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目玉焼き【2】
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陽一は黙って耳を傾け、冬美の言いたいことをすべて理解すると笑いだした。
「そうなんですか。だからさっき、高級食材の店で買い物をしようと……」
彼の楽しそうな様子に冬美はあ然とし、だが真剣な告白をはぐらかされた気がして抗議する。
「課長、真面目に答えてください」
「ああ、すみません。笑っちゃいけませんね」
まだ可笑しそうだが、陽一は冬美にまっすぐ体を向けた。
「僕は確かに美味しい食べ物が好きです。でもそれは、高級食材とは限らないし、特にグルメと言うわけでもない」
「えっ、でも……デートのときは」
「デートで『いいレストラン』を選んだのは、冬美さんが好まれると思ってのことです」
「私?」
照れたようにうなずく陽一。
もしかして、すべて誤解だったのだろうか。うろたえる冬美に、彼は理由を話した。
「下田のホテルで、冬美さんと食事しましたよね」
「はい。金目鯛の煮つけをご馳走になりました」
忘れもしない、あの日。二人の大切な思い出だ。
「冬美さんはあのとき、料理を美味しそうに食べながら言いました」
――いいなあ。私、こういうところでご飯を食べることって、めったにないんです。最高ですよね。
そんなことを私が?
冬美は懸命に思い出そうとするが、記憶になかった。
「僕のほうは冬美さんが喜ぶと思って、あのレストランを基準にしてデート先を選んだわけです。あと、伊勢エビとかあわびとか、海の幸を味わってもらいたくて」
「……つまり、私と課長はお互いに」
「グルメだと思い込んでいたようですね」
なんてことだろう。
開けてみれば、単純な行き違いだった。
だけど冬美は感激した。あの日の、たったあれだけの言葉をこの人は覚えていて、デートに反映させたのである。
「ありがとうございます、課長。そんなに思ってくれてたなんて、感激です!」
「こちらこそ。でも、僕らはまだまだですね」
結婚生活は始まったばかり。
一緒に暮らすのだから、お互いのことをもっと知らなければ。
だけど、こんなに嬉しい課題があるだろうか。
「でもさすがに、半額弁当は引きますよね。あと、100円の食パンとか?」
冬美がもじもじすると、課長が即座に「いいえ」と否定する。
「半額だろうが、食べて満足できれば御の字です。それに、100円のパンなど驚くに値しません」
「へっ?」
意外な返事を聞き、変な声が出た。
「も、もっとリーズナブルな食パンがあるんですか?」
「世の中、広いですよ。リーズナブルといえば、この値段でこの美味しさ? といったような、一度食べたらやめられない商品も存在する」
「へええ~」
一体、どこのスーパーで売っているのだろう。瞳をきらきらさせる冬美に、陽一が胸を張った。
「僕は独身生活が長いからね、冬美さんが思う以上にいろんな経験をしています。どんな食材も調理しだいでご馳走になるものだから、まあ、任せてください」
陽一は企画課リーダー。家庭でもその手腕を発揮しそうだ。
「じゃあ、例えば……朝食メニューはパンと目玉焼きとコーヒーですよね。どんな感じに調理するんですか?」
「そうですねえ。僕は時々、あれを使います」
陽一はキッチンに行くと、荷ほどきをしていない段ボール箱から新聞紙の包みを取り出し、持ってきた。
「なんですか?」
「以前、キャンプ場開発を企画した際、メーカーが記念にくれたんだけど」
新聞紙から現れたのはスキレット。アウトドアでよく利用される、鋳物のフライパンだ。
「鉄製ですね。わ、小さいのに重い」
「僕の愛用品です。これで調理すると、単なる目玉焼きも違う味になる」
「本当に? フライパンみたいに使えばいいんですか?」
前のめりの冬美に、陽一はにこりと微笑む。
「明日の朝、実演させていただきますよ」
「そうなんですか。だからさっき、高級食材の店で買い物をしようと……」
彼の楽しそうな様子に冬美はあ然とし、だが真剣な告白をはぐらかされた気がして抗議する。
「課長、真面目に答えてください」
「ああ、すみません。笑っちゃいけませんね」
まだ可笑しそうだが、陽一は冬美にまっすぐ体を向けた。
「僕は確かに美味しい食べ物が好きです。でもそれは、高級食材とは限らないし、特にグルメと言うわけでもない」
「えっ、でも……デートのときは」
「デートで『いいレストラン』を選んだのは、冬美さんが好まれると思ってのことです」
「私?」
照れたようにうなずく陽一。
もしかして、すべて誤解だったのだろうか。うろたえる冬美に、彼は理由を話した。
「下田のホテルで、冬美さんと食事しましたよね」
「はい。金目鯛の煮つけをご馳走になりました」
忘れもしない、あの日。二人の大切な思い出だ。
「冬美さんはあのとき、料理を美味しそうに食べながら言いました」
――いいなあ。私、こういうところでご飯を食べることって、めったにないんです。最高ですよね。
そんなことを私が?
冬美は懸命に思い出そうとするが、記憶になかった。
「僕のほうは冬美さんが喜ぶと思って、あのレストランを基準にしてデート先を選んだわけです。あと、伊勢エビとかあわびとか、海の幸を味わってもらいたくて」
「……つまり、私と課長はお互いに」
「グルメだと思い込んでいたようですね」
なんてことだろう。
開けてみれば、単純な行き違いだった。
だけど冬美は感激した。あの日の、たったあれだけの言葉をこの人は覚えていて、デートに反映させたのである。
「ありがとうございます、課長。そんなに思ってくれてたなんて、感激です!」
「こちらこそ。でも、僕らはまだまだですね」
結婚生活は始まったばかり。
一緒に暮らすのだから、お互いのことをもっと知らなければ。
だけど、こんなに嬉しい課題があるだろうか。
「でもさすがに、半額弁当は引きますよね。あと、100円の食パンとか?」
冬美がもじもじすると、課長が即座に「いいえ」と否定する。
「半額だろうが、食べて満足できれば御の字です。それに、100円のパンなど驚くに値しません」
「へっ?」
意外な返事を聞き、変な声が出た。
「も、もっとリーズナブルな食パンがあるんですか?」
「世の中、広いですよ。リーズナブルといえば、この値段でこの美味しさ? といったような、一度食べたらやめられない商品も存在する」
「へええ~」
一体、どこのスーパーで売っているのだろう。瞳をきらきらさせる冬美に、陽一が胸を張った。
「僕は独身生活が長いからね、冬美さんが思う以上にいろんな経験をしています。どんな食材も調理しだいでご馳走になるものだから、まあ、任せてください」
陽一は企画課リーダー。家庭でもその手腕を発揮しそうだ。
「じゃあ、例えば……朝食メニューはパンと目玉焼きとコーヒーですよね。どんな感じに調理するんですか?」
「そうですねえ。僕は時々、あれを使います」
陽一はキッチンに行くと、荷ほどきをしていない段ボール箱から新聞紙の包みを取り出し、持ってきた。
「なんですか?」
「以前、キャンプ場開発を企画した際、メーカーが記念にくれたんだけど」
新聞紙から現れたのはスキレット。アウトドアでよく利用される、鋳物のフライパンだ。
「鉄製ですね。わ、小さいのに重い」
「僕の愛用品です。これで調理すると、単なる目玉焼きも違う味になる」
「本当に? フライパンみたいに使えばいいんですか?」
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「明日の朝、実演させていただきますよ」
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