一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
109 / 198
三人のその後

しおりを挟む
「夏休みが明けてから、莉央は規定の出席日数をクリアしたあと、ほとんど学校に行かなかったみたいだ。綾華のほうは信者とつるんで相変わらずだったけどね」

 夏樹はやるせなさそうに息をついた。

「そうだったの」

 学校が居心地悪かったのだ。
 だけど莉央は、綾華の支配下から解放されて自由を手に入れた。
 深く傷つきながらも。

「莉央は進学をあきらめて、就職することにしたって……夏休み以降会ってなかったけど、卒業間際に電話をくれたんだ。私もその頃は綾華と縁を切る覚悟だったし、莉央も察してたんだろうね。初めて本音で話すことができたよ」

 夏樹のほっとした顔に、その時の心境が表れている。

「あの子は奈々子に罪悪感を抱いてる。きっと今も、ずっと忘れていない」
「莉央……」

 想像もしなかった。
 加納莉央。
 とうに失ったはずの、私の友達。
 彼女も苦しんでいたなんて。

「もう、会えないのかな」

 私の言葉に、夏樹が静かにうなずく。

「奈々子に合わせる顔がないって言ってたよ。ものすごく後悔してるから」
「そっか……」

 階段を上がってくる足音がした。
 高校生らしきグループがテーブルを囲み、お喋りを始める。

「一気に賑やかになったな」
「うん」

 十代の女の子たちの、楽しそうな雰囲気。明るい笑顔が眩しい。

(もし綾華と関わらなければ、私と莉央は中学時代を楽しく過ごして、一緒の高校に通い、あんな風に学校帰りにお茶したり……)

 淡い想像をして、すぐにやめる。もう、終わってしまったのだ。
 私は座り直し、夏樹と向き合う。

「夏樹、ありがとう。あなたが連絡をくれて、こうして話ができて良かった」
「奈々子」

 夏樹の瞳がうるむ。
 クールだと思っていた彼女は、こんなにも感情豊かな人だったのだ。

「謝っても謝り足りないけど、もう、やめておくよ。奈々子が困っちゃうだろうし」
「そうだよ。特に土下座なんてされたら、どうすればいいのかわかんないもの」
「だ、だよね。冷静になってみれば確かに……お姉さんも困惑してたっけ」

 私たちは笑い合った。
 高校生たちのにぎやかな声と共鳴する。
 夏樹の笑顔も、なんだか眩しくて、目を細めた。

「じゃあ、そろそろ行くよ。お姉さんが待ってるし」
「あ、うん」

 私たちはコートを羽織り、階段を下りた。



 一階のカウンター席で、姉が退屈そうにスマホを見ていた。
 声をかけるとパッと振り向き、夏樹と私の顔を交互に眺める。

「よし、帰るよ」


 私と夏樹のお茶代は、姉が払ってくれた。
 夏樹が恐縮した様子で、お礼を言う。

「どういたしまして」

 姉はひらひらと手を振り、「お見送りするわ」と言って私たちを連れて駅へと歩いていく。改札の前に来ると、ぴたりと立ち止まった。

「ところで夏樹さん。あなたと莉央さんの近況は分かったけど、西野綾華は今、どうしてんの?」

 思わぬ質問だった。

 姉は西野綾華に怒り心頭だが、彼女の現在に関心があるとは思わなかったから。
 しかし、理由を聞いて納得する。

「あなたは奈々子に、綾華は何をしでかすか分からない。連絡してきても無視しろ……って、忠告しに来たのよね。だから、対策のために彼女の現在を知っておきたいのよ」

 妹の身を案じてのことだ。
 私は自分のことなのに失念していて、罰が悪かった。
 夏樹は神妙な顔つきになり、「私の知る限りでは」と、前置きしてから答えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

【完】ソレは、脱がさないで

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング2位 パッとしない私を少しだけ特別にしてくれるランジェリー。 ランジェリー会社で今日も私の胸を狙ってくる男がいる。 関連物語 『経理部の女王様が落ちた先には』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高4位 ベリーズカフェさんにて総合ランキング最高4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 『FUJIメゾン・ビビ~インターフォンを鳴らして~』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高11位 『わたしを見て 触って キスをして 恋をして』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高25位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高32位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

期待外れな吉田さん、自由人な前田くん

松丹子
恋愛
女子らしい容姿とざっくばらんな性格。そのギャップのおかげで、異性から毎回期待外れと言われる吉田さんと、何を考えているのか分からない同期の前田くんのお話。 *** 「吉田さん、独り言うるさい」 「ああ!?なんだって、前田の癖に!前田の癖に!!」 「いや、前田の癖にとか訳わかんないから。俺は俺だし」 「知っとるわそんなん!異議とか生意気!前田の癖にっ!!」 「……」 「うあ!ため息つくとか!何なの!何なの前田!何様俺様前田様かよ!!」 *** ヒロインの独白がうるさめです。比較的コミカル&ライトなノリです。 関連作品(主役) 『神崎くんは残念なイケメン』(香子) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(マサト) *前著を読んでいなくても問題ありませんが、こちらの方が後日談になるため、前著のネタバレを含みます。また、関連作品をご覧になっていない場合、ややキャラクターが多く感じられるかもしれませんがご了承ください。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...