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運命の人
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私たちは廊下に立ち、中庭を眺めながら話をした。
冬の風に寒椿が揺れている。
「この前、花さんをご自宅まで送り届けたでしょう? その時、お祖母さんに引き留められて、お茶をご馳走になりましてね。お祖父さんも同席されて、何というか、話をするうちに……」
「気に入られたのですね?」
翼さんが困った感じで、うなずく。
彼は、花ちゃんの祖父母が自分をどう見ているのか知っているのだ。
「気に入っていただけたのは嬉しいですが、俺にとっての花さんはそういう対象ではなく、もっとこう……雲の上の人、というか、それこそ先生と呼びたくなる人なんです。なぜなら俺は、ニ刀ハナ先生の大ファンですから」
やはり、おばあ様たちの誤解だった。
翼さんは花ちゃんをリスペクトし、花ちゃんは翼さんをファンとして大切にしている。
もちろん、サムライのような彼に好感を持っているのは確かだけれど。
「第一、花さんはまったく意識してません。さっきだって、遠慮する俺を部屋に押し込んで、戸をぴたりと閉めてしまうんです。男女が密室で二人きりなんて、お祖母さんに誤解されるのではと、俺のほうが居心地悪かったですよ」
「そ、そうだったんですね。でも、花ちゃんらしいです」
部屋の中できちんと正座する翼さんを思い出し、笑みがこぼれた。
彼のほうが気を遣っている。
「時代劇でたとえるなら、殿様と家臣ですね。俺は花さんを尊敬してるし、役に立ちたいと思ってますから」
「なるほど」
もしそうなら、彼ほど頼りになる家臣はいない。いずれにしろ二人の関係は良好であり、幼なじみとしてはとても嬉しい。
「ところで奈々子さん。花さんから、あなたが悩んでいるようだと伺ったのですが」
「えっ?」
急に私の話になり、ドキッとする。
「え、ええ。悩んでいるというか、心の整理がつかないというか」
「織人がまた、何かやらかしましたか」
「うっ……」
私が悩むとすれば織人さんのこと。
花ちゃん、そして翼さんも分かっているのだ。
「時間ならあります。俺でよければ、花さんと一緒に話を聞きますよ」
「あ、ありがとうございます」
確かに、織人さんの幼なじみである翼さんなら、答えてくれるかもしれない。
織人さんにとって私は、どういう存在なのか。
「お主ら、そんなところに突っ立って何をしておる」
見ると、花ちゃんがお盆を手に廊下を歩いて来た。立ち話する私たちを交互に見て、やれやれという顔になる。
「ほれほれ二人とも、寒いから早う中に入った入った」
「ちょ……花ちゃん、押さないで」
「危ない、お茶がこぼれますよ」
花ちゃんは今日も元気いっぱい。
私と翼さんは押し込まれるようにして、部屋に入るのだった。
暖かい部屋でお茶を飲みながら、まずは互いの近況を話した。
花ちゃんは時代劇の人気ブロガーとして、相変わらず忙しくしている。翼さんは、社長秘書の仕事をこなしつつ、最近は空手道場に通っているという。
「昔世話になった道場です。試合が近くなると、指導を頼まれるんですよ。自分の稽古にもなるんで、引き受けてます」
織人さんも子供の頃に通っていた道場の、一般(大人)部とのこと。
「ほう! 社会人になっても精進を続けるとは、見上げた根性。織人殿といい、お主らの努力には感心するぞ」
花ちゃんに手放しで褒められ、翼さんが謙遜する。
「しかし俺の場合、普段はジムに通うぐらいで、本格的に稽古するのは時々です。織人に比べたら全然」
「いやいや、継続して体を鍛えるという意識が大切なのじゃ。それに、織人殿の運動量は尋常でなく、やることなすこと常軌を逸しておる。翼殿のペースが一番理想的だとわしは思うがのう」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
照れながらも嬉しそうだ。
ほのぼのとした空気に、こちらまで和んでしまう。
「それで、奈々子は何を悩んでおる。両家の顔合わせを無事に終えたと申したが」
「え? あ、うん」
織人さんの話題が出たところで、花ちゃんが本題に入った。
翼さんも湯呑みを置き、話を聞く姿勢になる。
「実は昨夜、織人さんが映画を観せてくれて……」
格好をつけず、正直に話した。
映画に登場するメイという女性について。
メイは実在する女性ではなく、フィクションの人物だ。しかも昔の映画の。
その人に私は嫉妬している。
織人さんが私と結婚したのは、彼女と同じセリフを口にしたから? 私は身代わりなの?
こんな風にモヤモヤするのは変だろうか。だけど、織人さんにとって私はどういう存在なのか、知りたかった。
冬の風に寒椿が揺れている。
「この前、花さんをご自宅まで送り届けたでしょう? その時、お祖母さんに引き留められて、お茶をご馳走になりましてね。お祖父さんも同席されて、何というか、話をするうちに……」
「気に入られたのですね?」
翼さんが困った感じで、うなずく。
彼は、花ちゃんの祖父母が自分をどう見ているのか知っているのだ。
「気に入っていただけたのは嬉しいですが、俺にとっての花さんはそういう対象ではなく、もっとこう……雲の上の人、というか、それこそ先生と呼びたくなる人なんです。なぜなら俺は、ニ刀ハナ先生の大ファンですから」
やはり、おばあ様たちの誤解だった。
翼さんは花ちゃんをリスペクトし、花ちゃんは翼さんをファンとして大切にしている。
もちろん、サムライのような彼に好感を持っているのは確かだけれど。
「第一、花さんはまったく意識してません。さっきだって、遠慮する俺を部屋に押し込んで、戸をぴたりと閉めてしまうんです。男女が密室で二人きりなんて、お祖母さんに誤解されるのではと、俺のほうが居心地悪かったですよ」
「そ、そうだったんですね。でも、花ちゃんらしいです」
部屋の中できちんと正座する翼さんを思い出し、笑みがこぼれた。
彼のほうが気を遣っている。
「時代劇でたとえるなら、殿様と家臣ですね。俺は花さんを尊敬してるし、役に立ちたいと思ってますから」
「なるほど」
もしそうなら、彼ほど頼りになる家臣はいない。いずれにしろ二人の関係は良好であり、幼なじみとしてはとても嬉しい。
「ところで奈々子さん。花さんから、あなたが悩んでいるようだと伺ったのですが」
「えっ?」
急に私の話になり、ドキッとする。
「え、ええ。悩んでいるというか、心の整理がつかないというか」
「織人がまた、何かやらかしましたか」
「うっ……」
私が悩むとすれば織人さんのこと。
花ちゃん、そして翼さんも分かっているのだ。
「時間ならあります。俺でよければ、花さんと一緒に話を聞きますよ」
「あ、ありがとうございます」
確かに、織人さんの幼なじみである翼さんなら、答えてくれるかもしれない。
織人さんにとって私は、どういう存在なのか。
「お主ら、そんなところに突っ立って何をしておる」
見ると、花ちゃんがお盆を手に廊下を歩いて来た。立ち話する私たちを交互に見て、やれやれという顔になる。
「ほれほれ二人とも、寒いから早う中に入った入った」
「ちょ……花ちゃん、押さないで」
「危ない、お茶がこぼれますよ」
花ちゃんは今日も元気いっぱい。
私と翼さんは押し込まれるようにして、部屋に入るのだった。
暖かい部屋でお茶を飲みながら、まずは互いの近況を話した。
花ちゃんは時代劇の人気ブロガーとして、相変わらず忙しくしている。翼さんは、社長秘書の仕事をこなしつつ、最近は空手道場に通っているという。
「昔世話になった道場です。試合が近くなると、指導を頼まれるんですよ。自分の稽古にもなるんで、引き受けてます」
織人さんも子供の頃に通っていた道場の、一般(大人)部とのこと。
「ほう! 社会人になっても精進を続けるとは、見上げた根性。織人殿といい、お主らの努力には感心するぞ」
花ちゃんに手放しで褒められ、翼さんが謙遜する。
「しかし俺の場合、普段はジムに通うぐらいで、本格的に稽古するのは時々です。織人に比べたら全然」
「いやいや、継続して体を鍛えるという意識が大切なのじゃ。それに、織人殿の運動量は尋常でなく、やることなすこと常軌を逸しておる。翼殿のペースが一番理想的だとわしは思うがのう」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
照れながらも嬉しそうだ。
ほのぼのとした空気に、こちらまで和んでしまう。
「それで、奈々子は何を悩んでおる。両家の顔合わせを無事に終えたと申したが」
「え? あ、うん」
織人さんの話題が出たところで、花ちゃんが本題に入った。
翼さんも湯呑みを置き、話を聞く姿勢になる。
「実は昨夜、織人さんが映画を観せてくれて……」
格好をつけず、正直に話した。
映画に登場するメイという女性について。
メイは実在する女性ではなく、フィクションの人物だ。しかも昔の映画の。
その人に私は嫉妬している。
織人さんが私と結婚したのは、彼女と同じセリフを口にしたから? 私は身代わりなの?
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