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正義の使者〈1〉
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翌日の午前中、俺と水野さんはメゾン城田の管理会社に向かった。防犯カメラの映像を確認できるよう、大家が早速段取りしてくれたのだ。
管理会社は本町駅にほど近いオフィスビル内に事務所を構えている。緑署からも遠くない位置なので、徒歩で移動した。
今日はよく晴れて、明るい日差しが街路樹を照らしている。
本町駅前を通りかかった時、俺はなんとなく駅ビルを見上げた。一条春菜が冬月書店に勤めていると言ったのを思い出したのだ。
(507号室の、一条春菜……)
いろいろな意味で、彼女が気になった。しかし今はまず、防犯カメラの映像だ。
「自殺ではないとすると、事故か事件だな。東松くんは、どう考える」
歩きながら、水野さんが質問を向けてきた。
「そうですね……問題は、鳥宮がなぜベランダの手すりに上がったか、その目的です。検視ではアルコールや薬物反応がありませんでした。意識がはっきりした状態で、行動しています。自らの意思でか、あるいは誰かに強制されたのか。しかし誰かが関与した形跡は、今のところありません」
「うんうん」
水野さんは相槌を打つ。
「いずれにせよ、鳥宮優一朗という人物を知らねば、行動の謎を解くことはできないでしょう」
「そうだな。で、どうだった?」
俺は今朝、鳥宮の携帯電話に履歴が残る、中学時代の友人『前田栄二』に連絡を取り、話を聞いている。
水野さんはそれを知っているので、先へと促した。
「前田は緑市内にあるホビーショップの店員で、鳥宮とは趣味を通じて付き合いのある友人です。鳥宮が死んだと聞いて、たいそう驚いていました。五日前に電話で話した時は、悩みがあるどころかとても明るい調子だったので」
「自殺するようには思えなかったと」
「ええ。鳥宮は電話で、『運が巡ってきた』と、ずいぶん景気の良さそうな口ぶりだった。レア物のフィギュアを手に入れたと、喜んで報告してきた。つい最近まで、派遣の仕事が減って苦しいと嘆いていたのに。『何があったんだ。宝くじでも当たったのか』と、聞いてみたそうです」
水野さんは緊張の面持ちになる。
「しかし、鳥宮は白状しない。宝くじでもないし、ギャンブルでもないと笑う。前田が追及しても、『運が巡ってきた』と答えるのみで、本当のところは聞けなかったと言います」
「ふむ、そうか……」
有益な証言を得られず、水野さんは息をついた。
「運が巡ってきた……どういうことだ。天から札束でも降ってきたのか」
「わかりません」
何か、鳥宮の懐が豊かになる出来事があったようだ。だがそれは、自殺の原因にはならない。幸運は、生きる希望になるはずだ。
「それから? 他にも何か聞けたのかね」
気を取り直したように、水野さんが顔を上げる。
「はい。鳥宮優一朗という人物について、彼は語ってくれました。母親のいう『バカなことばっかり』の意味がわかりましたよ」
前田は初め、話すのをためらった。だが俺が真剣な顔で頼むと、少し怯えた感じで、ぽつぽつと話し始めた。
『優ちゃんは、あの癖がなければ、いい奴なんだけどな……』
と、前置きして。
「鳥宮には、まとわりつきと覗きの癖があったそうです。そのために彼が大学四年の夏、父親が会社を辞めています」
「まとわりつきと、覗き……」
水野さんは、さほど驚かない。想定内の話だったようだ。
「前科があったのか」
「いいえ。鳥宮がトラブルを起こすたびに父親が謝罪してまわり、警察沙汰になるのを防いでいます。ただ、大学四年の夏にまとわりついた相手が、父親が勤める会社の、役員の娘さんだったそうで」
「なるほど」
父親は当時、大手自動車メーカーの管理職だった。鳥宮優一朗は会社の行事『ファミリーデイ』で見かけた役員の娘に興味を持ち、ストーキングに及んだ。
「役員は、警察に通報しなかったのだな」
「社外に洩れるのを恐れたのでしょう。実害があれば、また別の話でしょうが」
水野さんは無言で、続きを促す。
「前田が言うには、鳥宮が目をつける相手は、お気に入りのアニメキャラに似た女性である。いけないとわかっていても、ついやってしまう。まさに癖ですね」
「アニメキャラか……」
鳥宮の部屋にあったフィギュアを、水野さんも思い浮かべたようだ。
俺も気になっていた。そういった目で見ると、あのフィギュア……『エリナ』というキャラクターは、彼女に似ていなくもない。
「そんなわけで、父親は会社に居づらくなり、辞めざるを得ない状況になった。長男ということで優一朗に期待をかけていたぶん、親子の断絶が決定的になったわけです」
「長男に期待していた。それがあんがい、癖の原因かもしれんなあ」
水野さんはやるせない表情で、つぶやく。
しかしすぐに、目を光らせた。
「だが、どうやらわかってきたぞ。謎はまだ残るが、一つ一つ検証していこう」
懐から、例の証拠品の写真を取り出す。レポート用紙に殴り書きの文字が、禍々しく踊っている。
「指紋と筆跡鑑定の結果が出る前に、まずは防犯ビデオを確認する」
「はい。行きましょう」
俺と水野さんは勇躍し、急ぎ足で管理会社へと向かった。
受付を済ませてしばらくすると、ロビーに担当者が現れた。四十代前半くらいのほっそりとした男は、セキュリティ管理部課長の長谷部と名乗った。
「大家さんからお話を伺っております。防犯カメラの保存期間である一か月分のデータを用意しましたので、ご確認ください」
会議室に入ると、大家が既に来ていた。挨拶を交わす間に長谷部課長がパソコンを操作し、防犯カメラのデータをモニターに映した。
大家と管理会社の人間が立ち会う中、必要な映像を見せてもらう。
まずは、四月八日夜から九日朝にかけての間。
一条春菜のポストに苦情の紙を入れたのは誰なのか、確かめた。
管理会社は本町駅にほど近いオフィスビル内に事務所を構えている。緑署からも遠くない位置なので、徒歩で移動した。
今日はよく晴れて、明るい日差しが街路樹を照らしている。
本町駅前を通りかかった時、俺はなんとなく駅ビルを見上げた。一条春菜が冬月書店に勤めていると言ったのを思い出したのだ。
(507号室の、一条春菜……)
いろいろな意味で、彼女が気になった。しかし今はまず、防犯カメラの映像だ。
「自殺ではないとすると、事故か事件だな。東松くんは、どう考える」
歩きながら、水野さんが質問を向けてきた。
「そうですね……問題は、鳥宮がなぜベランダの手すりに上がったか、その目的です。検視ではアルコールや薬物反応がありませんでした。意識がはっきりした状態で、行動しています。自らの意思でか、あるいは誰かに強制されたのか。しかし誰かが関与した形跡は、今のところありません」
「うんうん」
水野さんは相槌を打つ。
「いずれにせよ、鳥宮優一朗という人物を知らねば、行動の謎を解くことはできないでしょう」
「そうだな。で、どうだった?」
俺は今朝、鳥宮の携帯電話に履歴が残る、中学時代の友人『前田栄二』に連絡を取り、話を聞いている。
水野さんはそれを知っているので、先へと促した。
「前田は緑市内にあるホビーショップの店員で、鳥宮とは趣味を通じて付き合いのある友人です。鳥宮が死んだと聞いて、たいそう驚いていました。五日前に電話で話した時は、悩みがあるどころかとても明るい調子だったので」
「自殺するようには思えなかったと」
「ええ。鳥宮は電話で、『運が巡ってきた』と、ずいぶん景気の良さそうな口ぶりだった。レア物のフィギュアを手に入れたと、喜んで報告してきた。つい最近まで、派遣の仕事が減って苦しいと嘆いていたのに。『何があったんだ。宝くじでも当たったのか』と、聞いてみたそうです」
水野さんは緊張の面持ちになる。
「しかし、鳥宮は白状しない。宝くじでもないし、ギャンブルでもないと笑う。前田が追及しても、『運が巡ってきた』と答えるのみで、本当のところは聞けなかったと言います」
「ふむ、そうか……」
有益な証言を得られず、水野さんは息をついた。
「運が巡ってきた……どういうことだ。天から札束でも降ってきたのか」
「わかりません」
何か、鳥宮の懐が豊かになる出来事があったようだ。だがそれは、自殺の原因にはならない。幸運は、生きる希望になるはずだ。
「それから? 他にも何か聞けたのかね」
気を取り直したように、水野さんが顔を上げる。
「はい。鳥宮優一朗という人物について、彼は語ってくれました。母親のいう『バカなことばっかり』の意味がわかりましたよ」
前田は初め、話すのをためらった。だが俺が真剣な顔で頼むと、少し怯えた感じで、ぽつぽつと話し始めた。
『優ちゃんは、あの癖がなければ、いい奴なんだけどな……』
と、前置きして。
「鳥宮には、まとわりつきと覗きの癖があったそうです。そのために彼が大学四年の夏、父親が会社を辞めています」
「まとわりつきと、覗き……」
水野さんは、さほど驚かない。想定内の話だったようだ。
「前科があったのか」
「いいえ。鳥宮がトラブルを起こすたびに父親が謝罪してまわり、警察沙汰になるのを防いでいます。ただ、大学四年の夏にまとわりついた相手が、父親が勤める会社の、役員の娘さんだったそうで」
「なるほど」
父親は当時、大手自動車メーカーの管理職だった。鳥宮優一朗は会社の行事『ファミリーデイ』で見かけた役員の娘に興味を持ち、ストーキングに及んだ。
「役員は、警察に通報しなかったのだな」
「社外に洩れるのを恐れたのでしょう。実害があれば、また別の話でしょうが」
水野さんは無言で、続きを促す。
「前田が言うには、鳥宮が目をつける相手は、お気に入りのアニメキャラに似た女性である。いけないとわかっていても、ついやってしまう。まさに癖ですね」
「アニメキャラか……」
鳥宮の部屋にあったフィギュアを、水野さんも思い浮かべたようだ。
俺も気になっていた。そういった目で見ると、あのフィギュア……『エリナ』というキャラクターは、彼女に似ていなくもない。
「そんなわけで、父親は会社に居づらくなり、辞めざるを得ない状況になった。長男ということで優一朗に期待をかけていたぶん、親子の断絶が決定的になったわけです」
「長男に期待していた。それがあんがい、癖の原因かもしれんなあ」
水野さんはやるせない表情で、つぶやく。
しかしすぐに、目を光らせた。
「だが、どうやらわかってきたぞ。謎はまだ残るが、一つ一つ検証していこう」
懐から、例の証拠品の写真を取り出す。レポート用紙に殴り書きの文字が、禍々しく踊っている。
「指紋と筆跡鑑定の結果が出る前に、まずは防犯ビデオを確認する」
「はい。行きましょう」
俺と水野さんは勇躍し、急ぎ足で管理会社へと向かった。
受付を済ませてしばらくすると、ロビーに担当者が現れた。四十代前半くらいのほっそりとした男は、セキュリティ管理部課長の長谷部と名乗った。
「大家さんからお話を伺っております。防犯カメラの保存期間である一か月分のデータを用意しましたので、ご確認ください」
会議室に入ると、大家が既に来ていた。挨拶を交わす間に長谷部課長がパソコンを操作し、防犯カメラのデータをモニターに映した。
大家と管理会社の人間が立ち会う中、必要な映像を見せてもらう。
まずは、四月八日夜から九日朝にかけての間。
一条春菜のポストに苦情の紙を入れたのは誰なのか、確かめた。
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