一億円の花嫁

藤谷 郁

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化け猿の花嫁

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「ちなみに俺については、旅先で恋に落ちた相手と、自己紹介しておいたからな」
「!?」

 恋に落ちた相手……って、そんな風にお父さんに伝えたの? そんなの、別の意味でまた恥ずかしい。というか、恋って、恋って……!

(あ、だからお父さんが、笑ってたんだ)

 見合い相手のヒントを言う父親の笑顔を思い出し、頭を掻きむしりたくなる。
 あれは私をからかって……いや、バカにしていたのだ。

「というわけだ。ざっくりしすぎかな?」
「いえ、じゅうぶん……分かりました。私の父なら、由比さんの話に応じるだろうし、実際に、すごく乗り気ですから。坂崎社長の時とは、比べものにならないくらいに」
「そうか、そうか。まだ直接お会いできてないが、早く顔合わせがしたいなあ。いい感じのお父さんじゃないか」
「ええっ?」

 思わず声を上げてしまった。
 あの父親が、いい感じ?

「どうした。なんかおかしいか?」
「い、いえその……だって私の父については、調べたんですよね。業界での評判とか」
「うん」

 由比さんの瞳は、良くも悪くも純粋で、嘘が見当たらない。
 本気で、私の父を肯定している。

「なぜ、いい感じと思われるのですか? あの人は自分勝手で、私の気持ちなどお構いなしです」

 私にも非があると分かっていても、お父さんを肯定などできない。由比さんが好意的なのが、なぜかとてもショックだった。

「奈々子は、お父さんが嫌いなのか」

 由比さんが不思議そうに訊ねた。私にはむしろ、そんな彼の質問こそが不思議である。

「嫌いというわけでは、ありませんけど……」
「まあ、勝手に結婚相手を決められたら、腹が立つだろうな。しかも、猪八戒みたいなオッサンときては」
「ちょ、猪八戒?」

 最遊記のキャラクターだ。オッサンという言い方もだが、豚の妖怪にたとえるあたり、口の悪い姉と通じるものがある。

「だがな、君とは価値観が違うだけで、お父さんなりに考えてのことかもしれないぞ。猪八戒……坂崎氏は会社経営者で羽振がいいようだし、食うには困らない」

 つまり父は、お金持ちと結婚すれば、娘が幸せになれると思っているのだろうか。一理あるような気もするが。

「でも、やっぱり会社のためです。なにしろ父は、お金が大好きなんだから」
「そこだよ、奈々子。お父さんの美点は、お金が大好きとハッキリ言えるところだ」
「?」

 もしかして嫌味。それとも冗談?
 しかし由比さんは大真面目な顔で、父について評価を続けた。

「大月不動産の評判は確かに良くない。だがそれは、お父さんにビジネスを断られた連中の、やっかみかもしれない。損な取引には絶対に応じず、一円でも多く契約を取ろうとするのは、商売人なら当然のことだ。お父さんの場合、欲を隠そうとしないから悪目立ちする。だが、裏表ない態度は信用できるし、好感が持てるじゃないか」
「は、はあ……」

 驚いてしまう。父のビジネスに対して、そこまで好意的に解釈する人は初めてだった。
 でも、やはり私は納得できない。仕事の付き合いなら、そんな解釈も、有り得るかもしれないが……

「父親としては、冷たいと感じます。私は、いつも否定されて、命令されて、気持ちを無視されます。落ちこぼれなので、仕方ないけど……結婚を強制されて、本当につらかった」

 なぜか感情が昂り、涙が滲んだ。由比さんに本音を吐露するなんて、そんなつもりはなかったのに。
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