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春菜の願い
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智哉さんの生い立ち――なんとなく、予想していた。おそらく、若月さんが私に会いたいと申し出た一番の理由である。
私が頷くのを見て、若月さんはホットケーキを黙々と食べ、コーヒーを飲み切った。そして、紙ナプキンで口元を拭ってから、きちんと姿勢を正す。
「智哉くんの実家が岐阜にあったことはご存知ですね?」
「はい。前に、少しだけ聞きました。ご両親は、もういないと」
彼は親も兄弟もいないと言った。孤独な身の上と思い、詳しいことは彼が話してくれるまで、待つつもりだった。
「分かりました。ではまず、智哉くんのご両親について話します」
若月さんはスマートフォンを操作して、画面をこちらに見せる。
「これは……」
「智哉くんが小さい頃の写真です。一緒に写っているのは、彼のご両親です」
アルバムに貼られた写真を、スマホで撮影したものだ。『WAKATSUKI』と看板が掲げられた店の前で、三人とも笑顔で写っている。父親に抱っこされた智哉さんは、2歳くらいだろうか。キリッとした眉に面影があった。
「美形のご両親でしょう?」
「はい、本当に」
智哉さんはお父さんに似ている。母親も美形だが、かなり派手なタイプだ。
(この女性が、彼のお母さん……)
私は、智哉さんの日記を読んで、母親像をイメージしていた。そのとおりの容姿と雰囲気だった。
「ここは、名古屋ですね」
「はい。智哉くんは幼い頃、名古屋に住んでいました。ご両親とともに」
若月さんは順番に話してくれた。
「お父さんは水樹伸哉さんといって、ウチの店と契約する靴メーカーの営業マンでした。僕の母親とは高校の同級生だったこともあり、昔から親しくしていたようです。実はこの写真、僕の母が撮ったものなんですよ」
「そうなんですか。若月さんと智哉さんが親しいのは、お母様のご縁なのですね」
「ええ。でも、智哉くんはまだ小さかったし、数年後に再会したときは、僕のことを覚えていませんでした」
どういう意味だろう。目で問う私に、若月さんが少し悲しそうに続けた。
「伸哉さんは、智哉くんが5歳のときに病気で亡くなりました。それから間もなく、母親の沙智子さんは、智哉くんを連れて岐阜の実家に帰ってしまったんです。彼女は都会暮らしを望んだのですが、貯金もなく、伸哉さんの死亡保険金も浪費してしまうような人です。子どもを連れて生きていけないだろうと、実家の母親が呼び寄せたんですね」
「えっ、智哉さんのお父さんは、病気で亡くなったのですか?」
「はい。実の父親は病死です」
「……?」
実の父親? では、災難に巻き込まれたというのは? 深い事情が垣間見えた気がして、緊張を覚えた。
「そんなわけで、智哉くんは5歳のときに祖母が一人暮らしをする家に、母親とともに移り住みました。そこは、岐阜県中濃地方にある山間の町。いや、村と言ったほうがいいかな。イノシシとか猿とか、野生動物とたびたび遭遇するような、自然豊かな土地だそうです。田舎ですが、子どもにはいい環境なので、智哉くんはのびのびと生活できたでしょうね。母親はパートに出るなどして、まじめに働いていましたし。でも、平穏な日々は長く続きませんでした。智哉くんが小学校に上がって間もなく、祖母が突然倒れて、亡くなってしまったのです」
母親と子どもの二人暮らしがスタートした。と、そこで若月さんは、智哉さんの母親…‥沙智子という女性について語り始める。
「沙智子さんは美人で、気が強くて、男性にとてもモテた。そのぶん遊びなれてますから、享楽的なところがあったようです。伸哉さんはイケメンだけど地味なタイプなので、そんなところに惹かれたのではないかと、母が言っていました。そもそも二人の出会いは、バーの女のコと客という関係からで、伸哉さんが夢中になって求婚したとかなんとか。まあ、それはともかく、そんな沙智子さんが子育てしながら真面目に働いていたのは、祖母の存在があったからこそ。本当は、田舎暮らしも、地味なパートも、まっぴらだったんでしょう。うるさいお目付役がいなくなったとたん、さっさとパートをやめて、町のスナックに勤め始めた。祖母が孫のためにと遺した貯金も、自分を着飾るために使うなど、好きなことを始めたわけです」
若月さんの話を聞きながら、嫌な予感でいっぱいになる。母親の性格は、智哉さんが嫌悪するタイプそのものだ。そして彼の日記には、母親への憎しみが深く刻まれていた。
私が頷くのを見て、若月さんはホットケーキを黙々と食べ、コーヒーを飲み切った。そして、紙ナプキンで口元を拭ってから、きちんと姿勢を正す。
「智哉くんの実家が岐阜にあったことはご存知ですね?」
「はい。前に、少しだけ聞きました。ご両親は、もういないと」
彼は親も兄弟もいないと言った。孤独な身の上と思い、詳しいことは彼が話してくれるまで、待つつもりだった。
「分かりました。ではまず、智哉くんのご両親について話します」
若月さんはスマートフォンを操作して、画面をこちらに見せる。
「これは……」
「智哉くんが小さい頃の写真です。一緒に写っているのは、彼のご両親です」
アルバムに貼られた写真を、スマホで撮影したものだ。『WAKATSUKI』と看板が掲げられた店の前で、三人とも笑顔で写っている。父親に抱っこされた智哉さんは、2歳くらいだろうか。キリッとした眉に面影があった。
「美形のご両親でしょう?」
「はい、本当に」
智哉さんはお父さんに似ている。母親も美形だが、かなり派手なタイプだ。
(この女性が、彼のお母さん……)
私は、智哉さんの日記を読んで、母親像をイメージしていた。そのとおりの容姿と雰囲気だった。
「ここは、名古屋ですね」
「はい。智哉くんは幼い頃、名古屋に住んでいました。ご両親とともに」
若月さんは順番に話してくれた。
「お父さんは水樹伸哉さんといって、ウチの店と契約する靴メーカーの営業マンでした。僕の母親とは高校の同級生だったこともあり、昔から親しくしていたようです。実はこの写真、僕の母が撮ったものなんですよ」
「そうなんですか。若月さんと智哉さんが親しいのは、お母様のご縁なのですね」
「ええ。でも、智哉くんはまだ小さかったし、数年後に再会したときは、僕のことを覚えていませんでした」
どういう意味だろう。目で問う私に、若月さんが少し悲しそうに続けた。
「伸哉さんは、智哉くんが5歳のときに病気で亡くなりました。それから間もなく、母親の沙智子さんは、智哉くんを連れて岐阜の実家に帰ってしまったんです。彼女は都会暮らしを望んだのですが、貯金もなく、伸哉さんの死亡保険金も浪費してしまうような人です。子どもを連れて生きていけないだろうと、実家の母親が呼び寄せたんですね」
「えっ、智哉さんのお父さんは、病気で亡くなったのですか?」
「はい。実の父親は病死です」
「……?」
実の父親? では、災難に巻き込まれたというのは? 深い事情が垣間見えた気がして、緊張を覚えた。
「そんなわけで、智哉くんは5歳のときに祖母が一人暮らしをする家に、母親とともに移り住みました。そこは、岐阜県中濃地方にある山間の町。いや、村と言ったほうがいいかな。イノシシとか猿とか、野生動物とたびたび遭遇するような、自然豊かな土地だそうです。田舎ですが、子どもにはいい環境なので、智哉くんはのびのびと生活できたでしょうね。母親はパートに出るなどして、まじめに働いていましたし。でも、平穏な日々は長く続きませんでした。智哉くんが小学校に上がって間もなく、祖母が突然倒れて、亡くなってしまったのです」
母親と子どもの二人暮らしがスタートした。と、そこで若月さんは、智哉さんの母親…‥沙智子という女性について語り始める。
「沙智子さんは美人で、気が強くて、男性にとてもモテた。そのぶん遊びなれてますから、享楽的なところがあったようです。伸哉さんはイケメンだけど地味なタイプなので、そんなところに惹かれたのではないかと、母が言っていました。そもそも二人の出会いは、バーの女のコと客という関係からで、伸哉さんが夢中になって求婚したとかなんとか。まあ、それはともかく、そんな沙智子さんが子育てしながら真面目に働いていたのは、祖母の存在があったからこそ。本当は、田舎暮らしも、地味なパートも、まっぴらだったんでしょう。うるさいお目付役がいなくなったとたん、さっさとパートをやめて、町のスナックに勤め始めた。祖母が孫のためにと遺した貯金も、自分を着飾るために使うなど、好きなことを始めたわけです」
若月さんの話を聞きながら、嫌な予感でいっぱいになる。母親の性格は、智哉さんが嫌悪するタイプそのものだ。そして彼の日記には、母親への憎しみが深く刻まれていた。
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