一億円の花嫁

藤谷 郁

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三人のその後

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『た、確かに……西野家のおかげで家族は救われたよ? でも、そのかわりに私は……』

 声を詰まらせる。泣きそうなのをこらえてか、瞼をごしごしとこすった。

『とにかく、もう無理。私……私は、綾華と縁を切ります』

 アップテンポのメロディーにかき消されそうな、莉央の悲壮な決意。だが、それは意外なほど強い衝撃となって、夏樹を震わせた。

 莉央は言葉を選ばず、本音そのままを答えた。つまり、綾華に対しての、初めての意思表示である。

 綾華はゆるりと立ち上がり、莉央を見下ろした。鬼の形相は消え、ほとんど無表情だが、むしろ不気味だった。

『へえ、言うじゃん。縁を切る? 私に逆らうなんてナマイキすぎて笑う。ねえ夏樹』

 同意を求めるのは、二人でコイツをやっつけようの合図だ。夏樹を呼び出したのはこのためであり、それはいつものこと。
 綾華は、一人ではイジメをしない。世の中のいじめ加害者がそうであるように。

 そんな時、夏樹は積極的に加担しないが、止めもしない。それでも綾華は満足なのだ。止めないのは同意の証。そこにいるだけで夏樹は共犯者だった。

「でもその日の私は、いつともと違っていた。だって、綾華に逆らう子を見るのは二度目だから」

 夏樹はコップの水を飲み、大きく息を吐いてから私を見つめた。

「奈々子を思い出してた」
「えっ……」
「それはきっと、莉央も同じ。奈々子に対する仕打ちを、ずっと後悔してるから、あんな風に逆らうことができたのさ」

 もう後悔したくない。
 夏樹は初めて、綾華のいじめを止めようとした。だが莉央が一瞬目を合わせ、『大丈夫』と伝えてきた。

「あの子は、もう誰も犠牲にしたくない。自分自身で戦うと決めたんだ」

 そして莉央は、震えながらもマイクをしっかりと握りしめて、意思を貫いたのだ。


『私と綾華は友達だと思ってた。でもそれは違うよね。だって友達って言うのは、互いのことを、もっと大切に思うものだから』
『はあ? 大切にしてやったじゃん。貧乏人のあんたを助けてやったのは、この私よ?』

 莉央の言葉が終わらないうちに綾華が早口で返す。ハラハラする夏樹だが、莉央は負けなかった。

『だから、そういうのが違う。綾華は最初からずっと上から目線で、私のことを手下か子分みたいに扱ってるよね。友達なら、もっと対等な関係であるはずなのに。助けてくれたのだって、逆らえないようにするための策略で、友情でもなんでもないっ』

 莉央はだんだん興奮してきた。綾華が口を挟む間もなく捲し立てる。

『毎日毎日、仲良しのふりして、実は顔色を伺って言いなりになってる。そんな自分が惨めで仕方なかった。もう嫌なんだよ。何が友達だ。中学の時だって、私を仲間外れにして、いじめようとしてたくせに。本性を隠して騙してたくせに。綾華なんて友達じゃない!!』

 最後は涙まじりで、ほとんど叫んでいた。
 綾華を見れば、白けた顔で座っている。椅子の背に深くもたれ、ふてぶてしい態度で。
 夏樹には分かった。
 彼女が「つまらない」と思い始めているのを。

『あ、そう。じゃあ勝手にすれば? あんたがいなくても私はぜんぜん困らないし、友達は他にいくらでもいるし。そうよね、夏樹』

 夏樹は黙っていた。
 下手なことを言えば、綾華を刺激する。
 莉央の勇気を無駄にしたくなかった。

『もう、行くよ』

 曲が終わり、部屋が静かになってから莉央がつぶやいた。興奮はもう鎮まっている。手の甲で涙を拭い、カラオケの料金をテーブルに置いて、椅子を立った。

『でもさ、莉央。あんたに人のことが言えるの?』

 莉央がドアを開けようとした時、綾華が声をかけた。

『奈々子を裏切ったじゃない。自分を守るために』

 それは多分、莉央にとって最大級のカウンターだった。綾華は分かっていて、最後の最後にぶつけたのだろう。
 莉央はその場に立ちすくんだ。
 反応するなと念じながら夏樹は見守り、それは、とてつもなく長い時間に感じられた。

 しかし莉央は耐えた。

『さよなら』
 
 ドアを開けて、出て行った。
 莉央はついに、綾華と決別したのだ。
 

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