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正義の使者〈1〉
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食堂を覗くと、彼女が大きく手を振った。明るすぎる笑顔と、テーブルに置かれた大盛りのカレーライスが、彼女のアイデンティティーを表している。
「おーい、こっちこっち。早く来なさいよ、東松!」
戸口で突っ立っている俺に、食事中の署員が一斉に注目してきた。
刑事部屋の同僚が俺と彼女を見比べ、面白そうにクスクス笑っている。
どんな反応をすればいいのかわからず俺は困惑するが、絶対に顔や態度には出さない。余計、面白がられるからだ。
とりあえずカウンターでカツ定食を注文し、彼女の待つ窓際のテーブルに運んだ。
「お待たせしました」
「うわあ、相変わらずコワモテねえ。かっわいい~!」
なんでコワモテがかわいいんだ。この人こそ、相変わらずわけが分からない。
向かいに座り、正面から目を合わせた。
整った顔立ち。雪のように白い肌と艶やかな黒髪が魅力の正統派美人だ。おまけにスタイルがよく、ブランドスーツを着こなす彼女は、どこにいても目立つ存在である。
目立つのが嫌いな俺としては、あまりご一緒したくない相手だが、目上の人間なので逆らうことができない。何より彼女は強引なのだ。
「元気そうね、東松くん。でも、図体のわりに小食すぎない?」
「瀬戸さんが食べすぎなんですよ」
彼女の大盛りカレーを見やった。若い男でも苦戦する、食堂の特別メニューである。
「これくらい食べなきゃ、夜まで持たないのよ。私の激務、知ってるでしょ」
「刑事は皆、激務です」
「げっ、口答えした。憎ったらしいやつ!」
楽しそうに笑う彼女、瀬戸沙雪は県警本部刑事部捜査第一課に所属する女性警察官である。年齢は、俺より五つ年上の三十三歳。階級は警部補。
以前、緑署に設置された捜査本部でコンビを組んで以来、何かと絡んでくる。例えば今日のように、所轄に来ると必ず俺を呼び出すのだ。
「ねえねえ、最近どうしてた? 彼女できた?」
「そんな暇ありません」
「ええー、そうなんだ。いい男なのに、もったいなーい」
「……」
このとおりノリは軽いが、仕事の上で尊敬するところが多いので、多少のからかいや悪目立ちは我慢している。それに、良き相談相手でもあるから。
「だったらさ、前から言ってるけど、私と結婚すればいいじゃない? 寮を出て、広い一戸建てに住みましょうよ」
どこからどこまでが本気なのか……いや、考えるまでもないか。
俺は心でため息をつき、いつものように切り返す。
「遠慮させていただきます。俺はまだ、結婚する気ないんで」
「つれないわねえ。私のどこが不満なのよ!」
瀬戸さんは怒ったふりをして、大盛りカレーを一気にかき込む。
仕事と同じく彼女の食べっぷりは、パワフルかつ貪欲かつエネルギッシュだ。俺はその辺り、純粋に感心している。
彼女とコンビを組んだ時、その仕事量に圧倒されっぱなしだった。
「ああ、美味しかった。緑署の大盛りカレーはいつ食べても最高ね」
まさか、大盛りカレーを食べに来たのではあるまい。来署のわけを尋ねると、聞き込みのついでに寄っただけだという。
「被疑者の関係者宅が、この近くなのよ。女性警官を所望されたのでね」
「ああ、なるほど」
時々、男の刑事を怖がる人がいる。そういった女性や子ども相手の場合、女性警察官が聞き込むほうが成果が上がるのだ。
「ところで、あなたの仕事は順調? 忙しそうだけど」
「ええ、まあ。いろんな事件がありますよ」
「へえ、例えばどんな?」
瀬戸刑事の目がぎらりと光る。輝きのエネルギー源は、仕事に対する情熱だ。
「いくら瀬戸さんでも、捜査中の案件をぺらぺら話せません」
「何言ってるのよ。私とあなたの仲じゃない!」
豪快な女刑事は声もデカい。周囲の視線をまったく気にしない性格は、困り者だ。
しかし、と、俺は考える。
この人なら、いいアドバイスがもらえるかもしれない。
「今、気になってるのは……先日、城田町のアパートで起きた飛び降りです」
「ああ、ベランダから転落したっていう」
さすが、所轄の細かな案件までよく知っている。
「最初は自殺だと判断されたんですが、どうも不自然な点があると水野さんが指摘して、調べることにしました。俺は補助についてるんです」
「水野さんが? それは興味深いわね」
空になった皿を脇によけ、ぐっと身を乗り出す。丁寧な仕事で定評のあるベテラン刑事を、彼女も尊敬していた。
俺は時計を確かめてから、鳥宮の転落死について概要を話す。そして、疑問に思うところを述べた。
「ふうん、なるほど、なるほど」
瀬戸さんは相槌を打ちながら耳を傾けている。一瞬、閃いた顔になるが、気のせいかというように首を振った。
敏腕刑事らしい切り口を期待したのだが……
「もう一度、周辺を聞き込むことね。鳥宮の行動について、新たな情報を拾えるかもしれない。それが判断材料になるわ」
「水野さんも同じことを言って、聞き込みに出ています」
本当は俺も、早く手伝いに行きたいのだ。のんびり昼飯を食ってる場合じゃない。
「やっぱりね。それならもう、解決したも同然でしょ」
「おーい、こっちこっち。早く来なさいよ、東松!」
戸口で突っ立っている俺に、食事中の署員が一斉に注目してきた。
刑事部屋の同僚が俺と彼女を見比べ、面白そうにクスクス笑っている。
どんな反応をすればいいのかわからず俺は困惑するが、絶対に顔や態度には出さない。余計、面白がられるからだ。
とりあえずカウンターでカツ定食を注文し、彼女の待つ窓際のテーブルに運んだ。
「お待たせしました」
「うわあ、相変わらずコワモテねえ。かっわいい~!」
なんでコワモテがかわいいんだ。この人こそ、相変わらずわけが分からない。
向かいに座り、正面から目を合わせた。
整った顔立ち。雪のように白い肌と艶やかな黒髪が魅力の正統派美人だ。おまけにスタイルがよく、ブランドスーツを着こなす彼女は、どこにいても目立つ存在である。
目立つのが嫌いな俺としては、あまりご一緒したくない相手だが、目上の人間なので逆らうことができない。何より彼女は強引なのだ。
「元気そうね、東松くん。でも、図体のわりに小食すぎない?」
「瀬戸さんが食べすぎなんですよ」
彼女の大盛りカレーを見やった。若い男でも苦戦する、食堂の特別メニューである。
「これくらい食べなきゃ、夜まで持たないのよ。私の激務、知ってるでしょ」
「刑事は皆、激務です」
「げっ、口答えした。憎ったらしいやつ!」
楽しそうに笑う彼女、瀬戸沙雪は県警本部刑事部捜査第一課に所属する女性警察官である。年齢は、俺より五つ年上の三十三歳。階級は警部補。
以前、緑署に設置された捜査本部でコンビを組んで以来、何かと絡んでくる。例えば今日のように、所轄に来ると必ず俺を呼び出すのだ。
「ねえねえ、最近どうしてた? 彼女できた?」
「そんな暇ありません」
「ええー、そうなんだ。いい男なのに、もったいなーい」
「……」
このとおりノリは軽いが、仕事の上で尊敬するところが多いので、多少のからかいや悪目立ちは我慢している。それに、良き相談相手でもあるから。
「だったらさ、前から言ってるけど、私と結婚すればいいじゃない? 寮を出て、広い一戸建てに住みましょうよ」
どこからどこまでが本気なのか……いや、考えるまでもないか。
俺は心でため息をつき、いつものように切り返す。
「遠慮させていただきます。俺はまだ、結婚する気ないんで」
「つれないわねえ。私のどこが不満なのよ!」
瀬戸さんは怒ったふりをして、大盛りカレーを一気にかき込む。
仕事と同じく彼女の食べっぷりは、パワフルかつ貪欲かつエネルギッシュだ。俺はその辺り、純粋に感心している。
彼女とコンビを組んだ時、その仕事量に圧倒されっぱなしだった。
「ああ、美味しかった。緑署の大盛りカレーはいつ食べても最高ね」
まさか、大盛りカレーを食べに来たのではあるまい。来署のわけを尋ねると、聞き込みのついでに寄っただけだという。
「被疑者の関係者宅が、この近くなのよ。女性警官を所望されたのでね」
「ああ、なるほど」
時々、男の刑事を怖がる人がいる。そういった女性や子ども相手の場合、女性警察官が聞き込むほうが成果が上がるのだ。
「ところで、あなたの仕事は順調? 忙しそうだけど」
「ええ、まあ。いろんな事件がありますよ」
「へえ、例えばどんな?」
瀬戸刑事の目がぎらりと光る。輝きのエネルギー源は、仕事に対する情熱だ。
「いくら瀬戸さんでも、捜査中の案件をぺらぺら話せません」
「何言ってるのよ。私とあなたの仲じゃない!」
豪快な女刑事は声もデカい。周囲の視線をまったく気にしない性格は、困り者だ。
しかし、と、俺は考える。
この人なら、いいアドバイスがもらえるかもしれない。
「今、気になってるのは……先日、城田町のアパートで起きた飛び降りです」
「ああ、ベランダから転落したっていう」
さすが、所轄の細かな案件までよく知っている。
「最初は自殺だと判断されたんですが、どうも不自然な点があると水野さんが指摘して、調べることにしました。俺は補助についてるんです」
「水野さんが? それは興味深いわね」
空になった皿を脇によけ、ぐっと身を乗り出す。丁寧な仕事で定評のあるベテラン刑事を、彼女も尊敬していた。
俺は時計を確かめてから、鳥宮の転落死について概要を話す。そして、疑問に思うところを述べた。
「ふうん、なるほど、なるほど」
瀬戸さんは相槌を打ちながら耳を傾けている。一瞬、閃いた顔になるが、気のせいかというように首を振った。
敏腕刑事らしい切り口を期待したのだが……
「もう一度、周辺を聞き込むことね。鳥宮の行動について、新たな情報を拾えるかもしれない。それが判断材料になるわ」
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