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無償の愛
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「少しは落ち着いたと思ったら、捜査が進展しないのに何を取材してるんでしょうね……ていうか、水樹さんは事件に関係ないですよね!?」
山賀さんの言葉に、はっとする。
もしかしたら智哉さんは、喫茶店内に記者がいるのに気づき、私に山賀さんを付き添わせたのかもしれない。
取材を受けるとしたら、副店長である私だから。
柱の陰から智哉さんと記者の様子を見守っていると、やがて記者が渋々という感じで立ち去った。
智哉さんは彼らが見えなくなるのを確認したあと、こちらに歩いてくる。
「智哉さん、今のは」
「ああ、週刊誌の記者だ。駅ビルの通用口に張り付いて、ハルのあとをつけてきたらしい。君が一人になるのを狙っていたよ」
「ええっ?」
通用口から喫茶店の中までずっと? まったく気が付かなかった。
「僕もしばらくは気づけなかった。彼らが用心して、離れた席に座っていたからね。でも、そのぶんこちらの声が届かず、話を聞かれなかったのは幸いだ」
私は山賀さんと顔を見合わせ、青くなる。さっきまで私たちは、店長と土屋さんについて会話していた。
不倫とか証拠とか……週刊誌の格好のネタである。
「古池と土屋の不倫関係を、職場のスタッフは誰も知らなかった。そうだね?」
智哉さんが私に確認した。
「ええ。知っていたのは山賀さんと、エリアマネージャーの横井さんと本部の星崎さん。あとは、コンプライアンス部門と情報共有する幹部だけです」
冬月書店本町駅店のスタッフは、店長と土屋さんの不倫関係を知らなかった。事件が起きて初めて、彼らが深い関係であると悟ったのだ。
「ハル。君もマスコミには、何も知らなかったと言い続けるんだ」
「えっ……」
「さっきの記者に、僕はハルの身内だと言っておいた。ハルはこちらに異動したばかりで何も知らない。あの日も、他に相談相手のいない土屋に突然呼び出されて、たまたま第一発見者になっただけ。不倫とは一切関係ない。遺体を見つけて、ただでさえショックを受けているのに追い回すのはやめてくれ。これ以上つきまとうなら考えがあるぞ……と、脅してやったよ」
智哉さんは記者が立ち去った方向を睨み、憎々しげに言う。
「それで、記者の人たちは納得してくれましたか」
山賀さんの問いに、彼は睫毛を伏せた。
「いや、あれしきで引っ込むようじゃ素人だ。そのうちまた現れるだろうな」
とりあえず記者を遠ざけてくれたのだ。それだけでも、私にはありがたかった。
「でも心配はいらない。そのときは僕が何とかする」
智哉さんは私を見て、にこりと笑う。頼もしい笑顔だった。
「それでは、私はここで失礼します」
山賀さんはぺこりと頭を下げて、私と智哉さんに挨拶した。彼女はこれから電車に乗って帰宅する。
「遅い時間だから気を付けてね」
「大丈夫です。事件が起きてから母がすごく心配するようになって、毎日駅まで迎えに来るんです」
「そうなんだ」
山賀さんの自宅は、土屋さんが殺された現場と同じ城田町にある。容疑者の店長が逃亡中だし、母親が心配するのも無理はない。
「車で迎えに来てくれるの?」
「はい。家は近くなんですが、今日みたいな雨の日は助かりま……あっ!」
山賀さんは言いかけて、ぽんと手を叩いた。
「水樹さん。一条さんが傘を忘れたそうですよ」
「傘?」
智哉さんが私を見て、面白そうに笑う。
「忘れん坊だな、ハルは」
「う、うん」
以前、電車の中に傘を忘れたのを彼は知っている。私は言いわけもできず、頷くほかない。
「しょうがない。僕の傘に入れてやるよ」
「……ありがとう」
やはり相合傘で帰ることになった。
山賀さんがにんまりとするが、どこかうらやましそうにも見える。私は気づかないふりで、改札へと向かう彼女に手を振った。
「さて、僕らも帰ろう。遅くなってしまったな」
「うん」
智哉さんは折り畳み傘を開いて持つと、片方の手で私の肩を抱いた。ビジネスバッグは斜め掛けにして、外側へ出す。
「智哉さん、バッグが濡れてしまうわ」
「構わない」
私が雨に濡れないよう、ぎゅっと抱き寄せた。密着した体勢に、思わずときめいてしまう。
「どうかした?」
「う、ううん、別に」
歩道に出て歩き始めると、急に体温が上がった。
彼の熱を感じる。汗ばむ素肌が何だか恥ずかしい。変なことを考えそうになり何となくうつむいてしまう私を、智哉さんが覗き込んだ。
「傘を忘れたのは、もしかして作戦かな」
「ええっ?」
こんな体勢で、耳元で囁くなんて反則だ。しかも雑念を見透かされたみたいで、頬が熱くなる。
「ち、違います。本当にうっかりしてたの」
思わずむきになると、彼はますます強く私を抱き寄せた。すれ違う人の目も気にせず、涼しげに微笑んでいる。
この人には敵わない。
私はされるがまま、彼のリードで大人しく歩いた。
山賀さんの言葉に、はっとする。
もしかしたら智哉さんは、喫茶店内に記者がいるのに気づき、私に山賀さんを付き添わせたのかもしれない。
取材を受けるとしたら、副店長である私だから。
柱の陰から智哉さんと記者の様子を見守っていると、やがて記者が渋々という感じで立ち去った。
智哉さんは彼らが見えなくなるのを確認したあと、こちらに歩いてくる。
「智哉さん、今のは」
「ああ、週刊誌の記者だ。駅ビルの通用口に張り付いて、ハルのあとをつけてきたらしい。君が一人になるのを狙っていたよ」
「ええっ?」
通用口から喫茶店の中までずっと? まったく気が付かなかった。
「僕もしばらくは気づけなかった。彼らが用心して、離れた席に座っていたからね。でも、そのぶんこちらの声が届かず、話を聞かれなかったのは幸いだ」
私は山賀さんと顔を見合わせ、青くなる。さっきまで私たちは、店長と土屋さんについて会話していた。
不倫とか証拠とか……週刊誌の格好のネタである。
「古池と土屋の不倫関係を、職場のスタッフは誰も知らなかった。そうだね?」
智哉さんが私に確認した。
「ええ。知っていたのは山賀さんと、エリアマネージャーの横井さんと本部の星崎さん。あとは、コンプライアンス部門と情報共有する幹部だけです」
冬月書店本町駅店のスタッフは、店長と土屋さんの不倫関係を知らなかった。事件が起きて初めて、彼らが深い関係であると悟ったのだ。
「ハル。君もマスコミには、何も知らなかったと言い続けるんだ」
「えっ……」
「さっきの記者に、僕はハルの身内だと言っておいた。ハルはこちらに異動したばかりで何も知らない。あの日も、他に相談相手のいない土屋に突然呼び出されて、たまたま第一発見者になっただけ。不倫とは一切関係ない。遺体を見つけて、ただでさえショックを受けているのに追い回すのはやめてくれ。これ以上つきまとうなら考えがあるぞ……と、脅してやったよ」
智哉さんは記者が立ち去った方向を睨み、憎々しげに言う。
「それで、記者の人たちは納得してくれましたか」
山賀さんの問いに、彼は睫毛を伏せた。
「いや、あれしきで引っ込むようじゃ素人だ。そのうちまた現れるだろうな」
とりあえず記者を遠ざけてくれたのだ。それだけでも、私にはありがたかった。
「でも心配はいらない。そのときは僕が何とかする」
智哉さんは私を見て、にこりと笑う。頼もしい笑顔だった。
「それでは、私はここで失礼します」
山賀さんはぺこりと頭を下げて、私と智哉さんに挨拶した。彼女はこれから電車に乗って帰宅する。
「遅い時間だから気を付けてね」
「大丈夫です。事件が起きてから母がすごく心配するようになって、毎日駅まで迎えに来るんです」
「そうなんだ」
山賀さんの自宅は、土屋さんが殺された現場と同じ城田町にある。容疑者の店長が逃亡中だし、母親が心配するのも無理はない。
「車で迎えに来てくれるの?」
「はい。家は近くなんですが、今日みたいな雨の日は助かりま……あっ!」
山賀さんは言いかけて、ぽんと手を叩いた。
「水樹さん。一条さんが傘を忘れたそうですよ」
「傘?」
智哉さんが私を見て、面白そうに笑う。
「忘れん坊だな、ハルは」
「う、うん」
以前、電車の中に傘を忘れたのを彼は知っている。私は言いわけもできず、頷くほかない。
「しょうがない。僕の傘に入れてやるよ」
「……ありがとう」
やはり相合傘で帰ることになった。
山賀さんがにんまりとするが、どこかうらやましそうにも見える。私は気づかないふりで、改札へと向かう彼女に手を振った。
「さて、僕らも帰ろう。遅くなってしまったな」
「うん」
智哉さんは折り畳み傘を開いて持つと、片方の手で私の肩を抱いた。ビジネスバッグは斜め掛けにして、外側へ出す。
「智哉さん、バッグが濡れてしまうわ」
「構わない」
私が雨に濡れないよう、ぎゅっと抱き寄せた。密着した体勢に、思わずときめいてしまう。
「どうかした?」
「う、ううん、別に」
歩道に出て歩き始めると、急に体温が上がった。
彼の熱を感じる。汗ばむ素肌が何だか恥ずかしい。変なことを考えそうになり何となくうつむいてしまう私を、智哉さんが覗き込んだ。
「傘を忘れたのは、もしかして作戦かな」
「ええっ?」
こんな体勢で、耳元で囁くなんて反則だ。しかも雑念を見透かされたみたいで、頬が熱くなる。
「ち、違います。本当にうっかりしてたの」
思わずむきになると、彼はますます強く私を抱き寄せた。すれ違う人の目も気にせず、涼しげに微笑んでいる。
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