たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
17 / 54

17 訓練

しおりを挟む


「っ、う、ぐ、クソ、も、もう少し手加減をだなっ!」
「……手加減をしなければ相手にならないなら手合わせをする意味もないじゃないか」
「そ、れ、は、そうだがっ」

 クライドからの攻撃をギリギリのところでかわし、なんとか必死になって食らいついていたトバイアスだったが、彼は疲れからか足をもつれさせ、体勢を崩す。

「っ、参った!」

 なんとか剣を受け止めることはできたものの、そのまましりもちをつき、その後剣を離して両手をあげた。

 そんな彼にクライドも剣を下ろして、立ち上がるのを助けるために手を差し伸べた。

「ああ、ありがとう」
「……」
「それにしても相変わらず君は強いな。こうして手合わせをしてもらうだけで自分も強くなれそうな気がする」
「それだけで強くなるのならば、人間は苦労しないだろう。結局日々の積み重ねと努力が足りなければ、強者と戦ったところで意味などない」

 クライドの言ったセリフは一見辛辣な言葉に思えたが、トバイアスが日ごろの努力を怠っていないことを知っていたからこそ言った言葉だった。
  
 つまりは、コツを掴めばきっと彼も強くなると思っているだけである。

 しかしトバイアスはそんなことなど気がつかずに「精進するよ」と言って剣を鞘に収める。

「それに、今回は魔法抜きの手合わせだったけれど、実践の場では君には到底及ばないからね。剣の方は体の動きでなんとかついていって覚えることができるけれど、魔法も持たない魔力も少ない俺じゃあ発動も遅ければ威力も出ない」

 どちらともなくグラウンドの方から騎士団の本部の方へと足を向ける。

「たかが知れてる。それでもまぁ、君みたいなのに憧れちゃうから修練はするけど」
「……魔法は使い慣れれば魔法具での発動も素早くなるし、魔力は普段から魔力石に貯めてカバーするのがいいと聞く。俺はそのあたりを君に教えることもできないし、わからない苦労だが、トバイアス、君のそのまっすぐな姿勢はほかに代えがたい資質だと思う」
「! ありがとう、君が人をほめるなんて珍しい」
「そんなことはない」
「あるよ、大ありだ。もしかして奥さんがいるから丸くなったのかな。君の顔は国宝級に素晴らしいから奥さんもべた惚れでしょう? それで癒されて丸くなったのかな」

 トバイアスは真剣な話からあっという間に方向転換してニマニマとした顔でクライドに言う。

 その楽しげな様子に隙あらばその話をして揶揄いたかったのかとクライドは若干面倒くさく思う。

 ただ、実際そうであって当たり前にシェリルがそういうふうにクライドを想ってくれていたならばそれだけだったのだが、そうではない。

 シェリルはクライドにべた惚れなんかではなくむしろ、彼女の方が冷めた視点でクライドのことを見ている。

 クライド自身は彼女のことをああまで言うぐらいには愛しているし、長年守りたいけれど守れないという感情からやっと解放されて、あふれんばかりの気持ちで彼女のことを見つめている。

 しかし、シェリルがクライドに対して思っている感情は少し顔がいいだけの騎士であり、大切に思ってくれていたからこそ恩返しのようにそばにいてクライドのことを支えたいと思ってくれている。

 それだけだ。

 そういうことを先日初めて知った。

 特に女性に深く好かれたいなどと思ったことがなかったので考えもしていなかったが、釣り合っていないからと言ってクライドのことを恋愛対象にすら思っていなかったことに衝撃を受けた。

「……」
「いつかは、奥さんに会わせてよ。君が結婚するのだからさぞ素敵な人なんだろうね」
「……」
「……どうかした?」
「……惚れられていない。彼女は俺を大切だとは言うが、恋愛的にみると釣り合っていないし、独占したいだとか唯一愛してほしいだとかそういう気持ちは持ったことがないと言っている」
「え……えー」

 クライドの言葉にトバイアスは、なんだか間抜けな声を出して、それからまじまじとクライドのことを見つめた。

 どこからどう見てもいい男で、そんな彼が惚れこんで結婚までしたというのに当の本人は釣り合わないと思っているだなんて、そんなことがあるだろうかと考える。

「……俺は、今更女性に惚れられる方法などわかりもしないし、そう思って欲しいと努力をしたこともない」
「だ、だろうね」
「愛は伝えていこうと思うが、それ以上になにをすればいいんだ……?」
「……そっか、君にもそんなふうに悩むことがあるのか、俺はてっきり君は……」

 トバイアスはなにか続きを言おうとしたが、ちょうど入れ違いに本部の扉が開き、中からほかの騎士団員が顔を出す。

「……」
 
 途端にふわりと酒の香りがして、クライドは黙って眉間にしわを寄せた。

「おう、トバイアス、お前またご子息様と訓練かよぉ、真面目だなぁ~」
「って、あ! おいおいやめろ声かけるな。目をつけられるぞ」
「いやぁ、ははは。俺らはこれからちょっと用事があるんで。トバイアスなんとかフォローしておいてくれ、じゃ、頼むな」
「はぁ、あまり羽目を外さないようにしてよ! くれぐれも城下町で醜態をさらさないようにっ」
「わかってるってぇ~!」

 そうして一人のへべれけと二人の酔っぱらいは昼間の日の高いうちから、どこかへと消えていく。
 
 彼らは騎士団員とはとても思えないような肥えた腹をしており、ゆっくりと歩くのだ。

 その後ろ姿にクライドは黙ったまま猛烈に機嫌の悪そうな顔をして、しかしなにも言うまいと一度目をつむる。

「……せめてもう少し真面目にやってくれたら助かるんだけどな」

 トバイアスはそうつぶやいて、クライドのことをちらりとうかがうように見てから、予定通りに建物の中に入っていく。

「まぁ、仕方がないか。行こう、クライド」
「君はよく自分の努力を馬鹿にされてそう平然としていられるな。俺にはまったく真似できそうもない」
「むしろ君の方こそよく、そこまで毎回腹を立てられるね。君のそういうところは好きだけれど生きずらそうだなって思ってしまうよ」
「……そうでもない」
「そうかな」

 そうして会話をしながらまた、二人で歩き出す。他愛のない会話は尽きることがないが、他の騎士団員は彼らのことを遠巻きに避けて陰で笑う者すらいるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

修道院パラダイス

恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。 『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』 でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。 ◇・◇・◇・・・・・・・・・・ 優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。 なろうでも連載しています。

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)

えだ
恋愛
 ドロシー。(神からの贈り物) そんな名前を持った私は呪われの子。一度も外に出たことはないし、光を浴びたことがない。私は呪われているから、外に出てはいけないの。  え?祝福の子‥?加護を与えたり、呪いを解く力がある‥?へぇ、世界にはそんな素晴らしい力を持った人がいるんだね。  ‥‥え?私にその力がある?いやいや。だって私、呪いの子だよ? 残酷な表現や不快になるような表現あり。ネグレクト環境が出てきます。

処理中です...