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三人のその後
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「奈々子、かのう屋が廃業したの、知ってる?」
「え、廃業?」
廃業というのは、業績不振などで会社が潰れる倒産とは違う。経営者自ら事業をたたむことだ。
「ぜんぜん知らなかった。いつ?」
「高3の夏休み。実は、その年も私と莉央は綾華のお供で沖縄旅行したんだけど、あの子、何も言わなかったんだ。綾華も聞いてなかったみたいで」
「綾華も聞いてないって、一体どうして。旅行の後、突然廃業したってこと?」
「そうなんだよ。綾華が連絡してきて知ったんだけど、驚いてさ。莉央のお父さん……かのう屋の社長が、春ごろから会社をやめる準備を西野家に相談なく進めてたらしくて」
「莉央のお父さんが?」
かのう屋は西野家に助けられて倒産を免れている。それなのになぜ?
「加納社長は廃業の準備を整えてから、西野社長に報告したんだ。当然、『ルール違反だ』と激怒されて、金を返せと言われた」
「ど、どうなったの?」
何百万、何千万。
かなりの金額のはずだ。
「土地建物、その他財産諸々処分して、残りは借金してでも金を作ると約束した。とにかく加納社長の決意は固く、それに……」
夏樹は唇を噛む。
「加納社長は、娘が犠牲になっているのに、ようやく気づいたんだ。高校生になってから特に、莉央は元気をなくして、たびたび寝込んだりしてたから。両親は理由を聞き出して、莉央はとうとう告白した。西野綾華にされてきたこと、西野家が出資した理由についても、すべて」
「莉央が……」
「うん。さすがの西野社長も、たじろいだそうだよ。加納社長の覚悟は想像以上で、綾華の行状を暴露しかねない状態だった。失うものがない相手を前に、考えたんだろう。親族の悪い噂は、ニシノ製薬の評判に関わってくるからね」
「それで、廃業を認めたんだね」
「ああ。でもおさまらないのは綾華だよ。なんで親に喋ったのか、約束を破ったのか、莉央に問い詰める! とか言って、本人に突撃だよ。私も呼び出されて、立ち会わされた」
呼び出された場所はカラオケボックス。
綾華はもう莉央に構うなと父親に言われていたが、無視しての行動だった。
「私は、莉央は来ないと思ってたんだ。でもあの子は時間通りに現れて、綾華と対峙した」
綾華は幼い頃からピアノやバイオリンを習っていて、音楽の成績も良い。だがなぜか歌は苦手で、カラオケで遊んだことはほとんどなかった。
なので夏樹は、なぜカラオケボックスに呼び出すのか不思議だったと言う。
しかしその理由は、店員が飲み物を運んできて退室したあと、じきに明らかとなる。
『ねえ、莉央。どうして呼ばれたのか分かってるよね?』
綾華ははっきりと怒っていた。
いつものからかい混じりの態度ではなく、眉を吊り上げ、低い声で、『反逆者』の尋問を始めたのだ。
テーブルを挟んで綾華の正面に座る莉央は怯えていた。膝の上で握り合わせた手を震わせるのを見て、夏樹まで緊張してきたと言う。
『かのう屋とか言うちっぽけな会社が潰れて、西野家と縁が切れた。で、莉央はどうするの? 私とも縁切り? これまでずーっと友達でいてあげたのに、貧乏から救ってあげたのに、裏切るわけ?』
本性をあらわに、辛辣な言葉をぶつける。サディスティックな女王様の鞭は、莉央だけでなく傍の夏樹をも恐怖させた。
『……』
莉央は黙っている。痛みに耐えながら、言葉を探しているのだと夏樹には分かった。
今の綾華は普通の状態ではなく、言葉のチョイスを誤れば大怪我をする。
恐ろしくてたまらないのだろう。
綾華はリモコンをつかむと、苛立った仕草で曲をセットした。やがてイントロが始まり、カラフルなライトが部屋を賑やかに照らす。
明るくポップなメロディーは、女性アイドルグループのヒットソングだ。場の雰囲気にそぐわぬ選曲は、綾華の演出である。
私たちは仲良し三人組。楽しくカラオケやってます。
強烈な当てこすりだった。
『なんとか言いなさいよ。友達でいてあげたのよ。あんたみたいなクソダサい奴と、この私が!』
ぎょっとするほどの大音量。
なぜカラオケボックスなのか夏樹は納得しつつ、ばくばくする心臓を押さえた。
綾華とは長い付き合いだが、これほどの激怒は初めてである。
『ほら、サッサと答えろ!』
『あ、綾華……わ、私は……』
『聞こえない!』
乱暴にマイクを押し付けた。
まるで肉食獣に襲われる小動物のようにガタガタと震え、真っ青な莉央。
夏樹は我に返り、助け舟を出さなければと思った。巻き添えを食らおうと、今度こそは……
だが、その前に莉央がマイクのスイッチを入れた。
「え、廃業?」
廃業というのは、業績不振などで会社が潰れる倒産とは違う。経営者自ら事業をたたむことだ。
「ぜんぜん知らなかった。いつ?」
「高3の夏休み。実は、その年も私と莉央は綾華のお供で沖縄旅行したんだけど、あの子、何も言わなかったんだ。綾華も聞いてなかったみたいで」
「綾華も聞いてないって、一体どうして。旅行の後、突然廃業したってこと?」
「そうなんだよ。綾華が連絡してきて知ったんだけど、驚いてさ。莉央のお父さん……かのう屋の社長が、春ごろから会社をやめる準備を西野家に相談なく進めてたらしくて」
「莉央のお父さんが?」
かのう屋は西野家に助けられて倒産を免れている。それなのになぜ?
「加納社長は廃業の準備を整えてから、西野社長に報告したんだ。当然、『ルール違反だ』と激怒されて、金を返せと言われた」
「ど、どうなったの?」
何百万、何千万。
かなりの金額のはずだ。
「土地建物、その他財産諸々処分して、残りは借金してでも金を作ると約束した。とにかく加納社長の決意は固く、それに……」
夏樹は唇を噛む。
「加納社長は、娘が犠牲になっているのに、ようやく気づいたんだ。高校生になってから特に、莉央は元気をなくして、たびたび寝込んだりしてたから。両親は理由を聞き出して、莉央はとうとう告白した。西野綾華にされてきたこと、西野家が出資した理由についても、すべて」
「莉央が……」
「うん。さすがの西野社長も、たじろいだそうだよ。加納社長の覚悟は想像以上で、綾華の行状を暴露しかねない状態だった。失うものがない相手を前に、考えたんだろう。親族の悪い噂は、ニシノ製薬の評判に関わってくるからね」
「それで、廃業を認めたんだね」
「ああ。でもおさまらないのは綾華だよ。なんで親に喋ったのか、約束を破ったのか、莉央に問い詰める! とか言って、本人に突撃だよ。私も呼び出されて、立ち会わされた」
呼び出された場所はカラオケボックス。
綾華はもう莉央に構うなと父親に言われていたが、無視しての行動だった。
「私は、莉央は来ないと思ってたんだ。でもあの子は時間通りに現れて、綾華と対峙した」
綾華は幼い頃からピアノやバイオリンを習っていて、音楽の成績も良い。だがなぜか歌は苦手で、カラオケで遊んだことはほとんどなかった。
なので夏樹は、なぜカラオケボックスに呼び出すのか不思議だったと言う。
しかしその理由は、店員が飲み物を運んできて退室したあと、じきに明らかとなる。
『ねえ、莉央。どうして呼ばれたのか分かってるよね?』
綾華ははっきりと怒っていた。
いつものからかい混じりの態度ではなく、眉を吊り上げ、低い声で、『反逆者』の尋問を始めたのだ。
テーブルを挟んで綾華の正面に座る莉央は怯えていた。膝の上で握り合わせた手を震わせるのを見て、夏樹まで緊張してきたと言う。
『かのう屋とか言うちっぽけな会社が潰れて、西野家と縁が切れた。で、莉央はどうするの? 私とも縁切り? これまでずーっと友達でいてあげたのに、貧乏から救ってあげたのに、裏切るわけ?』
本性をあらわに、辛辣な言葉をぶつける。サディスティックな女王様の鞭は、莉央だけでなく傍の夏樹をも恐怖させた。
『……』
莉央は黙っている。痛みに耐えながら、言葉を探しているのだと夏樹には分かった。
今の綾華は普通の状態ではなく、言葉のチョイスを誤れば大怪我をする。
恐ろしくてたまらないのだろう。
綾華はリモコンをつかむと、苛立った仕草で曲をセットした。やがてイントロが始まり、カラフルなライトが部屋を賑やかに照らす。
明るくポップなメロディーは、女性アイドルグループのヒットソングだ。場の雰囲気にそぐわぬ選曲は、綾華の演出である。
私たちは仲良し三人組。楽しくカラオケやってます。
強烈な当てこすりだった。
『なんとか言いなさいよ。友達でいてあげたのよ。あんたみたいなクソダサい奴と、この私が!』
ぎょっとするほどの大音量。
なぜカラオケボックスなのか夏樹は納得しつつ、ばくばくする心臓を押さえた。
綾華とは長い付き合いだが、これほどの激怒は初めてである。
『ほら、サッサと答えろ!』
『あ、綾華……わ、私は……』
『聞こえない!』
乱暴にマイクを押し付けた。
まるで肉食獣に襲われる小動物のようにガタガタと震え、真っ青な莉央。
夏樹は我に返り、助け舟を出さなければと思った。巻き添えを食らおうと、今度こそは……
だが、その前に莉央がマイクのスイッチを入れた。
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