119 / 198
気の合う二人
5
しおりを挟む
はあとしか言いようのない、苦行のような時間が流れる。
だがやがてアクションはピークを超えて、汗だくのキングがポーズを決めてフィニッシュした。
(お……終わった)
思わずホッとして織人さんをチラ見し、ビクッとした。なぜか彼が私を凝視していた。瞬きもせず、しかも至近距離で。
「な、なんですか!?」
いつから見ていたのだろう。まったく気づかなかった。
もしかして、私の様子を観察していた?
あくびしなくて良かったと思いつつ、ぎこちなく微笑んでみせる。
「も、もう終わっちゃいましたね。あっという間でした」
「ふふっ、まだだよ奈々子。これからがお楽しみだ」
「はい?」
そういえば、エンディングではなく、別の曲が流れている。進行パターンは毎回同じはずなのに、どうして?
「今回はプラス2分。感動間違いなし。いざ、ご照覧あれ!」
「ええっ? あっ」
汗だくのキングがジャンプして、着地した。エフェクトで、半裸からスーツに変身している。いや、これはタキシードだ。
結婚式で、花婿が着るような。
「ま、まさか織人さん……?」
「安心しろ。マスクはそのまま。キングのチャンネルだからな、キングとして発表する」
「発表!?」
嫌な予感しかしない。
タキシード姿のキングが胸を張り、声高に叫んだ。
『信者の諸君、今日は重大発表がある。なんとこの俺様、ついに籍を入れたぜ。お相手はウーチューバーでもアスリートでもない一般女性だ! ただし、そんじょそこらの女とは一味違う!!』
結婚の報告である。
しかも……
まさか、まさかまさか。
『世界一可愛くて、世界一優しい女性。その名も……』
「ひいいっ!?」
悲鳴を上げて立ち上がる。
だが、次の瞬間。
『ずばり、キングの嫁! キングの嫁って呼んでくれよな!!』
思いっきりずっこけた。
床に倒れる寸前に彼が素早く支え、わなわなと震える私を、楽しそうに覗き込んでくる。
「どうだ、奈々子。感動したか?」
頭がクラクラする。
化け猿の花嫁として、フルネームで発表されるかと思った。
「感動なんかしません! それに、なんなんですか、キングの嫁って。そのままじゃないですか。あんな前振りをするから、私はてっきり」
私らしくもなく大声になる。
だけど織人さん……いや、キングは動じるどころか悠々として、余裕の態度だ。
腹が立つほどに!
「本名を公開したらヤバいだろ。それとも、奈々子はそっちのほうが良かった?」
「良いわけありません!! びっくりさせないでください」
「だってしょうがないじゃん。嬉しいんだから」
「そういうことじゃなくて……きゃあ!」
お姫様抱っこでぐるぐる回してきた。
なんという馬鹿力。なんという強引なふるまい。
心身ともに振り回されて、私は腹が立って、だけどなんだか……
「もう、もう、あなたって人は……うふっ、うふふ……」
なぜか笑いが込み上げる。
いろんなことがどうでもいいような、小さなことに思えてきて、バカバカしくなる。
床に降ろされ、抱きしめられても逃げなかった。たくましい身体につかまって、息を整える。
私、もしかしたら……
「奈々子」
顎を支えられて、見つめ合う。ここにいるのは織人さんだけど、キングでもある。
それなのに、私は微笑んでいた。
「怒らないんだな」
「ええ。あなたに少し、慣れたのかもしれません」
だがやがてアクションはピークを超えて、汗だくのキングがポーズを決めてフィニッシュした。
(お……終わった)
思わずホッとして織人さんをチラ見し、ビクッとした。なぜか彼が私を凝視していた。瞬きもせず、しかも至近距離で。
「な、なんですか!?」
いつから見ていたのだろう。まったく気づかなかった。
もしかして、私の様子を観察していた?
あくびしなくて良かったと思いつつ、ぎこちなく微笑んでみせる。
「も、もう終わっちゃいましたね。あっという間でした」
「ふふっ、まだだよ奈々子。これからがお楽しみだ」
「はい?」
そういえば、エンディングではなく、別の曲が流れている。進行パターンは毎回同じはずなのに、どうして?
「今回はプラス2分。感動間違いなし。いざ、ご照覧あれ!」
「ええっ? あっ」
汗だくのキングがジャンプして、着地した。エフェクトで、半裸からスーツに変身している。いや、これはタキシードだ。
結婚式で、花婿が着るような。
「ま、まさか織人さん……?」
「安心しろ。マスクはそのまま。キングのチャンネルだからな、キングとして発表する」
「発表!?」
嫌な予感しかしない。
タキシード姿のキングが胸を張り、声高に叫んだ。
『信者の諸君、今日は重大発表がある。なんとこの俺様、ついに籍を入れたぜ。お相手はウーチューバーでもアスリートでもない一般女性だ! ただし、そんじょそこらの女とは一味違う!!』
結婚の報告である。
しかも……
まさか、まさかまさか。
『世界一可愛くて、世界一優しい女性。その名も……』
「ひいいっ!?」
悲鳴を上げて立ち上がる。
だが、次の瞬間。
『ずばり、キングの嫁! キングの嫁って呼んでくれよな!!』
思いっきりずっこけた。
床に倒れる寸前に彼が素早く支え、わなわなと震える私を、楽しそうに覗き込んでくる。
「どうだ、奈々子。感動したか?」
頭がクラクラする。
化け猿の花嫁として、フルネームで発表されるかと思った。
「感動なんかしません! それに、なんなんですか、キングの嫁って。そのままじゃないですか。あんな前振りをするから、私はてっきり」
私らしくもなく大声になる。
だけど織人さん……いや、キングは動じるどころか悠々として、余裕の態度だ。
腹が立つほどに!
「本名を公開したらヤバいだろ。それとも、奈々子はそっちのほうが良かった?」
「良いわけありません!! びっくりさせないでください」
「だってしょうがないじゃん。嬉しいんだから」
「そういうことじゃなくて……きゃあ!」
お姫様抱っこでぐるぐる回してきた。
なんという馬鹿力。なんという強引なふるまい。
心身ともに振り回されて、私は腹が立って、だけどなんだか……
「もう、もう、あなたって人は……うふっ、うふふ……」
なぜか笑いが込み上げる。
いろんなことがどうでもいいような、小さなことに思えてきて、バカバカしくなる。
床に降ろされ、抱きしめられても逃げなかった。たくましい身体につかまって、息を整える。
私、もしかしたら……
「奈々子」
顎を支えられて、見つめ合う。ここにいるのは織人さんだけど、キングでもある。
それなのに、私は微笑んでいた。
「怒らないんだな」
「ええ。あなたに少し、慣れたのかもしれません」
15
あなたにおすすめの小説
網代さんを怒らせたい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」
彼がなにを言っているのかわからなかった。
たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。
しかし彼曰く、これは練習なのらしい。
それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。
それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。
それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。
和倉千代子(わくらちよこ) 23
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
デザイナー
黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟
ただし、そう呼ぶのは網代のみ
なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている
仕事も頑張る努力家
×
網代立生(あじろたつき) 28
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
営業兼事務
背が高く、一見優しげ
しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く
人の好き嫌いが激しい
常識の通じないヤツが大嫌い
恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?
フローライト
藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。
ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。
結婚するのか、それとも独身で過ごすのか?
「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」
そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。
写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。
「趣味はこうぶつ?」
釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった…
※他サイトにも掲載
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる