一億円の花嫁

藤谷 郁

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運命の人

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「こんにちは、奈々子ちゃん。お久しぶりねえ」

 花ちゃんの家に着くと、おばあ様が出迎えてくれた。背筋の伸びた着物姿が、いつ見ても若々しい。

「こんにちは、おばあ様。今日は突然おじゃましてすみません」
「いいの、いいの。他ならぬ奈々子ちゃんだもの、いつでも来てちょうだいな。うふふ」
「?」

 普段から明るい人だが、今日はずいぶんとご機嫌な様子。何か良いことでもあったのだろうか。
 廊下を並んで歩く私に、にこやかに話しかけた。

「奈々子ちゃんが結婚したと聞いて、本当にびっくりしたわ。だけど、とても感じの良い旦那様だと花が話してくれて、安心したところよ」
「す、すみません。事情があって、両親も周りに話せなくて」

 公式発表まで内密にしてくれと由比家に頼まれたので、親戚にすら報せていない。
 花ちゃんは特別だと織人さんが言ってくれたので、おばあ様とおじい様には報告してもらったのだ。

「気にしないで。ただ、私にとってあなたは孫みたいなものだから心配してたの。最初はほら、取引先の中年男と見合いさせるって、あなたのお母さんが言ってたから。あの時は、いくらなんでも酷過ぎるって抗議しちゃったわよ」
「あ、あはは……」

 望まぬ見合い話。
 つい最近まではそれが現実であり、私は受け入れていた。
 花ちゃんにも反対されたのを思い出す。

「ああ、それにしても……ありがとうね、奈々子ちゃん」
「えっ?」

 花ちゃんの部屋の前まで来て、おばあ様が手を合わせた。私を拝むような仕草にびっくりする。

「ど、どうしたんですか?」
「だって、あなたが彼を紹介してくれたんでしょ?」

 そう言って、花ちゃんの部屋をチラッと見やる。

「彼……えっ、紹介?」
「そうよ。素敵な殿方」

 ニコニコ顔のおばあ様を前に、私は首を傾げる。
 花ちゃんの部屋に、誰かいるのかしら。
 というか、紹介って? 素敵な殿方?
 一体なんの話だろう。
 
「えっと……私が花ちゃんに男の人を紹介、ですか?」
「そうよお。あなたの旦那様のお友達なんですって?」
「……!」

 もしかして、翼さんのことだろうか。
 だけど、私の認識する彼らの関係は、おばあ様の考えるそれとは違う。
 じゃなくて、どうして彼が花ちゃんの部屋に?
 混乱する私に、おばあ様が興奮気味に続けた。

「すごく気が合うみたいでね、花が嬉しそうに話してくれるの。あの子にボーイフレンドができるなんて初めてでしょう? 羽根田さんは礼儀正しくて、人柄も素晴らしくて、おまけに腕っぷしも強そうで、言うことありません。おじい様も、男のように育ててしまった責任があるから、『花もこれで結婚できる』って、大喜びしてるのよお」
「けけっ、結婚!?」

 唐突な展開に、腰が抜けそうになる。なぜ、いつからそんな話になっているのか。

「もちろん、奈々子ちゃんも聞いてるわよね?」
「いっ、いえ、私は何も知らな……」

 その時、花ちゃんの部屋の引き戸が開いた。必要以上に驚いた私は、「ぎゃっ」と叫んでしまう。

「なんじゃ、奈々子。来ておったのか」
「あ、は、花ちゃん。おじゃま……してます」

 そっと部屋を覗くと、翼さんがいた。
 いつものように、黒のスーツに身を包み、きちんと正座している。
 私と目が合うと、少し困ったように笑った。

「ええと、花ちゃん。翼さんが来てるなんて、知らなくて、その……」
「そうそう、いましがた訪ねてきたのを、わしが引き留めたのじゃ。先日貸した本を返しにきてくれたのだが、奈々子の話を一緒に聞いてもらいたいと思ってのう。翼殿は織人殿の幼なじみゆえ、力になってくれるだろうて……ばあ様、何をニヤニヤしておられる?」

 おばあ様が、私の後ろから花ちゃんたちを楽しげに眺めている。
 よく分からないが、なんとなく察せられた。
 おばあ様(と、おじい様も)たぶん、誤解している。

「ほらね、奈々子ちゃん。仲良しでしょう?」
「は、はい、おばあ様」

 嬉しそうに囁かれ、ひたすらうなずく。
 仲良しなのは確かだから。
 花ちゃんは「ふうっ」と息をつき、私とおばあ様の間を割って廊下を歩いていく。

「ちよっと花、お客様を置いてどこへ行くのです!」
「お茶を入れてきます。我らは内密の話があるゆえ、ばあ様は奥の部屋に引っ込んでくだされ」
「まあ、なんて言い草だろうね。奈々子ちゃん、失礼するわね。あ、羽根田さんも、ごゆっくりなさってください」

 翼さんは慌てて立ち上がり、おばあ様にぺこりとお辞儀した。
 二人がいなくなると、私たちは顔を見合わせ、なんとも言えない笑みを浮かべるのだった。

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