一億円の花嫁

藤谷 郁

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14歳の頃

10

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「つまりお前は、友達付き合いにも勉強にも失敗したわけだ。その上、保健室に逃げこむとは情けない」

 父の目に失望の色が浮かび、それから私は家族の中でも孤立した。

 プライドの高い姉は、特に怒り心頭だった。「妹が落ちこぼれ」しかも、「クラス全員に無視されている」ーー姉は当時高校3年。校舎が隣り合わせのため、噂が伝わっていくのだ。姉をライバル視する同級生に、バカにされたらしい。

「あんたのせいで恥をかいたわよ!」

 謝っても、許してくれなかった。


 もう、生きているのがしんどくてたまらない。真夜中に目を覚まし、どうやって死ねば楽なのか考えたりした。
 でも死ななかった。
 死にたくないと思った。
 そんな時は現実逃避が有効だった。

 ベッドの中で大好きなロマンス小説を読み、いつしか物語に没頭している。
 凛々しく、優しい王子様みたいなヒーローがヒロインを守ってくれる。
 夢のような展開。
 でもヒロインは守られるばかりでなく、強い心で立ち上がり、前に進むのだ。

「前に、進む。自分の道を探して……」

 それは、突然の閃きだった。

 進路を変えればいい!



 その方法は、家族を確実に失望させる。
 だけど私には、もうそれしかなかった。家族の中で落ちこぼれても、孤立しても、前に進むにはそれしかない。
 逃亡とみなされようと、私にとっては前進である。
 

「内部進学をやめて、外部の高校を受験します」

 私の決意を聞き、父は大きなため息をついたが、なぜかあっさり許可した。というより、私の進路などもう関心がないという様子だった。

「行くなら公立高校だ。お前に金をかけてもしょうがないからな」

 その日から、私は少しずつ健康を取り戻した。相変わらず保健室通いだけど、寝てばかりでなく、時間を惜しんで勉強した。
 だけど、綾華たちを見かけると、気分が落ち込んだ。グループで仲良くする皆を羨む気持ちが、最後まで消えずにいる。
 私は落ちこぼれ。ドロップアウトしたのはどうしようもない事実なのだ。


 それから受験勉強を頑張る日々が続き、いつしか私は、地獄の出口に辿り着いていた。

 卒業式の日は、式にも最後のホームルームにも参加せず、校長室で卒業証書だけ受け取って帰宅した。
 うっかり誰かに会わないよう、そそくさと。それが私の、中学最後の日となった。

 あとは公立高校を受験して、合格し、春から新しい環境で生活することとなる。


 過酷な毎日を、私はどうにか走り抜けることができた。
 助けてくれたのは、大好きなロマンス小説と、妄想の世界。
 それから、ただ一人の友達である。

「卒業おめでとう、奈々子。わしは何もしてやれんかったが」

 卒業式の夜、花ちゃんが家に来てくれた。彼女はもちろん内部進学し、春からは高校スポーツ学科の特待生である。

「幼なじみなのに、奈々子の苦しみを除いてやれなかった。わしはダメな友達じゃ」
「違うよ。良い友達だからこそ、私は何もしてほしくなかったの。謝らないで」

 正直、何度も頼ろうとした。
 でも花ちゃんのことだから、いじめを知れば綾華を許さないだろう。だからずっと言えずにいたのだ。

 実際、私の保健室通いですべてが露見した時、花ちゃんは激怒し、

「奈々子を泣かすやつは、わしが成敗してくれる!」

 と、竹刀を手に綾華をやっつけに行こうとした。

 だけど私は、必死になって引き止めた。
 花ちゃんを巻き込みたくない。日本一になるため毎日剣道を頑張ってるのに、揉め事を起こしたらすべてが台無しになる。
 不祥事で大会に出られなくなったらどうする。少なくとも花ちゃんは出場メンバーから外され、退学処分だろう。
 なぜなら綾華のバックには、学校運営に影響力を持つ父親がついている。花ちゃんだけが悪者にされるのは明らかだった。

 私のためにも自重してと、泣きながら頼んだ。

「だがわしは、情けないのだ。奈々子が苦しむのを、見ていただけのおのれが。そしてあの、西野綾華というクソ女が憎くてたまらぬ。そなたは何一つ悪くないのに」

 私のために怒り、涙してくれる。その気持ちだけで、もう十分だった。

「もう平気。私は、新しい道に進むんだから」



 そして私は、外部の高校に進学した。
 庶民的な学校のためか、似た価値観を持つ生徒がほとんどであり、ありがたかった。友達付き合いは消極的でも、無視されるとか、意地悪されることもなく平和に過ごせたのだから上出来である。

 高校卒業後は就職するつもりだった。父に、「お前に金をかけてもしょうがない」と言われていたからだ。
 ところが、お金は惜しいが見栄は張りたいという父のごり押しで、進学させられた。公立大の経済学部である。
 どうせなら文学部が良かったけれど……私には、親に迷惑をかけた負い目がある。わがままを言えるはずもなく、おとなしく従った。

 そして大学卒業後、就職したのは地元の小さな会社。
 希薄な人付き合いを保ちつつ、波風が立たないよう、頼まれごとは引き受け、上手くやり過ごす日々。
 
 様々な教訓を得て、自分らしく生きてきた。慎ましく、地味に、身の程をわきまえて、家族にも友達にも迷惑をかけないように。

 14歳の頃、私は傷を負った。
 もう、あんなつらい日々は、たくさんなのです。

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