恋の記録

藤谷 郁

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身代わり

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「お待たせしてすみません。本日の聴取は無事に終了です。ご協力をありがとうございました」


瀬戸さんが車から降りて、智哉さんに挨拶する。東松さんも横に並び、軽く会釈した。


「どういたしまして。お忙しい中、お疲れ様です」


智哉さんの顔つきが変わった。いつもどおりのきりっとした態度で彼らに向き合う。


「速報を見ました。ようやく捕まったみたいですね」


店長のことである。皮肉っぽい口調に瀬戸さんは反応せず、冷静に返した。


「おかげさまで、土屋真帆の事件は解決できそうです」

「良かったな、ハル。これで僕らも安心して暮らせる」

「う、うん」


微笑む彼に、ぎこちなく笑みを返す。自然には振る舞えなかった。


「それであの、水樹さん。少しお時間をいただきたいのですが」

「ちょっと待ってください」


智哉さんが周りをうかがってからエントランスを指差す。


「話をするなら中に入りましょう。ここは声が響いて、近所迷惑になる」

「あ、はい。分かりました」


智哉さんはたぶんマスコミを警戒している。事件の関係者である私を守るための気配りだ。

瀬戸さんたちも察したようで、素直に従った。



エントランスに入り、奥のフリースペースに移動した。椅子とテーブルが置かれたラウンジ風の部屋は、ちょっとした会合に使われたりする。今は誰もおらず、ガラスの自動ドアが閉まると、シンとなった。

皆、立ったままで向き合う。


「それで、ご用件は? 遅い時間なので手短にお願いします」


智哉さんが私の手を取り、そっと引き寄せる。彼の手のひらは冷たく、皮膚は乾いていた。

私たちが寄り添う形になるのを見て、瀬戸さんが少し焦った感じで切り出す。


「水樹さん。古池を逮捕しても調査は続きます。一条さんには引き続きご協力をお願いするのですが、あなたにも確認したいことがあります」

「なんでしょう」


瀬戸さんが合図をくれる。山賀さんについて、この場で訊いてくれという催促だ。

もちろん私もそのつもりだった。でも、いざとなると口ごもってしまう。少し時間がほしい。二人きりで話してはだめなんだろうか。

頭が混乱してきた。

手のひらが汗ばむのを、智哉さんは感じ取っただろう。強く握りしめられた。


「ハル。山賀さんの容体は?」

「えっ!?」


いきなりの質問に驚き、あからさまに動揺した。まさか彼のほうから切り込んでくるとは思わず、大げさに反応してしまった。


「病院に行ったんだろ。どうだった?」

「あ、あの……」

(やっぱり智哉さんは、自分が何をしたのか分かってるんだ。でも……)


この落ち着いた態度。さっきみたいに私の表情を探ろうともせず、視線を瀬戸さんに向けたまま身じろぎもしない。

引きしまった横顔は自信にあふれていた。


「や、山賀さんは……助かるって。まだ意識が戻らないけど、回復の見込みがあると、聞きました」


声が震えてしまう。智哉さんの感情が読み取れず、どうしてか胸がどきどきして、苦しい。


「それは良かった」


良かったように見えない。

瀬戸さんも東松さんも表情を変えず彼と対峙している。


「あなたがたの言いたいことはよく分かります。どうやら山賀さんは、古池絡みで事件に巻き込まれた。僕がハルの身代わりを頼んだばかりに……そうですよね?」


店長逮捕の速報から、山賀さんの事件、そして加害者との関わりを察したのだろう。だけど違和感がある。罪悪感といったものがまったく伝わってこない。

山賀さんがあんなことになったのに、まるで他人事のように語っている。


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