たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸

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 健康に日々を暮らす秘訣という本を読んで、シェリルはすでに健康になったような気がしてきたが、そんなわけもないので早速実践しようと考え、その中でできそうなものを探す。

 内容としては、よく眠り、よく食べ、よく働く、それがなんだか長ったらしく書いてある本だったので、その中で今のシェリルがやっていないことを実践するときが来たのだろう。

 休日のため、同じ部屋で本を読んでいたクライドに声をかける。

「クライド、やっぱり私は、運動をした方がいいと思うのよ」

 ソファーに座っている彼は本から顔をあげて、少しキョトンとしていた。

「料理やダンスを練習して体力づくりをしているけれど、健康になるにはやっぱり本格的な運動をして筋肉をつけるのが一番で、そうして動き回ればよく食べられてよく眠れるようになるということらしいわ」

 そうすれば自然と体の体積が増えて彼の懸念も消えるだろうと思う。

 きちんと体を動かせば、体がそれに耐えられるように作り替わると解釈できるような記述もあった。

 説得力のあるものだったし、いい案だと思う。

「運動と言えばランニングかしら、騎士や魔法使いを目指しているわけでもないのにそんなことをしていたら笑われてしまうかもしれないけれど」
「……熱心に読んでいるかと思えば、そういう本だったのか」
「ええ、ほらここに」
「……」

 立ち上がってこちらに来たクライドは後ろから本を覗き込んで、シェリルの手元を見る。

 しかしそれからぱたんとその本を閉じた。

「……」
「……」
「まだ早かったかしら」
「……前向きなのはシェリルのいいところだと思うが、前向き過ぎるのも考えものだな。君はまだそういう健康な人がより健康になるための努力をする段階じゃない」
「段階があるのね」
「ああ、今は療養中、長いこと患っていた人が社会に出るときもいきなり激しい運動をする仕事に戻ったりはしないだろう」
「……それもそうね。でも少しでも早くあなたに心配をかけないような体になりたいから」

 シェリルは振り返って、少し見当違いの提案をしてしまったことを恥じながらも微笑んだ。

 その言葉を聞いて、クライドは相変わらずの不愛想な表情を変えずに逡巡してから返す。

「たしかにそれは嬉しいが、ある程度健康になっても心配はするし、四六時中そばにいて守りたい欲求はある」
「そうなの?」
「ああ、だから結局、酷く心配かある程度心配かだけの違いだ。君の体は君のペースで良くなったらいい」
「……それは、私を…………」

 彼の言葉に先日話した、お互いの気持ちについてのことを思い出す。

 しかし、自分を愛しているから? と聞くのは憚られてシェリルは少し黙ってから付け加えるように言った。

「大切以上に、想っているから?」
「ああ」
「そう、そうなのね」

 肯定した彼の眼はなんだか優しくて、シェリルはその言葉ならなんだか愛というものがまったくわからない未知の存在ではなくなるような気がした。

 大切だと親愛を抱く、それ以上の気持ちで、大切という気持ちをもっと強くしたものなのだろうなと思う。

 すると好奇心が湧いてきて、座ったまま彼の手を取って聞いてみた。

「どうして、愛していると心配になってしまうの?」
「…………考えたことがない」
「そうよね」

 彼は戸惑ったような、羞恥しているような、いろいろな感情が織り交ざった顔をして最終的にはそう返す。

 その返答にシェリルも自分は変なことを聞いてしまったなと苦笑を浮かべる。

 それ以上問いかけたところで、彼が恋愛のなにもかもを知っているわけではない。一番身近にいる人だからと言ってすべてを彼から知ろうとするのは安易な考えだろう。

 そう思った、しかしクライドは続けて言った。

「が、しかし、シェリルにもう会えなくなったり、君がいなくなることが恐ろしいからじゃないか?」
「恐ろしい?」
「そうだ。俺は君をどうしたって守りたいと日々思ってしまう気持ちがあるのに、君がどこにもいなくなってしまったら、立ち直ることができないほど打ちのめされてしまう。だから恐怖心からそう思うのかもしれない」

 きちんと考えて答えを出してくれた彼に、シェリルはとても嬉しくなって同時に、そんな気持ちなのかと実感はできないけれど理解はできた。

 いなくなることを恐れてしまうぐらいそばにいて欲しいと思うこと。そういうものが愛だというのなら、たしかにお互いに一人だけだと決めるのも納得がいく。

 そうでなければ多くの人は不安に狂って大変なことになってしまうだろうから。

 ……それに、もう立ち直れなくなってしまうかもしれないほどに、あなたの中で私を大切にしていて、それだけあなたに影響を与えられる近い位置に私を置いてくれているのね。
 
 人生を左右するほどにずっと近くにシェリルのことを置いていて、そこに他人を置くというのはきっととてもリスクのあることで、すこしでも不信感があればそういうことはできないだろう。

 だからこそ、その彼の愛情はとても純度の高いものでまっすぐな気持ちなのかもしれない。

「…………」
「少しクサいセリフだったか、忘れてくれ。ともかく君は今なにもしないことが最大の薬みたいなものじゃないか、だからできるなら素直にこうして俺とゆっくり過ごしていてほしい、そうだ。友人に勧められた流行の小説が━━━━」

 話題を変えて、気恥ずかしさを紛らわそうとしているクライドに、シェリルは立ちあがってそばによる。

 それからとてもあどけない笑みを浮かべて、心から思ったことを言った。

「嬉しい」
「っ……」
「そんなに思ってもらえて、とても嬉しいわ。クライド。ふふっ」
「それならいいんだ。それで、読むか? 小説」
「ええ、ご友人ってトバイアスさんよね? 小説を勧め合うような仲だったのね」
「あ、いや、それはなんというか……そんなところだ」

 そうしてシェリルとクライドは隣り合わせに座って、また静かに休日を過ごす。勧められた流行の冒険譚は面白く、二人の話は大いに盛り上がったのだった。


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