死にかけ令嬢の逆転

ぽんぽこ狸

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 ジャレッドは父とともに、来訪したロットフォード公爵と跡取り息子でありウィンディの婚約者であったアレクシスに対応するために応接室で待機していた。
 
 彼らはとても重要なメンリル伯爵家のビジネスパートナーだ。なにか粗相あってはいけないので愚鈍な父の代わりに細心の注意を払っていた。

 しかし到着し次第、アレクシスもロットフォード公爵もとても苛立たしげな様子で父に対して詰め寄った。

 そもそも、この来訪もウィンディを追い出して、運よくあのでくの坊をベルガー辺境伯家に高値で売りつけてやったという報告をした途端、突然決まったものだった。

「あの忌々しい女辺境伯にウィンディをくれてやったとはどういうことだ!」

 ロットフォード公爵は興奮した様子で、父につかみかからんばかりの勢いでそう言い放った。

「は……え? いや、ですから手紙でお伝えした通り、結婚を前提にあの子をもらい受けたいと打診があったのです、ロ、ロットフォード公爵閣下っ」
「そんなことは報告で知っている! そうではなく、何故あの娘をメンリル伯爵家において置かなかった!」
「父様っ」
「少し落ち着いてくださいっ」

 詰め寄っていうロットフォード公爵に、ジャレッドとアレクシスは二人で止めに入りお互いの父を引き離しにかかる。

 父はジャレッドの後ろにすぐに隠れるように移動していったが、ロットフォード公爵はそうはいかずに今度はジャレッドに続けて言った。

「婚約を破棄して一度戻すことにしたといっただろう! それをどうしてあんな売国奴に……! あれは愚図で出来損ないの娘だが、それなりに利用価値があった、よもやそんなことも理解できないような節穴だったとは……見損なったぞ、メンリル伯爵」
「とりあえず座りましょう。父様、それに伯爵も、話はそれからで」
「は、はぁ……そうは言われましても……なぁ、ジャレッド、お前もあの子を追い出すのは賛成だっただろ?」

 アレクシスはそのまま、また口論になられては困るとばかりに、一度座るように促し、やっと話し合いの場は整う。

 それでも気が治まらないらしいロットフォード公爵は苛立たし気に、話を振られたジャレッドに低い声で言った。

「伯爵子息、お前もあの娘を追い出すのに加担したといったな。はぁ、忌々しい、これではメンリル伯爵家が没落するのも近しいな!」

 その言葉にジャレッドは猛烈にカチンときたが、流石に相手は公爵だ。その気持ちを押し殺して、引き攣った笑みを浮かべて言った。

「いや、そもそもあんなすねかじりしか能のない病人なんて置いている方が、馬鹿を見るだけ……だと俺は思いますが」
「何も分かっとらん。もういい、帰るぞアレクシス。下らん! こいつらと話をしたところで何も解決せん。時間の無駄だ」
「しかし、父様、彼らの方から、ウィンディを返すようにと話を通せば━━━━」
「無駄だ無駄だ。なんの策もなしにベルガー辺境伯家の契約に乗ったのだろう。であれば意味などない」
「……たしかに、ベルガー辺境伯家は面倒な相手だ……まったく俺も君には期待してたんだがとんだ見当違いだったな。あの女の使い道に気がつかないとは、君らはむしろあの死にかけよりもずっと無価値だ」

 ……は? 俺たちがウィンディより劣ってるだと?

 アレクシスは、軽蔑するような目線を向けて、すでに立ち上がって言いたいことだけ言って、去っていこうとしているロットフォード公爵の後ろをついていく。

 その背後に、つかみかかって納得のいく説明をしてみろよと言いたかったが、貴族社会とは厳しいもので、彼らにつかみかかればジャレッドが罪に問われてしまう。

 謂れのない暴言を吐かれようとも、同じ立場で仕返しをすることすらできないのだ。

 あの病人と違って、まっとうに生きているジャレッドがこんな目に遭うなんて不平等だろう。苦虫をかみつぶしたような顔をして彼らが去っていくのをジャレッドは見送ったのだった。


「公爵閣下がとてもお怒りなって帰っていったようだけど何があったの?」

 夕食の席で妹のミリアムがそうジャレッドに問いかける。父ではなくジャレッドに聞いたのは、父がいつもはっきりとせずに要領を得ない事ばかりを言うからだ。

「それが、聞けよ。ミリアム、クソ腹立たしい事に、ロットフォード公爵家はウィンディを追い出したことに、不満があるらしい」

 ジャレッドはむかむかする気持ちを吐き出すようにそう言って乱暴にパンをちぎって口に運ぶ。

 それに父も母も困ったわねと言うふうにおっとりとしているだけで、彼らは怒ってすらいない様子だった。

「え? なにそれ、じゃあロットフォードで死ぬまで面倒を見てくれたらよかったじゃない」
「ああ本当にな。俺たちにあの厄介者の面倒を一生みろってことかよ。あんなのが屋敷にいたら品格が疑われる」
「本当よ。私、そんなことになったら恥ずかしくてお友達を屋敷に呼べないもの」
「ああそうだろ! はぁ、そう正当に俺たちが主張しても、受け入れられないんだろうな。貴族として生きるってのは本当につらい。

 ただ、これも俺たちがあの病人と違って、普通の人として生きるための必要な我慢だ。あれはそういう苦労も知らないで養って貰おうなんて虫が良すぎる」
「そうよ、私が友達関係でどれだけ苦労してるかも知らないくせに。へこへこ惨めに謝ってればあの人は何もしなくていいんだから、本当に役得よね」

 ジャレッドは自分たちとウィンディの事を比べて誇らしい気持ちになった。

 たしかにこういうことは、理不尽で腹立たしく許せない事だと思うが、それもこれも普通に生きられる権利があるからこその果たすべき責務なのだと思う。

 それを背負いもせずに、あんな惨めな人間に与えてやる施しなどひとかけらもない。

 彼女自身はそれでもまだ、自分に権利があると思い込んでいる。

「ああそうだ、家族だからって俺たちが施しを与えてやる必要なんかない、むしろ思い知ってるだろ。ベルガー辺境伯家で病気の研究にでも使われてるに違いない」
「そうよ、少しでも病気の正体がわかれば社会の役に立つんだから解剖でもなんでも去れたらいいのよ」
「そのうちあいつの訃報が届くぞ。せめて社会に貢献したなら死体ぐらいはメンリル伯爵家の墓に入れてやってもいいな」
「えー、私はそれでも嫌よ。ねぇ、お父さまのとお母さまはどう思う?」

 料理を口に運びながら機嫌よくミリアムは父と母に問いかけた。

 すると彼らは、一度視線を交わし、それから困ったように笑っていった。

「そうね、もう死んだものと思って忘れてもいいんじゃない。どうせ長生きはしないだろうし」
「それより、ジャレッド、ロットフォード公爵閣下の怒りを収める方法を考えてくれよ。お前は頭がいいんだから」

 言われて、それもそうかと思う。

 彼からは、定期的にウィンディの仕事代として一定額をもらっていた。そしてウィンディが婚約破棄されるときには、彼らの生業にしている”商品”を分けてもらった。その商売でこの領地も潤っている。

 これからもそれを下ろしてもらえるという話だったから、屋敷のいたるところを新しくしたり、家族の生活もより豊かになってミリアムは新しいドレスを十着も買った。ジャレッドも欲しいと思っていた宝石をいくつか買っている。

 このままでは、来月の支払いまでに間に合わないなんてこともあるだろう。

 大人げなく怒り狂っていたロットフォード公爵には怒りを収めてもらって、ビジネスパートナーとしてうまく付き合っていきたい。

 そのためにはどうしたらいいかとジャレッドは考えて、贈り物をしたり謝罪の手紙を出したりした。
 
 しかしその後、メンリル伯爵家にロットフォード公爵家が連絡を取ることは一度もなく、”商品”を与えられることもなく、贅沢な生活の崩壊の足音は徐々に近づいてきているのだった。



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