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殺っちまおうぜ、今すぐ
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オーナー室を出ると、寒さを感じた。部屋がとても暖かいので、温度差が大きい。
「すまないが、寒いのは苦手でね。翼、ロビーまで見送ってやりなさい」
「分かりました」
ドアを押さえている翼さんに、羽根田社長が命じた。由比さんは遠慮したが、彼は構わず廊下を歩いていく。
「おい、無視するなって。まったく……愛想がねえな」
「お前に愛想しても仕方なかろう」
「他の人間にもそんな態度なのか? それじゃカノジョもできねーぞ」
「大きなお世話だ」
エレベーターの前で二人が向き合う。
「カノジョができなきゃ結婚もできない。どうする気だ」
「黙れ。お前には関係ない」
どちらも声に張りがあり、ホールに大きく響く。
いつものやり取りかもしれないが、慣れない私はハラハラしてきた。
「あ、あの、翼さん。先ほどはお茶をご馳走になり、ありがとうございました。おいしかったです」
それとなく間に入ると、翼さんが私に目を移す。
「どういたしまして。こちらこそ、こんな時間にお付き合いくださり、ありがとうございます。奈々子さんにお会いして、父も私も安心しました」
にこりと笑った。
コワモテだけど、愛想の良い笑顔。それによく見ると、優しい目をしている。
(やっぱり、いい人だ。由比さんには無愛想だけど……)
「近い近い!」
由比さんが突然、割り込んできた。翼さんの肩を手のひらでぐいと押しやる。
「おい、なにをする」
「距離感に気をつけろ。奈々子は俺の嫁だぞ」
「普通に会話しただけだろうが」
「いいや、馴れ馴れしかった」
何を言っているのだろう、この人は。
翼さんもあっけに取られている。
「ふん、ヤキモチか。そんなに独占欲が強いとは知らなかったぞ」
「奈々子は特別だ。俺以外の男が近づくのは許さん!」
ぎゅっと抱きしめてきた。しかも思いきり、力強く。
「ちょっ、由比さん?」
うろたえる私を見て、翼さんが同情の眼差しになるのが分かった。
「奈々子さん、えらい男に捕まりましたね」
「は……はあ」
返事のしようがない。
確かに由比さんは大変な人だし、捕まったのも事実である。
(うう……恥ずかしい)
エレベーターの扉が開くまで、拘束は続いた。翼さんはもう何も言わず、私たちから少し離れて、立っているのだった。
エレベーターが一階に着いた。翼さんが先頭に立ち、正面玄関へと向かう。
広々としたロビーは昼間と同じくらい賑やかで、巨大なクリスマスツリーのまわりを、たくさんの人が行き交っている。
「翼」
ロビーを抜けたところに、ちょっとした空間がある。由比さんが立ち止まり、前を歩く翼さんをそちらへと促した。
別れの挨拶をするのだと思い、私も隣に並んで背筋を伸ばす。
しかし、彼が口にしたのは挨拶ではなかった。
「真面目な話、お前もそろそろ縁談とかあるんじゃないの?」
驚いて由比さんを見るが、表情はシリアスで、からかうニュアンスも感じられない。
「なんだ、いきなり」
「これでも心配してるんだ。幼なじみだからな」
「だから、余計なお世話だと……」
「安心したいんだよ、俺も」
翼さんは黙っていたが、やがてあきらめたようにポツリと答えた。
「縁談はいくつかある。実は、そのうちの一人と今日、ここのティールームで見合いした」
私は思わず、声を上げそうになった。しかし由比さんは驚きもせず、「やっぱりな」とつぶやいている。
「翼を三十までに結婚させるって、九郎さんが前に言ってたし。そろそろ始まる頃だと思ってさ。あと、今日のネクタイはいつもよりデザインが洒落てる」
「……相変わらず、鋭いやつだ」
由比さんの観察眼だ。この人は本当に、よく見ている。
「それで、相手はどこぞの社長令嬢とか?」
「ああ。どの縁談も似たようなものだ」
「上手くいきそうなのか」
「相手がいいと言えば、すぐにまとまるだろう」
家業のための結婚。
翼さんの淡々とした態度と口ぶりにドキッとする。
私もそうだった。
自分の意思など関係なく、親にすすめられるままに見合いして、婚姻関係を結ぶ。
(でも……由比さんとの結婚は、そうなんだけど、そうじゃない)
由比さんと目が合い、ぱっと逸らした。頬が熱くなり、いたたまれない気持ちになる。
「すまないが、寒いのは苦手でね。翼、ロビーまで見送ってやりなさい」
「分かりました」
ドアを押さえている翼さんに、羽根田社長が命じた。由比さんは遠慮したが、彼は構わず廊下を歩いていく。
「おい、無視するなって。まったく……愛想がねえな」
「お前に愛想しても仕方なかろう」
「他の人間にもそんな態度なのか? それじゃカノジョもできねーぞ」
「大きなお世話だ」
エレベーターの前で二人が向き合う。
「カノジョができなきゃ結婚もできない。どうする気だ」
「黙れ。お前には関係ない」
どちらも声に張りがあり、ホールに大きく響く。
いつものやり取りかもしれないが、慣れない私はハラハラしてきた。
「あ、あの、翼さん。先ほどはお茶をご馳走になり、ありがとうございました。おいしかったです」
それとなく間に入ると、翼さんが私に目を移す。
「どういたしまして。こちらこそ、こんな時間にお付き合いくださり、ありがとうございます。奈々子さんにお会いして、父も私も安心しました」
にこりと笑った。
コワモテだけど、愛想の良い笑顔。それによく見ると、優しい目をしている。
(やっぱり、いい人だ。由比さんには無愛想だけど……)
「近い近い!」
由比さんが突然、割り込んできた。翼さんの肩を手のひらでぐいと押しやる。
「おい、なにをする」
「距離感に気をつけろ。奈々子は俺の嫁だぞ」
「普通に会話しただけだろうが」
「いいや、馴れ馴れしかった」
何を言っているのだろう、この人は。
翼さんもあっけに取られている。
「ふん、ヤキモチか。そんなに独占欲が強いとは知らなかったぞ」
「奈々子は特別だ。俺以外の男が近づくのは許さん!」
ぎゅっと抱きしめてきた。しかも思いきり、力強く。
「ちょっ、由比さん?」
うろたえる私を見て、翼さんが同情の眼差しになるのが分かった。
「奈々子さん、えらい男に捕まりましたね」
「は……はあ」
返事のしようがない。
確かに由比さんは大変な人だし、捕まったのも事実である。
(うう……恥ずかしい)
エレベーターの扉が開くまで、拘束は続いた。翼さんはもう何も言わず、私たちから少し離れて、立っているのだった。
エレベーターが一階に着いた。翼さんが先頭に立ち、正面玄関へと向かう。
広々としたロビーは昼間と同じくらい賑やかで、巨大なクリスマスツリーのまわりを、たくさんの人が行き交っている。
「翼」
ロビーを抜けたところに、ちょっとした空間がある。由比さんが立ち止まり、前を歩く翼さんをそちらへと促した。
別れの挨拶をするのだと思い、私も隣に並んで背筋を伸ばす。
しかし、彼が口にしたのは挨拶ではなかった。
「真面目な話、お前もそろそろ縁談とかあるんじゃないの?」
驚いて由比さんを見るが、表情はシリアスで、からかうニュアンスも感じられない。
「なんだ、いきなり」
「これでも心配してるんだ。幼なじみだからな」
「だから、余計なお世話だと……」
「安心したいんだよ、俺も」
翼さんは黙っていたが、やがてあきらめたようにポツリと答えた。
「縁談はいくつかある。実は、そのうちの一人と今日、ここのティールームで見合いした」
私は思わず、声を上げそうになった。しかし由比さんは驚きもせず、「やっぱりな」とつぶやいている。
「翼を三十までに結婚させるって、九郎さんが前に言ってたし。そろそろ始まる頃だと思ってさ。あと、今日のネクタイはいつもよりデザインが洒落てる」
「……相変わらず、鋭いやつだ」
由比さんの観察眼だ。この人は本当に、よく見ている。
「それで、相手はどこぞの社長令嬢とか?」
「ああ。どの縁談も似たようなものだ」
「上手くいきそうなのか」
「相手がいいと言えば、すぐにまとまるだろう」
家業のための結婚。
翼さんの淡々とした態度と口ぶりにドキッとする。
私もそうだった。
自分の意思など関係なく、親にすすめられるままに見合いして、婚姻関係を結ぶ。
(でも……由比さんとの結婚は、そうなんだけど、そうじゃない)
由比さんと目が合い、ぱっと逸らした。頬が熱くなり、いたたまれない気持ちになる。
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