一億円の花嫁

藤谷 郁

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気の合う二人

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 はあとしか言いようのない、苦行のような時間が流れる。
 だがやがてアクションはピークを超えて、汗だくのキングがポーズを決めてフィニッシュした。

(お……終わった)

 思わずホッとして織人さんをチラ見し、ビクッとした。なぜか彼が私を凝視していた。瞬きもせず、しかも至近距離で。

「な、なんですか!?」

 いつから見ていたのだろう。まったく気づかなかった。
 もしかして、私の様子を観察していた?
 あくびしなくて良かったと思いつつ、ぎこちなく微笑んでみせる。

「も、もう終わっちゃいましたね。あっという間でした」
「ふふっ、まだだよ奈々子。これからがお楽しみだ」
「はい?」

 そういえば、エンディングではなく、別の曲が流れている。進行パターンは毎回同じはずなのに、どうして?

「今回はプラス2分。感動間違いなし。いざ、ご照覧あれ!」
「ええっ? あっ」

 汗だくのキングがジャンプして、着地した。エフェクトで、半裸からスーツに変身している。いや、これはタキシードだ。
 結婚式で、花婿が着るような。

「ま、まさか織人さん……?」
「安心しろ。マスクはそのまま。キングのチャンネルだからな、キングとして発表する」
「発表!?」

 嫌な予感しかしない。
 タキシード姿のキングが胸を張り、声高に叫んだ。

『信者の諸君、今日は重大発表がある。なんとこの俺様、ついに籍を入れたぜ。お相手はウーチューバーでもアスリートでもない一般女性だ! ただし、そんじょそこらの女とは一味違う!!』

 結婚の報告である。
 しかも……
 まさか、まさかまさか。

『世界一可愛くて、世界一優しい女性。その名も……』
「ひいいっ!?」

 悲鳴を上げて立ち上がる。
 だが、次の瞬間。

『ずばり、キングの嫁! キングの嫁って呼んでくれよな!!』

 思いっきりずっこけた。
 床に倒れる寸前に彼が素早く支え、わなわなと震える私を、楽しそうに覗き込んでくる。

「どうだ、奈々子。感動したか?」

 頭がクラクラする。
 化け猿の花嫁として、フルネームで発表されるかと思った。

「感動なんかしません! それに、なんなんですか、キングの嫁って。そのままじゃないですか。あんな前振りをするから、私はてっきり」

 私らしくもなく大声になる。
 だけど織人さん……いや、キングは動じるどころか悠々として、余裕の態度だ。
 腹が立つほどに!

「本名を公開したらヤバいだろ。それとも、奈々子はそっちのほうが良かった?」
「良いわけありません!! びっくりさせないでください」
「だってしょうがないじゃん。嬉しいんだから」
「そういうことじゃなくて……きゃあ!」

 お姫様抱っこでぐるぐる回してきた。
 なんという馬鹿力。なんという強引なふるまい。
 心身ともに振り回されて、私は腹が立って、だけどなんだか……

「もう、もう、あなたって人は……うふっ、うふふ……」

 なぜか笑いが込み上げる。
 いろんなことがどうでもいいような、小さなことに思えてきて、バカバカしくなる。

 床に降ろされ、抱きしめられても逃げなかった。たくましい身体につかまって、息を整える。
 私、もしかしたら……

「奈々子」

 顎を支えられて、見つめ合う。ここにいるのは織人さんだけど、キングでもある。
 それなのに、私は微笑んでいた。

「怒らないんだな」
「ええ。に少し、慣れたのかもしれません」


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