恋の記録

藤谷 郁

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身代わり

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「お疲れさんです」


地下駐車場に行くと、車の前で東松さんが待機していた。どこか緊張した顔に見える。


「東松さんが送ってくださるんですか?」


被疑者の取調べで忙しいのではと心配したが、「ちょっと抜けるぐらい構いませんよ」と笑った。そして、


「やっぱり、しゃんとしてますね」

「えっ?」


東松さんがほっとしたように私を見つめる。どうやら、今夜のあれこれにダメージを受けたであろう私を気遣ってくれたらしい。遠慮のない物言いは、いつもどおりだけど。


「もちろん平気です。図太いですからね」

「ふっ」


皮肉を返しても動じない。私たちのやり取りに呆れたのか、瀬戸さんは何も言わずに車のドアを開けた。


「私もご自宅まで付添います。どうぞ、一条さん」

「すみません、お忙しいのに。ありがとうございます」


瀬戸さんとともに後部席に座ると、東松さんが運転席に乗り込みながら話しかけてきた。


「そういえば先ほど病院から連絡があって、山賀さんの容態が少し安定してきたそうです」

「本当ですか!?」


目の前がパッと明るくなった。瀬戸さんも身を乗り出して確認する。


「助かるってこと?」

「はい。再検査の結果を詳しく見たところ、出血が予測より少なく浮腫も軽度だそうです。搬送が早かったので的確に処置できたとか。なんにせよ、朝を待たずに持ち直したんで医者も驚いてましたよ」

「そうなの。だったら意識も早く戻りそうね。良かったわね、一条さん!」


良かった。本当に良かった。

嬉し涙を拭う私を、瀬戸さんが抱き寄せた。


「もう心配ないわ。山賀さんのことは我々に任せて、あなたは水樹さんに疑問をぶつけて」

「……はいっ」


真実を話してもらいなさい。瀬戸さんはそう言っている。もちろん私もそのつもりだ。

悪いのは店長と共犯の女だが、智哉さんが意図的に山賀さんを危険に晒したのなら許されない。

いくら私のためでも、そんなやり方、もう絶対にやめてほしい。


「山賀さんが話せるようになったら、一条さんにも連絡します」

「ありがとう、東松さん。お願いします」


マンションが近づいてくる。事件のあった歩道橋も。

私は落ち着かない気持ちでフロントガラスを見やった。


「あれっ?」


マンションの車寄せに人影があった。エントランスの明かりを背に、ぽつんと立っている。


(こんな夜中に誰だろう)


東松さんが車を進めると、ヘッドライトがその姿を照らした。


「あっ、智哉さん?」


瀬戸さんが弾けたように私から離れ、前方に目を凝らす。


「水樹さん……お待ちかねだったようね」

「どうしてこんなところに」


部屋着ではなく、出かける格好だ。もしかして、遅くなった私を迎えに来るつもりだったのか。

まぶしそうに手をかざす姿が、サーチライトを浴びたように光って見えた。


「東松、車を寄せたらエンジンを止めて」

「話しますか」

「もちろん、遅くなったお詫びをするわ」


刑事二人が短くやり取りして、あとは黙る。車が玄関前に停まると、私はすぐに降りて智哉さんに駆け寄った。


「智哉さん!」

「お帰り、ハル。遅いから心配したよ」

「ごめんなさい。電話すればよかったよね」


智哉さんは微笑むが、顔色があまりよくない。そして、私の表情を探るように見下ろしている。

たぶん、山賀さんのことだ。

自分が何をしたのか、この人は分かっている。

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