恋の記録

藤谷 郁

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悪夢

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コーヒーを注文したあと、挨拶を交わした。


「こんばんは。本社コンプライアンス部の星崎です。三月まで本店にいらっしゃった一条さんですね。異動して早々、大変な思いをされたこと、ご同情申し上げます」


星崎さんが心のこもる声で私を労う。隣の横井さんは神妙な様子だ。


「通報に素早く対応してくださり、ありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


堅苦しい口調は緊張のせいだ。いよいよ告発の始まりである。

店員がコーヒーを運んできた。各々、気持ちを落ち着かせるように、一口ずつ飲んでから本題に入る。


「それでは、古池店長のコンプライアンス違反について、聞き取りをいたします。一条さん、できるだけ詳細かつ正確に、お話しください」

「はい」


星崎さんはボイスレコーダーをオンにして、調査用紙の上にペンを構えた。






「なるほど。想像以上に狡猾な人物ですね」


私が話し終えると、星崎さんは深いため息をついた。


「この、不倫の現場写真と、電話の録音データを提供された山賀さんという方は、アルバイトさんですか」

「はい。彼女が協力してくれました。古池店長と土屋さんの不倫を裏付ける証拠として」


星崎さんは感心の顔になる。


「ありがたいですね。こういった具体的な証拠は、実態を明らかにしてくれます。もし裁判にでもなれば、強力な武器になるでしょう」


古池店長が処分に不服を申し立てた場合、裁判に発展する可能性がある。二つのデータは不貞行為を証明すると同時に、コンプライアンス違反の証拠品としても有効だ。

会社としては、そこまで揉めたくはないだろうが。


「そうだ、一条さん。古池店長が土屋さんの前に不倫していたという、相手の女性が判明しましたよ」

「えっ、本当ですか」


横井さんが手帳をめくりながら、報告する。


「はい。人事に問い合わせたのですが、本町駅店に勤務した女性社員のうち、当てはまる人がいました。名前は青山芳子さん。異動命令を辞退して退職し、今はご結婚されて他県にお住みだそうです」

「結婚されたのですか」


意外に思う私に、星崎さんが答える。


「そうなんです。私が連絡を取った際、古池店長との関係を認められました。しかし、もう過去のことなので、そっとしておいてくださいと。半年後に赤ちゃんが生まれるそうで、家庭を守りたい感じでしたね」


赤ちゃんと聞いて、土屋さんを思い出す。


「その、青山さんは古池店長のこと、恨んでいないのでしょうか。不倫の末、店を追い出されたのに、黙って身を引くなんて」

「罪悪感があったからでしょう。彼女自身、古池店長の奥さんを裏切っていたのだから」


店長は、その負い目を利用した。他言しないと分かっているから、不倫相手を簡単に捨てるのだ。

でも……と、私は考える。

土屋さんは、負けず嫌いだ。大人しく引き下がるタイプではない。配置転換のことを知れば、逆上するのではないか。

お腹に赤ちゃんがいるとなれば、なおさらだ。辞令を突っぱね、今の職場にしがみつくかもしれない。

妊娠についても、彼女は店長に「産むな」と言われて取り乱した。つまり産む意思がある。もしかしたら、店長の家庭を壊してでも……

やはり、ただでは済まいだろう。


「今朝、土屋さんから電話がありました。有給休暇を使って、しばらく休むと言うのですが、何を考えているのか……」


私の不安を察してか、横井さんと星崎さんが深く頷く。


「とにかく、処分については早急に検討するので、それまでは一条さんに見張り役をお願いするわ。大変だけど、もうしばらく堪えてください」


星崎さんに頼まれ、私は副店長という立場の重さを痛感するのだった。



聞き取り調査を終えて店を出ると、外は雨が降っていた。道行く人が傘を差し、家路を急いでいる。

星崎さんと横井さんは車で来ていたので、私だけが浜中駅の構内へ入った。


「そうだ、智哉さんに電話しなくちゃ」


智哉さんが本町駅まで迎えに来てくれると言った。雨なのに悪いなあと思うが、遠慮すると余計に心配するので、電車の到着時刻を連絡するためにスマートフォンを取り出す。


「あ、こっちは仕事用だった……ん?」


仕事用のスマートフォンに一件のメール着信がある。マナーモードにしておいたので、気付かなかったのだ。

タップして発信者を確認した私は、はっとする。土屋さんからだ。


「着信は四十分前か。どうしたのかしら」


何となく嫌な予感がする。でも無視するわけにいかないので、タップしてメールを開いた。


《 土屋です お話があります 21時にメゾン城田の公園にきてください 》


「えっ……」


メゾン城田の公園というのは、たぶん、アパートの前にある小さな公園のことだ。なぜ、そんなところに呼び出しを?

しかもこんな夜になってから。

時計を見ると、今は午後九時二十分。雨がたくさん降っている。

土屋さんは身重だ。まさか、まだ待っているのではと心配になり、電話をかけた。

呼び出し音が聞こえるが、留守電に切り替わってしまう。もう一度かけてみるが、結果は同じだった。
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