恋の記録

藤谷 郁

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記録【3】

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4月9日――


思ったとおり、春菜が電話してきた。僕からの連絡を待ちきれなかったのだろう。

会いたくても会えないので、しびれをきらしたのだ。職場が近いのにも関わらず、僕が通勤時間をわざとずらしたので、すれ違いが続いている。

彼女はしかし控え目なほうだ。

これまで僕に近付いてきた女は、なぜか積極的なタイプばかり。言い方を変えれば図々しいってこと。

厚かましく、容姿に自信のある派手な女。

そういった女とは、数回ベッドをともにした後、すぐに別れてきた。

彼女達は、男にちやほやされるのが好きで、それが当然だと考えている。だから、気が向かなければ電話すらしない僕を冷淡だと責め、激しくなじった。


「あんたにまともな恋愛なんて、できっこない」

「人でなし!」

「誰も愛さず、愛されることもない孤独な男だわ」


思いどおりにならない男に怒り、目を吊り上げてわめく姿にあの女が重なる。

うんざりだ。

殺してやれば良かった。


唯一、タイプが違ったのは大学時代の彼女だ。何ということもない地味な女だが、きれいな足元に好感を持った。

アルバイト代をつぎ込んで買ったというオーダーメイドの靴を、大事に履いていたのだ。

なぜ別れたのか、理由は覚えていない。しかし今考えると、少なくとも嫌いではなかった。

春菜は彼女に似ている。

春菜なら愛することができるかもしれない。だからこそ実験材料にすると決めたのだ、僕は。

つまり、これまでのように、気の向いた時だけ相手にするという態度はご法度だ。

実験なのだから。

春菜の遠慮がちな挨拶を聞きながら、僕は自分に言い聞かせた。


春菜は怯えていた。

てっきり食事の誘いだと思ってスケジュール帳を開きかけた僕は、予定にない報告に眉をひそめた。

彼女はアパートで一人暮らしなのだが、住人の誰かに苦情をもらったらしい。

「うるさいぞ」と、赤字で書かれたレポート用紙が、ポストに入っていたという。


よくある隣人トラブルだな。


彼女に聞こえないよう、舌打ちした。そんなことは、大家にでも言えばいいのに。親とか、友達とか、他に相談する相手がいるだろう。

だが彼女は、僕をまっ先に思い浮かべたらしい。

なるほど、彼女にとって僕は、頼るべき男というわけだ。好きな男に守ってほしい。それは恋愛感情である。

ならば試してみよう、応えられるかどうか。

僕は気を取り直し、せいいっぱいの思いやりをこめて、彼女をなぐさめた。

暗闇の中で、誰にも頼れず、ひとりぼっちで震える彼女を想像する。僕は昔飼っていたうさぎを思い出し、ほんの少し可愛いという感情を覚えた。

気のせいだろうか。

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