恋の記録

藤谷 郁

文字の大きさ
51 / 236
正義の使者〈1〉

8

しおりを挟む
食堂を覗くと、彼女が大きく手を振った。明るすぎる笑顔と、テーブルに置かれた大盛りのカレーライスが、彼女のアイデンティティーを表している。


「おーい、こっちこっち。早く来なさいよ、東松!」


戸口で突っ立っている俺に、食事中の署員が一斉に注目してきた。

刑事部屋の同僚が俺と彼女を見比べ、面白そうにクスクス笑っている。

どんな反応をすればいいのかわからず俺は困惑するが、絶対に顔や態度には出さない。余計、面白がられるからだ。

とりあえずカウンターでカツ定食を注文し、彼女の待つ窓際のテーブルに運んだ。


「お待たせしました」

「うわあ、相変わらずコワモテねえ。かっわいい~!」


なんでコワモテがかわいいんだ。この人こそ、相変わらずわけが分からない。

向かいに座り、正面から目を合わせた。

整った顔立ち。雪のように白い肌と艶やかな黒髪が魅力の正統派美人だ。おまけにスタイルがよく、ブランドスーツを着こなす彼女は、どこにいても目立つ存在である。

目立つのが嫌いな俺としては、あまりご一緒したくない相手だが、目上の人間なので逆らうことができない。何より彼女は強引なのだ。


「元気そうね、東松くん。でも、図体のわりに小食すぎない?」

瀬戸せとさんが食べすぎなんですよ」


彼女の大盛りカレーを見やった。若い男でも苦戦する、食堂の特別メニューである。


「これくらい食べなきゃ、夜まで持たないのよ。私の激務、知ってるでしょ」

「刑事は皆、激務です」

「げっ、口答えした。憎ったらしいやつ!」


楽しそうに笑う彼女、瀬戸沙雪さゆきは県警本部刑事部捜査第一課に所属する女性警察官である。年齢は、俺より五つ年上の三十三歳。階級は警部補。

以前、緑署に設置された捜査本部でコンビを組んで以来、何かと絡んでくる。例えば今日のように、所轄に来ると必ず俺を呼び出すのだ。


「ねえねえ、最近どうしてた? 彼女できた?」

「そんな暇ありません」

「ええー、そうなんだ。いい男なのに、もったいなーい」

「……」


このとおりノリは軽いが、仕事の上で尊敬するところが多いので、多少のからかいや悪目立ちは我慢している。それに、良き相談相手でもあるから。


「だったらさ、前から言ってるけど、私と結婚すればいいじゃない? 寮を出て、広い一戸建てに住みましょうよ」


どこからどこまでが本気なのか……いや、考えるまでもないか。

俺は心でため息をつき、いつものように切り返す。


「遠慮させていただきます。俺はまだ、結婚する気ないんで」

「つれないわねえ。私のどこが不満なのよ!」


瀬戸さんは怒ったふりをして、大盛りカレーを一気にかき込む。

仕事と同じく彼女の食べっぷりは、パワフルかつ貪欲かつエネルギッシュだ。俺はその辺り、純粋に感心している。

彼女とコンビを組んだ時、その仕事量に圧倒されっぱなしだった。



「ああ、美味しかった。緑署の大盛りカレーはいつ食べても最高ね」


まさか、大盛りカレーを食べに来たのではあるまい。来署のわけを尋ねると、聞き込みのついでに寄っただけだという。


「被疑者の関係者宅が、この近くなのよ。女性警官を所望されたのでね」

「ああ、なるほど」


時々、男の刑事を怖がる人がいる。そういった女性や子ども相手の場合、女性警察官が聞き込むほうが成果が上がるのだ。


「ところで、あなたの仕事は順調? 忙しそうだけど」

「ええ、まあ。いろんな事件がありますよ」

「へえ、例えばどんな?」


瀬戸刑事の目がぎらりと光る。輝きのエネルギー源は、仕事に対する情熱だ。


「いくら瀬戸さんでも、捜査中の案件をぺらぺら話せません」

「何言ってるのよ。私とあなたの仲じゃない!」


豪快な女刑事は声もデカい。周囲の視線をまったく気にしない性格は、困り者だ。

しかし、と、俺は考える。

この人なら、いいアドバイスがもらえるかもしれない。


「今、気になってるのは……先日、城田町のアパートで起きた飛び降りです」

「ああ、ベランダから転落したっていう」


さすが、所轄の細かな案件までよく知っている。


「最初は自殺だと判断されたんですが、どうも不自然な点があると水野さんが指摘して、調べることにしました。俺は補助についてるんです」

「水野さんが? それは興味深いわね」


空になった皿を脇によけ、ぐっと身を乗り出す。丁寧な仕事で定評のあるベテラン刑事を、彼女も尊敬していた。

俺は時計を確かめてから、鳥宮の転落死について概要を話す。そして、疑問に思うところを述べた。


「ふうん、なるほど、なるほど」


瀬戸さんは相槌を打ちながら耳を傾けている。一瞬、閃いた顔になるが、気のせいかというように首を振った。

敏腕刑事らしい切り口を期待したのだが……


「もう一度、周辺を聞き込むことね。鳥宮の行動について、新たな情報を拾えるかもしれない。それが判断材料になるわ」

「水野さんも同じことを言って、聞き込みに出ています」


本当は俺も、早く手伝いに行きたいのだ。のんびり昼飯を食ってる場合じゃない。


「やっぱりね。それならもう、解決したも同然でしょ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

私の優しいお父さん

有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。 少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。 昔、私に何があったんだろう。 お母さんは、どうしちゃったんだろう。 お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。 いつか、思い出す日が来るのかな。 思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...