49 / 236
正義の使者〈1〉
6
しおりを挟む
「見たか、東松くん」
「はい」
水野さんはモニターを睨んだまま、俺に確認する。予想どおりの結果なので、納得の口調だ。
やはり、一条春菜のポストに苦情を入れたのは、鳥宮優一朗だった。
四月八日の深夜、鳥宮が周りをキョロキョロしながら集合ポストの前に現れた。そして507のポストに白い紙をサッと入れて、逃げるように外へ出て行くのが映っている。
「本当に、鳥宮さんだったんですねえ」
大家が意外そうにつぶやく。
「隣の物音を気にするような人とは、思いませんでした。ましてや、こんな風に苦情を入れるなんて。だって、これまでトラブルを起こしたことはないし、大人しい青年なんですよ?」
大家は鳥宮の癖を知らない。
迷惑行為などするはずもない、人畜無害な人間に見えていたのだ。
首をかしげる大家をよそに、俺と水野さんはデータのチェックを続けた。
ポストに紙を入れた鳥宮は外に出て行き、やがて帰ってきた。いそいそとした足取り。両手にコンビニ袋をぶら下げている。
「こんな夜中にコンビニか。えらく買い込んできたな」
コンビニ袋を拡大してもらった。
どうやら中身は菓子、ペットボトルなどの食料品だ。それから……
「片方の袋に、大きな箱が入ってるな」
「ええ。ちょうど、鳥宮の部屋にあるフィギュアの大きさですね」
この夜、鳥宮はコンビニでくじを引き、『エリナ』の復刻フィギュアを当てたのだ。
俺は昨日、緑大学前駅の向かいにあるコンビニで、鳥宮について聞き込みを行っている。
店長に鳥宮の写真を見せると、ひんぱんに来る客だと言った。
『たいていは、雑誌コーナーで長時間立ち読みして、何も買わずにお帰りになられます。大柄な方なので目につきましたね。でもアルバイトの話では、最近になって、ずいぶん散財するようになったとか。特に、一回五百円のくじを何べんも引くんで、驚いたと言っていました』
鳥宮はこの時点で、金を手に入れている。なぜかは分からないが、運が巡ってきたということだ。
ちなみに、鳥宮が誰かと一緒だったという目撃情報はない。
「では次に、鳥宮さんが転落したと推定される時間帯のデータを見せてください」
鳥宮優一朗がベランダに出て手すりに上り、駐車場に転落したのは、四月十八日午前四時半から五時にかけて。
外は真っ暗で、雨が激しく降っていた。
「エントランスと非常階段下の、二か所ともですね」
「はい、お願いします」
「わかりました」
長谷部課長は神妙な顔つきで、パソコンを操作する。
鳥宮優一朗が隣人のポストに苦情を入れていた。彼の行動に何らかの問題があると察し、管理会社の人間として緊張を覚えるのだろう。
該当する映像がモニターに映し出された。
四人とも食い入るように見つめるが、鳥宮が転落した時間帯に、アパートに出入りする人物は見られなかった。
住人への聞き取り調査の結果と同じである。
「今度は、バックしてもらえますか」
水野さんは、午前四時半より前のデータを求めた。
映像が早戻しされていく。前の晩になると、エントランスを出入りする人間が散見された。いずれもアパートの住人であったが……
「あっ、この人は違います」
大家がストップをかけた。モニターに、一人の男が映っている。エントランスを出て行くところだ。
四月十七日 午後九時五十九分――
「この人を、ご存知ですか」
水野さんが訊くと、大家は首を横に振った。
「いいえ、見たことのない顔です。住人の誰かを訪ねてきたんでしょう」
年齢は三十代前半くらい。髪も服装もきちんとしている。なかなかの男前だ。
男の映像を保存し、さらに時間を遡る。
すると、午後九時三十二分――先ほどの男と、男に抱えられるようにしてエントランスに入ってきた女がいた。
「おや、この人は……」
水野さんと大家が、同時に身を乗り出す。
俺にも誰なのかわかった。
「507号室の一条春菜さんですね、大家さん」
「はい、一条さんです。この男性は、彼女の恋人なのかな?」
大家の頭越しに、水野さんと目を合わせた。
おそらくこの男が、苦情の件を相談したという親しい知人『ともやさん』だろう。
「それにしても一条さん、足元がおぼつかない。ずいぶん酔っているみたいですな」
水野さんが注意深く画面に見入る。
「彼氏にべったりと、もたれていますよ。デートの帰りに送ってもらったんでしょうなあ。いいですねえ、若い人は」
呑気な感想を漏らす大家の横で、俺はちょっとした違和感を覚えた。
モニターに映る男は、一条春菜の恋人で間違いない。
しかし、付き合い始めたばかりにしては、親密すぎる気がした。彼女はもっと、慎重なタイプに思えたのだが。
男っ気のない一人暮らしの部屋が頭に浮かんだ。
「しかし刑事さん、この男性は無関係だと思いますがねえ。すぐに帰ったみたいだし」
「ふむ。一条さんを部屋まで送り届けて、三十分ほどでアパートを出て行った、か……」
「はい」
水野さんはモニターを睨んだまま、俺に確認する。予想どおりの結果なので、納得の口調だ。
やはり、一条春菜のポストに苦情を入れたのは、鳥宮優一朗だった。
四月八日の深夜、鳥宮が周りをキョロキョロしながら集合ポストの前に現れた。そして507のポストに白い紙をサッと入れて、逃げるように外へ出て行くのが映っている。
「本当に、鳥宮さんだったんですねえ」
大家が意外そうにつぶやく。
「隣の物音を気にするような人とは、思いませんでした。ましてや、こんな風に苦情を入れるなんて。だって、これまでトラブルを起こしたことはないし、大人しい青年なんですよ?」
大家は鳥宮の癖を知らない。
迷惑行為などするはずもない、人畜無害な人間に見えていたのだ。
首をかしげる大家をよそに、俺と水野さんはデータのチェックを続けた。
ポストに紙を入れた鳥宮は外に出て行き、やがて帰ってきた。いそいそとした足取り。両手にコンビニ袋をぶら下げている。
「こんな夜中にコンビニか。えらく買い込んできたな」
コンビニ袋を拡大してもらった。
どうやら中身は菓子、ペットボトルなどの食料品だ。それから……
「片方の袋に、大きな箱が入ってるな」
「ええ。ちょうど、鳥宮の部屋にあるフィギュアの大きさですね」
この夜、鳥宮はコンビニでくじを引き、『エリナ』の復刻フィギュアを当てたのだ。
俺は昨日、緑大学前駅の向かいにあるコンビニで、鳥宮について聞き込みを行っている。
店長に鳥宮の写真を見せると、ひんぱんに来る客だと言った。
『たいていは、雑誌コーナーで長時間立ち読みして、何も買わずにお帰りになられます。大柄な方なので目につきましたね。でもアルバイトの話では、最近になって、ずいぶん散財するようになったとか。特に、一回五百円のくじを何べんも引くんで、驚いたと言っていました』
鳥宮はこの時点で、金を手に入れている。なぜかは分からないが、運が巡ってきたということだ。
ちなみに、鳥宮が誰かと一緒だったという目撃情報はない。
「では次に、鳥宮さんが転落したと推定される時間帯のデータを見せてください」
鳥宮優一朗がベランダに出て手すりに上り、駐車場に転落したのは、四月十八日午前四時半から五時にかけて。
外は真っ暗で、雨が激しく降っていた。
「エントランスと非常階段下の、二か所ともですね」
「はい、お願いします」
「わかりました」
長谷部課長は神妙な顔つきで、パソコンを操作する。
鳥宮優一朗が隣人のポストに苦情を入れていた。彼の行動に何らかの問題があると察し、管理会社の人間として緊張を覚えるのだろう。
該当する映像がモニターに映し出された。
四人とも食い入るように見つめるが、鳥宮が転落した時間帯に、アパートに出入りする人物は見られなかった。
住人への聞き取り調査の結果と同じである。
「今度は、バックしてもらえますか」
水野さんは、午前四時半より前のデータを求めた。
映像が早戻しされていく。前の晩になると、エントランスを出入りする人間が散見された。いずれもアパートの住人であったが……
「あっ、この人は違います」
大家がストップをかけた。モニターに、一人の男が映っている。エントランスを出て行くところだ。
四月十七日 午後九時五十九分――
「この人を、ご存知ですか」
水野さんが訊くと、大家は首を横に振った。
「いいえ、見たことのない顔です。住人の誰かを訪ねてきたんでしょう」
年齢は三十代前半くらい。髪も服装もきちんとしている。なかなかの男前だ。
男の映像を保存し、さらに時間を遡る。
すると、午後九時三十二分――先ほどの男と、男に抱えられるようにしてエントランスに入ってきた女がいた。
「おや、この人は……」
水野さんと大家が、同時に身を乗り出す。
俺にも誰なのかわかった。
「507号室の一条春菜さんですね、大家さん」
「はい、一条さんです。この男性は、彼女の恋人なのかな?」
大家の頭越しに、水野さんと目を合わせた。
おそらくこの男が、苦情の件を相談したという親しい知人『ともやさん』だろう。
「それにしても一条さん、足元がおぼつかない。ずいぶん酔っているみたいですな」
水野さんが注意深く画面に見入る。
「彼氏にべったりと、もたれていますよ。デートの帰りに送ってもらったんでしょうなあ。いいですねえ、若い人は」
呑気な感想を漏らす大家の横で、俺はちょっとした違和感を覚えた。
モニターに映る男は、一条春菜の恋人で間違いない。
しかし、付き合い始めたばかりにしては、親密すぎる気がした。彼女はもっと、慎重なタイプに思えたのだが。
男っ気のない一人暮らしの部屋が頭に浮かんだ。
「しかし刑事さん、この男性は無関係だと思いますがねえ。すぐに帰ったみたいだし」
「ふむ。一条さんを部屋まで送り届けて、三十分ほどでアパートを出て行った、か……」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
私の優しいお父さん
有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。
少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。
昔、私に何があったんだろう。
お母さんは、どうしちゃったんだろう。
お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。
いつか、思い出す日が来るのかな。
思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる