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悪夢
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雨がすごくて、折り畳み傘が役に立たない。
たった数分走っただけなのに、髪も服もずぶ濡れだ。下ろしたてのパンプスも泥がはねて汚れてしまった。
(これで土屋さんがいなかったら、馬鹿みたいだわ)
でも、いないほうが良い。妊婦が雨に濡れて、体調を崩したら大変だ。
公園の前まで来た。人の気配がない。ただでさえ外灯が暗いのに、雨のせいでますます見通しが悪く、中の様子が分からない。
「土屋さん!」
とりあえず、大きな声で呼んでみた。
声が雨の音にかき消されたのか、それとも土屋さんがそこにいないのか。返事がない。
仕方なく、公園の中に足を進めた。キイキイと微かに聞こえるのは、風に揺れるブランコの音だろうか。風にあおられる木々のシルエットが、お化けのようだ。
一回りして、誰もいないのを確かめたら、すぐに出よう。こんな不気味なところ、いつまでもいたくない。
「どうせ土屋さんも、いないよね」
まったく、迷惑な話だ。彼女の気まぐれに馬鹿正直に付き合う私も、どうかしている。智哉さんに叱られるかもしれない。
「ん?」
滑り台の前で、何か動いた気がする。私は足を止めて、目を凝らした。
「あれは……傘?」
暗さに目が慣れてきた。ぼんやりとした外灯のもとに、丸いシルエットが浮かび上がる。間違いなく、あの形は傘である。
「落とし物かしら」
ゆっくりと近付いて、もう一度足を止める。
思わず目をみはった。
「えっ、どうして……これって……」
ピンク地に黒のストライプ。ほっそりとしたデザイン。バンドにブランド名が刺繍されている。
コンビニで盗まれた、私の傘?
「どうしてこんなところに。あ……」
山賀さんの言葉を思い出す。土屋さんが、更衣室に置いてある私の傘をじっと見ていたと。
――可愛いブランド傘だから、欲しくなったのでは……
土屋さんがコンビニで私の傘を盗んだ。そして、ここに置いた?
「まさか。だって、もしそうなら、駅前のコンビニまで私のあとをつけてきたことになるわ。どうしてそんなことを……」
しかし、この場所に私を呼び出したのは土屋さんだ。さっきまでここにいて、傘を置いていったの? 何のために。行動の理由がまったく分からず、辻褄が合わない。
もしかして、嫌がらせだろうか。古池店長の次のターゲットが私だから?
「冗談じゃない……」
むしょうに腹が立ってきた。本当に馬鹿みたいだ。あんな子に振り回されて、こんなずぶ濡れになって、私は何をやっているのだろう。
「もう、帰ろう。智哉さんが心配してるわ」
さっきからたびたび、バッグの中で着信音が鳴っている。智哉さんの言うことは正しかった。彼に従うべきだったのだ。
傘を拾い、公園の入り口に戻ろうとした。
「……?」
滑り台の下に、棒きれが落ちている――ように見えた。
きれいに並んだ、二本の棒きれ――
「えっ……」
それが人間の脚だと気付いて、私は息が止まりそうになる。
靴を履いている。女物のサンダルだ。
手から力が抜けて、拾った傘も、折り畳み傘も、地面に落ちた。
「まさか……そんな、土屋さん!?」
私はバッグを投げ捨て、うつ伏せに倒れている女性に飛びつく。肩を掴み、強く揺すぶった。
「土屋さん、土屋さん!」
反応がない。完全に意識を失っているのだ。だらりとした体は重く、私は思いきり力をこめてひっくり返した。
「しっかりして。今、救急車を呼ぶから……」
外灯の、頼りない明かりでも、視認できた。
白い顔。二つに結んだ長い髪。この人は間違いなく土屋さん。だけど、こんな土屋さんを私は知らない。
「あ……土屋さん……どう、して……」
大きな目が、飛び出さんばかりに開いている。黒い筋が目尻を伝い、流れていた。
彼女の頭を支える私の右手が、雨とは違う感触で濡れる。この液体が何であるのか、震えながら理解した。
「土屋さん、どうして……どうして?」
私はそっと、彼女の体を地面に寝かせる。何がどうしてこうなったのか、全然分からない。右手を開いて、外灯の明かりで確かめてみる。赤黒く光る液体は、彼女の後頭部から漏れ出したものだ。
土屋さんは、死んでいる――
悲鳴を上げて、その場から逃げ出しそうになった。現実とは思えない、こんなできごとを、受け止めきれずに。
だけど、なけなしの理性を総動員させて、どうするべきか考えた。
「誰か……そうだ、人を呼ばなきゃ……」
アパートに目をやり、すぐに向き直る。そうではない。救急車、いや、警察に電話するのだ。
さっき放り投げたバッグを拾い、スマートフォンを取り出す。がたがたと震える手で持ち、血に染まる指先で110番をタップする。
「もしもし、人が死んでいます。血だらけで……早く来てください!!」
滑り台の陰で仰向けに倒れる土屋さんの、泥だらけのスカートと、もう動かない脚を見ながら、通報した。
頬を流れるのが雨なのか、涙なのか、分からなかった。
たった数分走っただけなのに、髪も服もずぶ濡れだ。下ろしたてのパンプスも泥がはねて汚れてしまった。
(これで土屋さんがいなかったら、馬鹿みたいだわ)
でも、いないほうが良い。妊婦が雨に濡れて、体調を崩したら大変だ。
公園の前まで来た。人の気配がない。ただでさえ外灯が暗いのに、雨のせいでますます見通しが悪く、中の様子が分からない。
「土屋さん!」
とりあえず、大きな声で呼んでみた。
声が雨の音にかき消されたのか、それとも土屋さんがそこにいないのか。返事がない。
仕方なく、公園の中に足を進めた。キイキイと微かに聞こえるのは、風に揺れるブランコの音だろうか。風にあおられる木々のシルエットが、お化けのようだ。
一回りして、誰もいないのを確かめたら、すぐに出よう。こんな不気味なところ、いつまでもいたくない。
「どうせ土屋さんも、いないよね」
まったく、迷惑な話だ。彼女の気まぐれに馬鹿正直に付き合う私も、どうかしている。智哉さんに叱られるかもしれない。
「ん?」
滑り台の前で、何か動いた気がする。私は足を止めて、目を凝らした。
「あれは……傘?」
暗さに目が慣れてきた。ぼんやりとした外灯のもとに、丸いシルエットが浮かび上がる。間違いなく、あの形は傘である。
「落とし物かしら」
ゆっくりと近付いて、もう一度足を止める。
思わず目をみはった。
「えっ、どうして……これって……」
ピンク地に黒のストライプ。ほっそりとしたデザイン。バンドにブランド名が刺繍されている。
コンビニで盗まれた、私の傘?
「どうしてこんなところに。あ……」
山賀さんの言葉を思い出す。土屋さんが、更衣室に置いてある私の傘をじっと見ていたと。
――可愛いブランド傘だから、欲しくなったのでは……
土屋さんがコンビニで私の傘を盗んだ。そして、ここに置いた?
「まさか。だって、もしそうなら、駅前のコンビニまで私のあとをつけてきたことになるわ。どうしてそんなことを……」
しかし、この場所に私を呼び出したのは土屋さんだ。さっきまでここにいて、傘を置いていったの? 何のために。行動の理由がまったく分からず、辻褄が合わない。
もしかして、嫌がらせだろうか。古池店長の次のターゲットが私だから?
「冗談じゃない……」
むしょうに腹が立ってきた。本当に馬鹿みたいだ。あんな子に振り回されて、こんなずぶ濡れになって、私は何をやっているのだろう。
「もう、帰ろう。智哉さんが心配してるわ」
さっきからたびたび、バッグの中で着信音が鳴っている。智哉さんの言うことは正しかった。彼に従うべきだったのだ。
傘を拾い、公園の入り口に戻ろうとした。
「……?」
滑り台の下に、棒きれが落ちている――ように見えた。
きれいに並んだ、二本の棒きれ――
「えっ……」
それが人間の脚だと気付いて、私は息が止まりそうになる。
靴を履いている。女物のサンダルだ。
手から力が抜けて、拾った傘も、折り畳み傘も、地面に落ちた。
「まさか……そんな、土屋さん!?」
私はバッグを投げ捨て、うつ伏せに倒れている女性に飛びつく。肩を掴み、強く揺すぶった。
「土屋さん、土屋さん!」
反応がない。完全に意識を失っているのだ。だらりとした体は重く、私は思いきり力をこめてひっくり返した。
「しっかりして。今、救急車を呼ぶから……」
外灯の、頼りない明かりでも、視認できた。
白い顔。二つに結んだ長い髪。この人は間違いなく土屋さん。だけど、こんな土屋さんを私は知らない。
「あ……土屋さん……どう、して……」
大きな目が、飛び出さんばかりに開いている。黒い筋が目尻を伝い、流れていた。
彼女の頭を支える私の右手が、雨とは違う感触で濡れる。この液体が何であるのか、震えながら理解した。
「土屋さん、どうして……どうして?」
私はそっと、彼女の体を地面に寝かせる。何がどうしてこうなったのか、全然分からない。右手を開いて、外灯の明かりで確かめてみる。赤黒く光る液体は、彼女の後頭部から漏れ出したものだ。
土屋さんは、死んでいる――
悲鳴を上げて、その場から逃げ出しそうになった。現実とは思えない、こんなできごとを、受け止めきれずに。
だけど、なけなしの理性を総動員させて、どうするべきか考えた。
「誰か……そうだ、人を呼ばなきゃ……」
アパートに目をやり、すぐに向き直る。そうではない。救急車、いや、警察に電話するのだ。
さっき放り投げたバッグを拾い、スマートフォンを取り出す。がたがたと震える手で持ち、血に染まる指先で110番をタップする。
「もしもし、人が死んでいます。血だらけで……早く来てください!!」
滑り台の陰で仰向けに倒れる土屋さんの、泥だらけのスカートと、もう動かない脚を見ながら、通報した。
頬を流れるのが雨なのか、涙なのか、分からなかった。
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