盛り上がる筋肉、飛び散る汗。
狂気にまみれた化け猿が思い出されて、私はぞっとする。
ダメだ。
のんびり飲茶している場合ではない!
「あのっ、由比さん!」
最後の点心を食べ終えたところで、ようやく私から声を発した。
「うん、どうした?」
「えっと……」
卓が片付けられて、デザートのマンゴープリンが供される。お茶も新しく淹れてもらった。
食事が終われば、お見合いも終わる。
早く断らなくちゃ――そう思うのに、震えてしまうのは怖いから。もし断ったら……この人は、怒りまくるかもしれない。
でも、勇気を出さなければ私は、化け猿の花嫁になってしまう!
「ああ、そうそう」
「……!?」
このお見合い、お断りします!ーーと、言いかけたところに声が被さる。見ると、由比さんがいつの間にか、デザートを食べ終えていた。
「俺の正体についてもびっくりしただろうが、今回の見合いも驚きだっただろ。外部に漏れないよう進めたからな」
「えっ?」
食事終了を前に、別の話題にシフトしたようだ。
「奈々子のお父さんには口止めしたから、いきさつについては、さっぱりだよな?」
「え、ええ。ただ、ヒントはくれたので、もしかしたら由比さんかもしれないって、予想はしていました」
「ほう」
でもまさか、由比さんが『化け猿』だったなんて。もし知っていたら、ここには来なかったです……とは言えるはずもなく、口をつぐんだ。
「これまでの経緯をちゃんと話すよ。君も、聞いておきたいだろ?」
「そ、そうですね」
つまり、スキー場デートのあと、二人が別れてからのことだ。彼がどうやって父にコンタクトして、お見合いを段取りしたのか……
どうせ破談になるのだから、どちらでもよかったが、とりあえず聞いておこう。
私はプリンを急いで食べ、お茶を一口含むと、耳を傾けた。
「あの夜、奈々子が望まぬ結婚をすると知って、俺はその場で対策を考えた。モタモタしてると、見合い相手のオッサンに取られちまうからな。君を確実に手に入れるにはどうすればいいかーー閃いたのは、一つの案だ。手っ取り早い方法は、この俺が政略結婚の相手に成り替わることだってね」
由比さんの目がキラキラと輝き始める。
彼は私を見つめながら、見合いのいきさつについて、ウーチューブの話題と同じくらいの熱量で語った。
「ホテルで別れたあと、俺は東京へ直行し、特務室のリサーチ担当とともに、大月家について調査した。手段は端折るが……翌朝にはすべての情報が出揃ったよ。大月家の家族構成から、会社の経営状態、見合い相手との取引内容に至るまで、詳細にね。で、即日サカザキ不動産に乗り込んで、交渉開始だ」
「えっ……東京に戻った、次の日に?」
そういえば、私が旅行から帰った夕方には、父が新たな見合い話を用意して待っていた。あの時すでに、由比さんが話をつけていたということ。
驚くべきスピードである。
情報収集力もすごいけれど、由比さんの行動力は尋常ではない。
「重視したのは、大月不動産の社長はお金が大好き、という情報だった。商売のやり方も、かなりシビアとの報告も受けている。つまるところ利益優先の人物であり、だから坂崎社長は、結婚の見返りとして高額の援助を提示したそうだ。そうなると話は簡単。俺はサカザキ不動産に有益な取引先を紹介して手を引かせ、君のお父さんには坂崎社長の5倍の援助を約束すると伝えて、交渉成立。坂崎社長によると、お父さんは最初こそ驚いたものの、『娘が幸運を運んできた』と、大喜びしたとか」
「そっ、そう、だったんですね」
私は恥ずかしさのあまり、全身が震えた。由比さんは、私の父親について徹底的に調べたのだろう。
業界での評判とか、見栄っ張りで独善的な性格や、商売のためなら娘も駒にする、冷たい人間であることも。
あらためて確信する。
私にとって彼は一番苦手な……いや、生理的に無理なタイプだ。なにより、あの動画は恐怖でしかない。本人は傑作と、自画自賛しているが。
降りしきる雪の中、半裸で佇む不気味な妖怪。常軌を逸した叫び声と、盛り上がる筋肉、飛び散る汗。
狂気にまみれた化け猿が思い出されて、私はぞっとする。
ダメだ。
のんびり飲茶している場合ではない!
「あのっ、由比さん!」
最後の点心を食べ終えたところで、ようやく私から声を発した。
「うん、どうした?」
「えっと……」
卓が片付けられて、デザートのマンゴープリンが供される。お茶も新しく淹れてもらった。
食事が終われば、お見合いも終わる。
早く断らなくちゃ――そう思うのに、震えてしまうのは怖いから。もし断ったら……この人は、怒りまくるかもしれない。
でも、勇気を出さなければ私は、化け猿の花嫁になってしまう!
「ああ、そうそう」
「……!?」
このお見合い、お断りします!ーーと、言いかけたところに声が被さる。見ると、由比さんがいつの間にか、デザートを食べ終えていた。
「俺の正体についてもびっくりしただろうが、今回の見合いも驚きだっただろ。外部に漏れないよう進めたからな」
「えっ?」
食事終了を前に、別の話題にシフトしたようだ。
「奈々子のお父さんには口止めしたから、いきさつについては、さっぱりだよな?」
「え、ええ。ただ、ヒントはくれたので、もしかしたら由比さんかもしれないって、予想はしていました」
「ほう」
でもまさか、由比さんが『化け猿』だったなんて。もし知っていたら、ここには来なかったです……とは言えるはずもなく、口をつぐんだ。
「これまでの経緯をちゃんと話すよ。君も、聞いておきたいだろ?」
「そ、そうですね」
つまり、スキー場デートのあと、二人が別れてからのことだ。彼がどうやって父にコンタクトして、お見合いを段取りしたのか……
どうせ破談になるのだから、どちらでもよかったが、とりあえず聞いておこう。
私はプリンを急いで食べ、お茶を一口含むと、耳を傾けた。
「あの夜、奈々子が望まぬ結婚をすると知って、俺はその場で対策を考えた。モタモタしてると、見合い相手のオッサンに取られちまうからな。君を確実に手に入れるにはどうすればいいかーー閃いたのは、一つの案だ。手っ取り早い方法は、この俺が政略結婚の相手に成り替わることだってね」
由比さんの目がキラキラと輝き始める。
彼は私を見つめながら、見合いのいきさつについて、ウーチューブの話題と同じくらいの熱量で語った。
「ホテルで別れたあと、俺は東京へ直行し、特務室のリサーチ担当とともに、大月家について調査した。手段は端折るが……翌朝にはすべての情報が出揃ったよ。大月家の家族構成から、会社の経営状態、見合い相手との取引内容に至るまで、詳細にね。で、即日サカザキ不動産に乗り込んで、交渉開始だ」
「えっ……東京に戻った、次の日に?」
そういえば、私が旅行から帰った夕方には、父が新たな見合い話を用意して待っていた。あの時すでに、由比さんが話をつけていたということ。
驚くべきスピードである。
情報収集力もすごいけれど、由比さんの行動力は尋常ではない。
「重視したのは、大月不動産の社長はお金が大好き、という情報だった。商売のやり方も、かなりシビアとの報告も受けている。つまるところ利益優先の人物であり、だから坂崎社長は、結婚の見返りとして高額の援助を提示したそうだ。そうなると話は簡単。俺はサカザキ不動産に有益な取引先を紹介して手を引かせ、君のお父さんには坂崎社長の5倍の援助を約束すると伝えて、交渉成立。坂崎社長によると、お父さんは最初こそ驚いたものの、『娘が幸運を運んできた』と、大喜びしたとか」
「そっ、そう、だったんですね」
私は恥ずかしさのあまり、全身が震えた。由比さんは、私の父親について徹底的に調べたのだろう。
業界での評判とか、見栄っ張りで独善的な性格や、商売のためなら娘も駒にする、冷たい人間であることも。
17
あなたにおすすめの小説
You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
Destiny
藤谷 郁
恋愛
夏目梨乃は入社2年目の会社員。密かに想いを寄せる人がいる。
親切で優しい彼に癒される毎日だけど、不器用で自信もない梨乃には、気持ちを伝えるなんて夢のまた夢。
そんなある日、まさに夢のような出来事が起きて…
※他サイトにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる