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奇怪な日常
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――コワモテさんも案外、話せば優しい人かもしれませんよ。
以前、東松さんを苦情主だと思い込み、古池店長に相談したことがある。その時に言われた言葉を、ふと思い出した。
優しいとまではいえないが、この人は想像していたような、凶悪な人ではなかった。店長の言うとおり、人は見かけに寄らぬということだろうか。
(あと、電車の中で睨まれたことで、変な推測もされたっけ)
――女性が苦手なのかもしれない。いかつい男性にはありがちなことだ。あるいは、一条さんが好みのタイプだから、つい過剰反応したとか。
まさか、まさか。それは絶対にあり得ない!
本人を前に、またしても噴き出しそうになる。
「あの、何かついてますか? 私の顔」
「ええっ? あ、すみません。つい……」
無遠慮に見つめてしまった。東松さんは居心地が悪そうに、大きな体をもぞもぞさせている。
その隣で水野さんが、さもありなんと頷いた。
「分かりますよ、一条さん。顔が怖すぎて、逆に見入ってしまいますよねえ」
「そっ、そういうわけでは……」
「じゃあ、どんなわけかお聞かせください」
言いわけしようとする私を、東松さんがやや大きな声で遮る。水野さんは笑みを消し、部下に注目した。
「あなたが、私と鳥宮さんを同一人物だと思い込んだ理由。そして、なぜあんなに大騒ぎしたのか」
シンとした部屋に、東松さんのカップを置く音が際立つ。今の質問は、つい先ほどの、一階でのできごとについてだ。
水野さんがこちらを向く。
「何かトラブルでもあったのですか? お隣の鳥宮さんと」
彼らは刑事だ。相手のちょっとした発言や表情の変化から、事情を読み取ってしまう。私が東松さんを見て大騒ぎしたのは、顔が怖かったからではない。
「はい。トラブルというほどではありませんが、気になることが、一度だけ」
「ほう、どんなことでしょう」
前のめりになる水野さんを、私は見返す。こちらにも聞きたいことがあった。
「その前に、教えてください。鳥宮さんは自殺ではなかったのですね?」
水野さんは、肯定も否定もしない。
東松さんは黙って、私の様子に目を当てている。
「初動捜査で不審な点がいくつか出てきましてね。自殺か、あるいは事故か事件か。慎重に判断するため、こうして皆さんにお尋ねしているわけです。詳しくは申し上げられませんが」
「そうですか」
今朝がた行われた事情聴取とは雰囲気が違う。何だか、容疑者にでもなった気分だ。鳥宮さんの死が、もし自殺ではなく事件だとしたら――
「どんな些細なことでも結構です。鳥宮さんについて、気付いたことがあれば、お聞かせ願えませんか」
水野さんは懐に手を入れ、一枚の写真を取り出した。
私は、テーブルに置かれたそれに目をみはる。
「この方が、鳥宮優一朗さんです」
「……えっ?」
今朝の事情聴取では見ることのなかった顔写真だ。
「この人だったんですか、隣に住んでいたのは」
「そうです」
鳥宮優一朗――ふっくらとした顔にメガネをかけている。いかつい東松さんとは似ても似つかぬ、大人しい印象だ。
しかし私が驚いた理由は、それだけではない。この人を、見たことがあった。
「ご存知のようですな」
「ええ……」
どこで見たのだろうとしばし考え、ハッと思い出す。
「駅前のコンビニです。電車を降りて、立ち寄った時に」
「緑大学前駅の向かいにあるナイツマートですね。それはいつのことですか」
確か、苦情をもらった日だ。
あの時の私はコワモテ男との遭遇を怖れ、神経をとがらせていた。だから、大柄でぼさぼさ頭で、ジャンパーを着た男性がいるのを見て、驚いたのだ。
(えっ? ということは、つまり)
目の前にいる東松さんと写真の男を見比べ、私はすべて理解する。
最初から、勘違いしていたのだ。
大柄な体とぼさぼさ頭、くたびれたジャンパーという、ただそれだけの特徴で、鳥宮さんをコワモテ男……東松さんだと思い込んでしまった。
アパートに入っていく後ろ姿。闇に浮かぶシルエット。いずれも、はっきりと顔を確認したわけじゃないのに、決め付けていた。
「一条さん?」
東松さんが手帳から目を上げ、じろりと睨んでくる。いや、そもそもこれこそが思い込みなのだ。
私が勝手に、睨まれたように感じただけ。
「ご、ごめんなさい。えっと……コンビニで鳥宮さんを見たのは四月九日の夜、十時頃です」
水野さんがふんふんと頷き、東松さんが手帳に書き留める。
「九日前ですね。その時、彼はどんな様子でしたか」
「さあ……」
「何か、気付いたことはありませんか」
「すみません、ちょっと待ってください」
矢継ぎ早の質問を止めた。
私はまだ、気持ちの整理がついていない。
「どうかされましたか?」
「鳥宮さんと東松さんを同一人物だと勘違いした理由が分かったんです。それをまず、説明させてください」
東松さんは無言だ。水野さんは彼を横目で見やり、少し間を置いてから聞く体勢をとった。
「そうですな。参考までに、お聞かせください」
私は、事実ありのままを語った。
話の流れで、あの苦情についても告げることになるが、ためらいはなかった。智哉さんのアドバイスどおり、隠す必要などないのだから、正直に話せば良い。
「ほう、そんなことがあったのですか。大家さんと管理会社に報告は?」
「いいえ。本当に私がうるさかったのかもしれないし、しばらく様子を見てからと思ったので」
「なるほど。では、一人で処理したと。それとも、誰かに相談されたのかな」
「相談……」
水野さんはにこりと微笑む。私は迷ったけれど、これも素直に答えた。
「職場の上司と、あとは、親しい知人に」
「上司と、親しい知人?」
「はい」
以前、東松さんを苦情主だと思い込み、古池店長に相談したことがある。その時に言われた言葉を、ふと思い出した。
優しいとまではいえないが、この人は想像していたような、凶悪な人ではなかった。店長の言うとおり、人は見かけに寄らぬということだろうか。
(あと、電車の中で睨まれたことで、変な推測もされたっけ)
――女性が苦手なのかもしれない。いかつい男性にはありがちなことだ。あるいは、一条さんが好みのタイプだから、つい過剰反応したとか。
まさか、まさか。それは絶対にあり得ない!
本人を前に、またしても噴き出しそうになる。
「あの、何かついてますか? 私の顔」
「ええっ? あ、すみません。つい……」
無遠慮に見つめてしまった。東松さんは居心地が悪そうに、大きな体をもぞもぞさせている。
その隣で水野さんが、さもありなんと頷いた。
「分かりますよ、一条さん。顔が怖すぎて、逆に見入ってしまいますよねえ」
「そっ、そういうわけでは……」
「じゃあ、どんなわけかお聞かせください」
言いわけしようとする私を、東松さんがやや大きな声で遮る。水野さんは笑みを消し、部下に注目した。
「あなたが、私と鳥宮さんを同一人物だと思い込んだ理由。そして、なぜあんなに大騒ぎしたのか」
シンとした部屋に、東松さんのカップを置く音が際立つ。今の質問は、つい先ほどの、一階でのできごとについてだ。
水野さんがこちらを向く。
「何かトラブルでもあったのですか? お隣の鳥宮さんと」
彼らは刑事だ。相手のちょっとした発言や表情の変化から、事情を読み取ってしまう。私が東松さんを見て大騒ぎしたのは、顔が怖かったからではない。
「はい。トラブルというほどではありませんが、気になることが、一度だけ」
「ほう、どんなことでしょう」
前のめりになる水野さんを、私は見返す。こちらにも聞きたいことがあった。
「その前に、教えてください。鳥宮さんは自殺ではなかったのですね?」
水野さんは、肯定も否定もしない。
東松さんは黙って、私の様子に目を当てている。
「初動捜査で不審な点がいくつか出てきましてね。自殺か、あるいは事故か事件か。慎重に判断するため、こうして皆さんにお尋ねしているわけです。詳しくは申し上げられませんが」
「そうですか」
今朝がた行われた事情聴取とは雰囲気が違う。何だか、容疑者にでもなった気分だ。鳥宮さんの死が、もし自殺ではなく事件だとしたら――
「どんな些細なことでも結構です。鳥宮さんについて、気付いたことがあれば、お聞かせ願えませんか」
水野さんは懐に手を入れ、一枚の写真を取り出した。
私は、テーブルに置かれたそれに目をみはる。
「この方が、鳥宮優一朗さんです」
「……えっ?」
今朝の事情聴取では見ることのなかった顔写真だ。
「この人だったんですか、隣に住んでいたのは」
「そうです」
鳥宮優一朗――ふっくらとした顔にメガネをかけている。いかつい東松さんとは似ても似つかぬ、大人しい印象だ。
しかし私が驚いた理由は、それだけではない。この人を、見たことがあった。
「ご存知のようですな」
「ええ……」
どこで見たのだろうとしばし考え、ハッと思い出す。
「駅前のコンビニです。電車を降りて、立ち寄った時に」
「緑大学前駅の向かいにあるナイツマートですね。それはいつのことですか」
確か、苦情をもらった日だ。
あの時の私はコワモテ男との遭遇を怖れ、神経をとがらせていた。だから、大柄でぼさぼさ頭で、ジャンパーを着た男性がいるのを見て、驚いたのだ。
(えっ? ということは、つまり)
目の前にいる東松さんと写真の男を見比べ、私はすべて理解する。
最初から、勘違いしていたのだ。
大柄な体とぼさぼさ頭、くたびれたジャンパーという、ただそれだけの特徴で、鳥宮さんをコワモテ男……東松さんだと思い込んでしまった。
アパートに入っていく後ろ姿。闇に浮かぶシルエット。いずれも、はっきりと顔を確認したわけじゃないのに、決め付けていた。
「一条さん?」
東松さんが手帳から目を上げ、じろりと睨んでくる。いや、そもそもこれこそが思い込みなのだ。
私が勝手に、睨まれたように感じただけ。
「ご、ごめんなさい。えっと……コンビニで鳥宮さんを見たのは四月九日の夜、十時頃です」
水野さんがふんふんと頷き、東松さんが手帳に書き留める。
「九日前ですね。その時、彼はどんな様子でしたか」
「さあ……」
「何か、気付いたことはありませんか」
「すみません、ちょっと待ってください」
矢継ぎ早の質問を止めた。
私はまだ、気持ちの整理がついていない。
「どうかされましたか?」
「鳥宮さんと東松さんを同一人物だと勘違いした理由が分かったんです。それをまず、説明させてください」
東松さんは無言だ。水野さんは彼を横目で見やり、少し間を置いてから聞く体勢をとった。
「そうですな。参考までに、お聞かせください」
私は、事実ありのままを語った。
話の流れで、あの苦情についても告げることになるが、ためらいはなかった。智哉さんのアドバイスどおり、隠す必要などないのだから、正直に話せば良い。
「ほう、そんなことがあったのですか。大家さんと管理会社に報告は?」
「いいえ。本当に私がうるさかったのかもしれないし、しばらく様子を見てからと思ったので」
「なるほど。では、一人で処理したと。それとも、誰かに相談されたのかな」
「相談……」
水野さんはにこりと微笑む。私は迷ったけれど、これも素直に答えた。
「職場の上司と、あとは、親しい知人に」
「上司と、親しい知人?」
「はい」
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