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無償の愛
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マンションの部屋に入ると、智哉さんが私をバスルームに誘った。
早くお風呂に入りたかったし、久しぶりに密着したことで体が昂っている。私は素直に頷き、熱いシャワーと彼の愛情を浴びた。
「寝酒をどうぞ」
リビングのソファで身体を休める私に、智哉さんが湯呑みを持たせた。中身は甘酒である。
「疲れがとれるよ」
「ありがとう。いい香り……」
一口飲むと、自然な甘味が体じゅうに広がる。事件の夜以来、こんな風にリラックスしたことがない。
(智哉さんに抱かれたのも、久しぶり)
隣にゆったりと座る彼の胸に、身体を預けた。ここが私の、最高に安心できる場所だ。
「君に相談もせず山賀さんに協力を求めたこと、悪かった。スマートフォンを勝手に操作したのも謝るよ」
「ええっ?」
智哉さんがばつが悪そうにするのを見て、私は首を横に振った。
「どうして謝るの? 私のためにやってくれたのに」
「そうだけど、君以外の女性と秘密を共有するのは、後ろめたい気持ちだった。もちろん僕にとって彼女は、ただの協力者だけどね」
「あ……」
この人は、山賀さんの感情を知っている。私がそれに気づいたことも。その上で、彼女はただの協力者だと伝えたいのだ。
「そんなの全然、気にしてないよ? スマートフォンだって、あなたに見られても構わないし」
「そうなのか?」
「うん。山賀さんに口止めしたのは、私の負担にならないよう気を遣ってくれたんだよね。私を守るために」
「ハル……」
ぎゅっと抱きしめられた。髪を撫でる仕草が、いつにも増して優しい。
「僕はどんなときも、君のことを心配してる。今回も、とんでもない事件に巻き込まれて傷ついてるんじゃないかと……」
「そんな……確かに土屋さんのことはショックだったけど、そのおかげで智哉さんの愛情を感じられたし、絆が深まったと思うの。変な言い方だけど、事件があったからこそ分かることができた」
「そうか」
智哉さんは身体をそっと離して、私の目を覗いた。
「店長が捕まって事件にけりがついたら、今後のことを具体的に進めよう。ずっと後回しになってるからね」
「ええ」
結婚のことだ。
プロポーズを受けたものの、いろいろなことがありすぎて停滞している。私も、早く話を進めたかった。
「僕たちは自由だ。今度こそ必ず……」
智哉さんがはっとした顔になり、唇を結んだ。
「どうしたの?」
「いや……」
私がじっと見つめると、もう一度抱きしめる。しばらくそのままでいたが、やがて明るい声で言った。
「これまでいろんなじゃまが入ったが、今度こそ大丈夫だってこと。店長も土屋もいない。誰にもじゃまされず、幸せになろうな」
「うん」
いろんなことがあったけど、私が自由になれたのは智哉さんのおかげだ。私のために尽力してくれた。いつもそばにいて、励ましてくれた。
智哉さんと結婚して、新しい生活を始める。考えただけで胸が弾む。
「まずは、君のご両親に挨拶しなければ」
「あっ。そういえば、この前母から電話がかかってきました」
土屋さんが殺された事件はニュースやワイドショーで取り上げられ、全国放送された。母はテレビを見て、びっくりして連絡してきたのだ。
「加害者も被害者も私の職場の人間。しかも事件現場はアパート近くの公園だから、腰を抜かしそうになったって」
「それはそうだろう。ハルから連絡しなかったのか」
「頭が回らなくて。どうして連絡しないのって、お説教されちゃった」
舌を出す私に、智哉さんが呆れ顔になる。
「説教してもらえるだけありがたいよ。それで、近況報告はできたのか?」
「ええ。最近あったことを全部報告した。鳥宮さんのこと、職場でのこと、今度の事件について。それから、智哉さんのことも」
結婚を約束した人と同居中だと聞いて、母は驚いた。だけど、落ち着いたら一緒に挨拶に行くと言うと、手放しの喜びようだった。
「そうか。良かった」
智哉さんはほっとした様子になる。私の両親のことを気にしていたらしい。
「あなたのことをもっと早く親に話すべきだったよね。ごめんなさい」
「いいよ。ハルも大変な状況なんだから。しかし、お母さんは心配しただろうな」
「そうなの。心配して、こっちに来るとか言いだすから断ったくらい。末っ子のせいか、いつまでも子ども扱いされます」
膨れてみせる私に、智哉さんは笑みを浮かべる。
「母親なら当然だよ。山賀さんのお母さんも、心配して駅まで迎えに来ると言ってただろ?」
「あ……そういえば」
「母の愛は、無償の愛。いつだって子どものことを心配してる。母親というのはそういうものだ」
智哉さんは遠くを見るようにして、低くつぶやく。
「そういうものだ……本来はね」
なぜだか、とても寂しそうな声に聞こえた。
智哉さんの胸にもたれ、彼が前に言ったことを思い出す。
――昔、災難に巻き込まれて……両親も家も、もう存在しない。
――兄弟もいない。僕は、独りなんだ。
智哉さんは過去について具体的なことを話さない。故郷や家族、どんな子ども時代を過ごしたのか。
――僕の母親とは、大違いだ。
私に無用な心配をさせないためだと思う。
でも聞いてみたい。だけど無理に聞き出すのは酷な気がした。私の想像では、きっと悲しい過去に違いないから。
「そろそろ寝たほうがいい。明日の午前中は緑署で聴取だろ?」
「あっ、ホントだ。ありがとう智哉さん、忘れるところだった」
「忘れてもいいけどね。何の用事か知らないが、警察ってのは傲慢だ。いちいち呼び付けず、向こうから来るべきだろう」
智哉さんは警察を嫌っている。と言うより、東松さんのことが気に入らないのだ。彼が智哉さんのことをあれこれ聞いてくるのを、一応伝えてあるから。
「智哉さんはまだ起きてるの?」
「店のメールをチェックしてから寝る。すぐに終わるから、ハルは先におやすみ」
頬にキスをして、やわらかく微笑む。私は頷き、寝室に移動した。
(もうすぐ智哉さんと結婚できるのね。でも、それには……)
事件の解決が待たれる。早く店長が捕まりますようにと、願うばかりだった。
早くお風呂に入りたかったし、久しぶりに密着したことで体が昂っている。私は素直に頷き、熱いシャワーと彼の愛情を浴びた。
「寝酒をどうぞ」
リビングのソファで身体を休める私に、智哉さんが湯呑みを持たせた。中身は甘酒である。
「疲れがとれるよ」
「ありがとう。いい香り……」
一口飲むと、自然な甘味が体じゅうに広がる。事件の夜以来、こんな風にリラックスしたことがない。
(智哉さんに抱かれたのも、久しぶり)
隣にゆったりと座る彼の胸に、身体を預けた。ここが私の、最高に安心できる場所だ。
「君に相談もせず山賀さんに協力を求めたこと、悪かった。スマートフォンを勝手に操作したのも謝るよ」
「ええっ?」
智哉さんがばつが悪そうにするのを見て、私は首を横に振った。
「どうして謝るの? 私のためにやってくれたのに」
「そうだけど、君以外の女性と秘密を共有するのは、後ろめたい気持ちだった。もちろん僕にとって彼女は、ただの協力者だけどね」
「あ……」
この人は、山賀さんの感情を知っている。私がそれに気づいたことも。その上で、彼女はただの協力者だと伝えたいのだ。
「そんなの全然、気にしてないよ? スマートフォンだって、あなたに見られても構わないし」
「そうなのか?」
「うん。山賀さんに口止めしたのは、私の負担にならないよう気を遣ってくれたんだよね。私を守るために」
「ハル……」
ぎゅっと抱きしめられた。髪を撫でる仕草が、いつにも増して優しい。
「僕はどんなときも、君のことを心配してる。今回も、とんでもない事件に巻き込まれて傷ついてるんじゃないかと……」
「そんな……確かに土屋さんのことはショックだったけど、そのおかげで智哉さんの愛情を感じられたし、絆が深まったと思うの。変な言い方だけど、事件があったからこそ分かることができた」
「そうか」
智哉さんは身体をそっと離して、私の目を覗いた。
「店長が捕まって事件にけりがついたら、今後のことを具体的に進めよう。ずっと後回しになってるからね」
「ええ」
結婚のことだ。
プロポーズを受けたものの、いろいろなことがありすぎて停滞している。私も、早く話を進めたかった。
「僕たちは自由だ。今度こそ必ず……」
智哉さんがはっとした顔になり、唇を結んだ。
「どうしたの?」
「いや……」
私がじっと見つめると、もう一度抱きしめる。しばらくそのままでいたが、やがて明るい声で言った。
「これまでいろんなじゃまが入ったが、今度こそ大丈夫だってこと。店長も土屋もいない。誰にもじゃまされず、幸せになろうな」
「うん」
いろんなことがあったけど、私が自由になれたのは智哉さんのおかげだ。私のために尽力してくれた。いつもそばにいて、励ましてくれた。
智哉さんと結婚して、新しい生活を始める。考えただけで胸が弾む。
「まずは、君のご両親に挨拶しなければ」
「あっ。そういえば、この前母から電話がかかってきました」
土屋さんが殺された事件はニュースやワイドショーで取り上げられ、全国放送された。母はテレビを見て、びっくりして連絡してきたのだ。
「加害者も被害者も私の職場の人間。しかも事件現場はアパート近くの公園だから、腰を抜かしそうになったって」
「それはそうだろう。ハルから連絡しなかったのか」
「頭が回らなくて。どうして連絡しないのって、お説教されちゃった」
舌を出す私に、智哉さんが呆れ顔になる。
「説教してもらえるだけありがたいよ。それで、近況報告はできたのか?」
「ええ。最近あったことを全部報告した。鳥宮さんのこと、職場でのこと、今度の事件について。それから、智哉さんのことも」
結婚を約束した人と同居中だと聞いて、母は驚いた。だけど、落ち着いたら一緒に挨拶に行くと言うと、手放しの喜びようだった。
「そうか。良かった」
智哉さんはほっとした様子になる。私の両親のことを気にしていたらしい。
「あなたのことをもっと早く親に話すべきだったよね。ごめんなさい」
「いいよ。ハルも大変な状況なんだから。しかし、お母さんは心配しただろうな」
「そうなの。心配して、こっちに来るとか言いだすから断ったくらい。末っ子のせいか、いつまでも子ども扱いされます」
膨れてみせる私に、智哉さんは笑みを浮かべる。
「母親なら当然だよ。山賀さんのお母さんも、心配して駅まで迎えに来ると言ってただろ?」
「あ……そういえば」
「母の愛は、無償の愛。いつだって子どものことを心配してる。母親というのはそういうものだ」
智哉さんは遠くを見るようにして、低くつぶやく。
「そういうものだ……本来はね」
なぜだか、とても寂しそうな声に聞こえた。
智哉さんの胸にもたれ、彼が前に言ったことを思い出す。
――昔、災難に巻き込まれて……両親も家も、もう存在しない。
――兄弟もいない。僕は、独りなんだ。
智哉さんは過去について具体的なことを話さない。故郷や家族、どんな子ども時代を過ごしたのか。
――僕の母親とは、大違いだ。
私に無用な心配をさせないためだと思う。
でも聞いてみたい。だけど無理に聞き出すのは酷な気がした。私の想像では、きっと悲しい過去に違いないから。
「そろそろ寝たほうがいい。明日の午前中は緑署で聴取だろ?」
「あっ、ホントだ。ありがとう智哉さん、忘れるところだった」
「忘れてもいいけどね。何の用事か知らないが、警察ってのは傲慢だ。いちいち呼び付けず、向こうから来るべきだろう」
智哉さんは警察を嫌っている。と言うより、東松さんのことが気に入らないのだ。彼が智哉さんのことをあれこれ聞いてくるのを、一応伝えてあるから。
「智哉さんはまだ起きてるの?」
「店のメールをチェックしてから寝る。すぐに終わるから、ハルは先におやすみ」
頬にキスをして、やわらかく微笑む。私は頷き、寝室に移動した。
(もうすぐ智哉さんと結婚できるのね。でも、それには……)
事件の解決が待たれる。早く店長が捕まりますようにと、願うばかりだった。
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