145 / 198
運命の人
3
しおりを挟む
「こんにちは、奈々子ちゃん。お久しぶりねえ」
花ちゃんの家に着くと、おばあ様が出迎えてくれた。背筋の伸びた着物姿が、いつ見ても若々しい。
「こんにちは、おばあ様。今日は突然おじゃましてすみません」
「いいの、いいの。他ならぬ奈々子ちゃんだもの、いつでも来てちょうだいな。うふふ」
「?」
普段から明るい人だが、今日はずいぶんとご機嫌な様子。何か良いことでもあったのだろうか。
廊下を並んで歩く私に、にこやかに話しかけた。
「奈々子ちゃんが結婚したと聞いて、本当にびっくりしたわ。だけど、とても感じの良い旦那様だと花が話してくれて、安心したところよ」
「す、すみません。事情があって、両親も周りに話せなくて」
公式発表まで内密にしてくれと由比家に頼まれたので、親戚にすら報せていない。
花ちゃんは特別だと織人さんが言ってくれたので、おばあ様とおじい様には報告してもらったのだ。
「気にしないで。ただ、私にとってあなたは孫みたいなものだから心配してたの。最初はほら、取引先の中年男と見合いさせるって、あなたのお母さんが言ってたから。あの時は、いくらなんでも酷過ぎるって抗議しちゃったわよ」
「あ、あはは……」
望まぬ見合い話。
つい最近まではそれが現実であり、私は受け入れていた。
花ちゃんにも反対されたのを思い出す。
「ああ、それにしても……ありがとうね、奈々子ちゃん」
「えっ?」
花ちゃんの部屋の前まで来て、おばあ様が手を合わせた。私を拝むような仕草にびっくりする。
「ど、どうしたんですか?」
「だって、あなたが彼を紹介してくれたんでしょ?」
そう言って、花ちゃんの部屋をチラッと見やる。
「彼……えっ、紹介?」
「そうよ。素敵な殿方」
ニコニコ顔のおばあ様を前に、私は首を傾げる。
花ちゃんの部屋に、誰かいるのかしら。
というか、紹介って? 素敵な殿方?
一体なんの話だろう。
「えっと……私が花ちゃんに男の人を紹介、ですか?」
「そうよお。あなたの旦那様のお友達なんですって?」
「……!」
もしかして、翼さんのことだろうか。
だけど、私の認識する彼らの関係は、おばあ様の考えるそれとは違う。
じゃなくて、どうして彼が花ちゃんの部屋に?
混乱する私に、おばあ様が興奮気味に続けた。
「すごく気が合うみたいでね、花が嬉しそうに話してくれるの。あの子にボーイフレンドができるなんて初めてでしょう? 羽根田さんは礼儀正しくて、人柄も素晴らしくて、おまけに腕っぷしも強そうで、言うことありません。おじい様も、男のように育ててしまった責任があるから、『花もこれで結婚できる』って、大喜びしてるのよお」
「けけっ、結婚!?」
唐突な展開に、腰が抜けそうになる。なぜ、いつからそんな話になっているのか。
「もちろん、奈々子ちゃんも聞いてるわよね?」
「いっ、いえ、私は何も知らな……」
その時、花ちゃんの部屋の引き戸が開いた。必要以上に驚いた私は、「ぎゃっ」と叫んでしまう。
「なんじゃ、奈々子。来ておったのか」
「あ、は、花ちゃん。おじゃま……してます」
そっと部屋を覗くと、翼さんがいた。
いつものように、黒のスーツに身を包み、きちんと正座している。
私と目が合うと、少し困ったように笑った。
「ええと、花ちゃん。翼さんが来てるなんて、知らなくて、その……」
「そうそう、いましがた訪ねてきたのを、わしが引き留めたのじゃ。先日貸した本を返しにきてくれたのだが、奈々子の話を一緒に聞いてもらいたいと思ってのう。翼殿は織人殿の幼なじみゆえ、力になってくれるだろうて……ばあ様、何をニヤニヤしておられる?」
おばあ様が、私の後ろから花ちゃんたちを楽しげに眺めている。
よく分からないが、なんとなく察せられた。
おばあ様(と、おじい様も)たぶん、誤解している。
「ほらね、奈々子ちゃん。仲良しでしょう?」
「は、はい、おばあ様」
嬉しそうに囁かれ、ひたすらうなずく。
仲良しなのは確かだから。
花ちゃんは「ふうっ」と息をつき、私とおばあ様の間を割って廊下を歩いていく。
「ちよっと花、お客様を置いてどこへ行くのです!」
「お茶を入れてきます。我らは内密の話があるゆえ、ばあ様は奥の部屋に引っ込んでくだされ」
「まあ、なんて言い草だろうね。奈々子ちゃん、失礼するわね。あ、羽根田さんも、ごゆっくりなさってください」
翼さんは慌てて立ち上がり、おばあ様にぺこりとお辞儀した。
二人がいなくなると、私たちは顔を見合わせ、なんとも言えない笑みを浮かべるのだった。
花ちゃんの家に着くと、おばあ様が出迎えてくれた。背筋の伸びた着物姿が、いつ見ても若々しい。
「こんにちは、おばあ様。今日は突然おじゃましてすみません」
「いいの、いいの。他ならぬ奈々子ちゃんだもの、いつでも来てちょうだいな。うふふ」
「?」
普段から明るい人だが、今日はずいぶんとご機嫌な様子。何か良いことでもあったのだろうか。
廊下を並んで歩く私に、にこやかに話しかけた。
「奈々子ちゃんが結婚したと聞いて、本当にびっくりしたわ。だけど、とても感じの良い旦那様だと花が話してくれて、安心したところよ」
「す、すみません。事情があって、両親も周りに話せなくて」
公式発表まで内密にしてくれと由比家に頼まれたので、親戚にすら報せていない。
花ちゃんは特別だと織人さんが言ってくれたので、おばあ様とおじい様には報告してもらったのだ。
「気にしないで。ただ、私にとってあなたは孫みたいなものだから心配してたの。最初はほら、取引先の中年男と見合いさせるって、あなたのお母さんが言ってたから。あの時は、いくらなんでも酷過ぎるって抗議しちゃったわよ」
「あ、あはは……」
望まぬ見合い話。
つい最近まではそれが現実であり、私は受け入れていた。
花ちゃんにも反対されたのを思い出す。
「ああ、それにしても……ありがとうね、奈々子ちゃん」
「えっ?」
花ちゃんの部屋の前まで来て、おばあ様が手を合わせた。私を拝むような仕草にびっくりする。
「ど、どうしたんですか?」
「だって、あなたが彼を紹介してくれたんでしょ?」
そう言って、花ちゃんの部屋をチラッと見やる。
「彼……えっ、紹介?」
「そうよ。素敵な殿方」
ニコニコ顔のおばあ様を前に、私は首を傾げる。
花ちゃんの部屋に、誰かいるのかしら。
というか、紹介って? 素敵な殿方?
一体なんの話だろう。
「えっと……私が花ちゃんに男の人を紹介、ですか?」
「そうよお。あなたの旦那様のお友達なんですって?」
「……!」
もしかして、翼さんのことだろうか。
だけど、私の認識する彼らの関係は、おばあ様の考えるそれとは違う。
じゃなくて、どうして彼が花ちゃんの部屋に?
混乱する私に、おばあ様が興奮気味に続けた。
「すごく気が合うみたいでね、花が嬉しそうに話してくれるの。あの子にボーイフレンドができるなんて初めてでしょう? 羽根田さんは礼儀正しくて、人柄も素晴らしくて、おまけに腕っぷしも強そうで、言うことありません。おじい様も、男のように育ててしまった責任があるから、『花もこれで結婚できる』って、大喜びしてるのよお」
「けけっ、結婚!?」
唐突な展開に、腰が抜けそうになる。なぜ、いつからそんな話になっているのか。
「もちろん、奈々子ちゃんも聞いてるわよね?」
「いっ、いえ、私は何も知らな……」
その時、花ちゃんの部屋の引き戸が開いた。必要以上に驚いた私は、「ぎゃっ」と叫んでしまう。
「なんじゃ、奈々子。来ておったのか」
「あ、は、花ちゃん。おじゃま……してます」
そっと部屋を覗くと、翼さんがいた。
いつものように、黒のスーツに身を包み、きちんと正座している。
私と目が合うと、少し困ったように笑った。
「ええと、花ちゃん。翼さんが来てるなんて、知らなくて、その……」
「そうそう、いましがた訪ねてきたのを、わしが引き留めたのじゃ。先日貸した本を返しにきてくれたのだが、奈々子の話を一緒に聞いてもらいたいと思ってのう。翼殿は織人殿の幼なじみゆえ、力になってくれるだろうて……ばあ様、何をニヤニヤしておられる?」
おばあ様が、私の後ろから花ちゃんたちを楽しげに眺めている。
よく分からないが、なんとなく察せられた。
おばあ様(と、おじい様も)たぶん、誤解している。
「ほらね、奈々子ちゃん。仲良しでしょう?」
「は、はい、おばあ様」
嬉しそうに囁かれ、ひたすらうなずく。
仲良しなのは確かだから。
花ちゃんは「ふうっ」と息をつき、私とおばあ様の間を割って廊下を歩いていく。
「ちよっと花、お客様を置いてどこへ行くのです!」
「お茶を入れてきます。我らは内密の話があるゆえ、ばあ様は奥の部屋に引っ込んでくだされ」
「まあ、なんて言い草だろうね。奈々子ちゃん、失礼するわね。あ、羽根田さんも、ごゆっくりなさってください」
翼さんは慌てて立ち上がり、おばあ様にぺこりとお辞儀した。
二人がいなくなると、私たちは顔を見合わせ、なんとも言えない笑みを浮かべるのだった。
16
あなたにおすすめの小説
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
わたしの愉快な旦那さん
川上桃園
恋愛
あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。
あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。
「何かお探しですか」
その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。
店員のお兄さんを前にてんぱった私は。
「旦那さんが欲しいです……」
と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。
「どんな旦那さんをお望みですか」
「え、えっと……愉快な、旦那さん?」
そしてお兄さんは自分を指差した。
「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」
そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる