52 / 198
化け猿の花嫁
6
しおりを挟む
「どうしてそんなに否定される?」
「え?」
目尻を拭って顔を上げると、由比さんの視線とぶつかる。その瞳は、穏やかな色をしていた。
「何かあったのか」
「それは……」
思い当たることは、ただ一つ。
父だけでなく、家族に疎まれるようになったきっかけ。由比さんは、まだそこまで調べていないようだ。
しかし、それは言いたくない。
輝かしい青春時代を過ごしたであろう彼には、とても言えない。
惨めすぎるから。
「奈々子?」
「……」
黙っていると、由比さんはそれ以上追及しなかった。なんとなく察したのか、それとも呆れたのか。
いずれにしろ、そろそろ潮時だ。今度こそ本当に、彼とお別れする。身分や経歴だけでなく、考え方や価値観まで違う人とは、結婚できない。
「奈々子、よく聞け」
「えっ?」
由比さんが、いきなり立ち上がった。
「否定されても、突っぱねろ。理不尽な要求は拒否すればいい。自分を信じて、まずは何でもやってみることだ。俺のようにな!」
「ひっ!?」
私の横に椅子を持ってきて、どっかりと座る。鼻息が荒く、どうしてか、かなり興奮している。
「あ、あの……?」
「俺は周囲の反対を押し切ってウーチューバーになった。奈々子も、嫌なことは嫌だとハッキリ意思を示すんだ。そして、やりたいことをやればいい」
至近距離で、力強く説得された。由比さんの身体は大きく、力がみなぎっている。彼という人はまるで、そばにいるだけでエネルギーが充填される、太陽みたいだ。
「これからは俺がついてる。いつ何時でも、俺が目いっぱい守ってやるから、安心して意思を示せ。いいな?」
「い、嫌なことは、嫌だと……?」
「ああ、そうだ」
なんて頼もしい人だろう。この人が味方してくれたら、誰だって勇気百倍になる。
私は、ほんの少しだけキングの魅力を理解できた気がした。
だけど、だけど……
彼と生活をともにするなんて、想像するだけで目が回りそう。私は、物腰穏やかで落ちついた、ウーチューバーではない男性と暮らしたい。
大きな声も、筋肉自慢も、猿のマスクも、生理的に、無理。
考え方とか価値観以前に、ついて行けない。
「正直に生きるんだ!! 俺と一緒に!!!」
「嫌です。あなたとは結婚しません!」
由比さんが、きょとんとした。
私といえば、ほとばしりでた言葉に自分で驚き、彼を見つめるばかり。
「今、結婚しないって、言った?」
「は、はい」
逆上されるかもーー私はビクビクしながら、由比さんの反応を待つ。
だけど、返事は取り消さない。
なぜなら、彼が言ったのだ。嫌なことは嫌と、ハッキリ意思を示せと。
「へええ、そうか。奈々子は嫌なわけね、俺と結婚するのが」
「……はい」
蚊の鳴くような声でも、この至近距離だから、しっかり聞こえただろう。
彼は心外そうに、眉根を寄せた。
「それが君の意思ってわけだ。ふうん、なるほど。俺のアドバイスをさっそく実行に移したんだな……ふ、ふふふ」
「あ、あの……?」
不気味な笑い声が、フロアに響く。そして、それが途切れた瞬間、彼の口調がクールなものへと変わった。
「駄目だ。そいつは受け入れられない。奈々子は俺と、結婚するんだ」
「え……ええっ!?」
そんなバカな。さっきのアドバイスと矛盾している。
「だ、だって、嫌なら拒否すればいいって、あなたが……」
「ああ、拒否すればいい。だが俺は簡単にあきらめない、それだけの話だ」
「ええっ!?」
あまりにも都合の良い理屈。というか、強引すぎる。私の意思など、最初から無視するつもりだったのでは?
唖然とする私に、彼は追い討ちをかけた。
「それに、もし君がこの縁談を断るなら、大月不動産への出資計画は白紙に戻す。それどころか会社を買収して、バラバラに売り飛ばしてもいいんだぜ? 俺様にかかれば、小さな不動産会社などひとたまりもない」
「な、なんてことを……」
ひどい、ひどすぎる。
この人はやっぱり妖怪だ。
ひ弱な人間である私は、手も足も出ない。
「君が『うん』と言えば、誰もが幸せになれる。よおーく、考えるんだな。ふははは……!」
「ゆ……由比さん、あなたという人は」
「よし、決めた。今夜8時、君の家に行って家族にご挨拶する。その時には腹を括っておいてくれよ、奈々子」
「……!?」
頬にキスされた。
あまりの素早さに抵抗する間もなく、身じろぎ一つできず。
風のように立ち去る彼を、見送るほかなかった。
「どうしてこうなるの?」
全身を震わせつつ、恐怖に耐える。
断る勇気をもってしても、逆らえなかった。この無力感は、人生最大級。
私は、化け猿の花嫁になるのだ。
「え?」
目尻を拭って顔を上げると、由比さんの視線とぶつかる。その瞳は、穏やかな色をしていた。
「何かあったのか」
「それは……」
思い当たることは、ただ一つ。
父だけでなく、家族に疎まれるようになったきっかけ。由比さんは、まだそこまで調べていないようだ。
しかし、それは言いたくない。
輝かしい青春時代を過ごしたであろう彼には、とても言えない。
惨めすぎるから。
「奈々子?」
「……」
黙っていると、由比さんはそれ以上追及しなかった。なんとなく察したのか、それとも呆れたのか。
いずれにしろ、そろそろ潮時だ。今度こそ本当に、彼とお別れする。身分や経歴だけでなく、考え方や価値観まで違う人とは、結婚できない。
「奈々子、よく聞け」
「えっ?」
由比さんが、いきなり立ち上がった。
「否定されても、突っぱねろ。理不尽な要求は拒否すればいい。自分を信じて、まずは何でもやってみることだ。俺のようにな!」
「ひっ!?」
私の横に椅子を持ってきて、どっかりと座る。鼻息が荒く、どうしてか、かなり興奮している。
「あ、あの……?」
「俺は周囲の反対を押し切ってウーチューバーになった。奈々子も、嫌なことは嫌だとハッキリ意思を示すんだ。そして、やりたいことをやればいい」
至近距離で、力強く説得された。由比さんの身体は大きく、力がみなぎっている。彼という人はまるで、そばにいるだけでエネルギーが充填される、太陽みたいだ。
「これからは俺がついてる。いつ何時でも、俺が目いっぱい守ってやるから、安心して意思を示せ。いいな?」
「い、嫌なことは、嫌だと……?」
「ああ、そうだ」
なんて頼もしい人だろう。この人が味方してくれたら、誰だって勇気百倍になる。
私は、ほんの少しだけキングの魅力を理解できた気がした。
だけど、だけど……
彼と生活をともにするなんて、想像するだけで目が回りそう。私は、物腰穏やかで落ちついた、ウーチューバーではない男性と暮らしたい。
大きな声も、筋肉自慢も、猿のマスクも、生理的に、無理。
考え方とか価値観以前に、ついて行けない。
「正直に生きるんだ!! 俺と一緒に!!!」
「嫌です。あなたとは結婚しません!」
由比さんが、きょとんとした。
私といえば、ほとばしりでた言葉に自分で驚き、彼を見つめるばかり。
「今、結婚しないって、言った?」
「は、はい」
逆上されるかもーー私はビクビクしながら、由比さんの反応を待つ。
だけど、返事は取り消さない。
なぜなら、彼が言ったのだ。嫌なことは嫌と、ハッキリ意思を示せと。
「へええ、そうか。奈々子は嫌なわけね、俺と結婚するのが」
「……はい」
蚊の鳴くような声でも、この至近距離だから、しっかり聞こえただろう。
彼は心外そうに、眉根を寄せた。
「それが君の意思ってわけだ。ふうん、なるほど。俺のアドバイスをさっそく実行に移したんだな……ふ、ふふふ」
「あ、あの……?」
不気味な笑い声が、フロアに響く。そして、それが途切れた瞬間、彼の口調がクールなものへと変わった。
「駄目だ。そいつは受け入れられない。奈々子は俺と、結婚するんだ」
「え……ええっ!?」
そんなバカな。さっきのアドバイスと矛盾している。
「だ、だって、嫌なら拒否すればいいって、あなたが……」
「ああ、拒否すればいい。だが俺は簡単にあきらめない、それだけの話だ」
「ええっ!?」
あまりにも都合の良い理屈。というか、強引すぎる。私の意思など、最初から無視するつもりだったのでは?
唖然とする私に、彼は追い討ちをかけた。
「それに、もし君がこの縁談を断るなら、大月不動産への出資計画は白紙に戻す。それどころか会社を買収して、バラバラに売り飛ばしてもいいんだぜ? 俺様にかかれば、小さな不動産会社などひとたまりもない」
「な、なんてことを……」
ひどい、ひどすぎる。
この人はやっぱり妖怪だ。
ひ弱な人間である私は、手も足も出ない。
「君が『うん』と言えば、誰もが幸せになれる。よおーく、考えるんだな。ふははは……!」
「ゆ……由比さん、あなたという人は」
「よし、決めた。今夜8時、君の家に行って家族にご挨拶する。その時には腹を括っておいてくれよ、奈々子」
「……!?」
頬にキスされた。
あまりの素早さに抵抗する間もなく、身じろぎ一つできず。
風のように立ち去る彼を、見送るほかなかった。
「どうしてこうなるの?」
全身を震わせつつ、恐怖に耐える。
断る勇気をもってしても、逆らえなかった。この無力感は、人生最大級。
私は、化け猿の花嫁になるのだ。
15
あなたにおすすめの小説
夫のつとめ
藤谷 郁
恋愛
北城希美は将来、父親の会社を継ぐ予定。スタイル抜群、超美人の女王様風と思いきや、かなりの大食い。好きな男のタイプは筋肉盛りのガチマッチョ。がっつり肉食系の彼女だが、理想とする『夫』は、年下で、地味で、ごくごく普通の男性。
29歳の春、その条件を満たす年下男にプロポーズすることにした。営業二課の幻影と呼ばれる、南村壮二26歳。
「あなた、私と結婚しなさい!」
しかし彼の返事は……
口説くつもりが振り回されて? 希美の結婚計画は、思わぬ方向へと進むのだった。
※エブリスタさまにも投稿
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ワイルド・プロポーズ
藤谷 郁
恋愛
北見瑤子。もうすぐ30歳。
総合ショッピングセンター『ウイステリア』財務部経理課主任。
生真面目で細かくて、その上、女の魅力ゼロ。男いらずの独身主義者と噂される枯れ女に、ある日突然見合い話が舞い込んだ。
私は決して独身主義者ではない。ただ、怖いだけ――
見合い写真を開くと、理想どおりの男性が微笑んでいた。
ドキドキしながら、紳士で穏やかで優しそうな彼、嶺倉京史に会いに行くが…
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
モース10
藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。
ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。
慧一は興味津々で接近するが……
※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様
※他サイトに投稿済み
恋人、はじめました。
桜庭かなめ
恋愛
紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。
明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。
ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。
「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」
「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」
明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!
※夏休み小話編2が完結しました!(2025.10.16)
※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想などお待ちしています。
管理人さんといっしょ。
桜庭かなめ
恋愛
桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。
しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。
風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、
「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」
高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!
※特別編11が完結しました!(2025.6.20)
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる