50 / 54
50 無様
しおりを挟む騎士団長室の中にいたのは、エルウッド公爵と、クライドの兄であるヴィクター、それから公爵と似たような体型をした騎士団員たちだった。
中に入るとふわりとお酒の匂いがして、テーブルの上にはワイングラスが置かれていた。
彼らは談笑をやめてこちらを見やり、そしてエルウッド公爵はすぐにテーブルを拳でたたきつけてクライドを指さす。
「っ! また先触れもなく……よくもノコノコとやってこられたものだな、この親不孝者め! 私がどれほどあの場で恥をかいたか、話をしていたところなんだ。まったく厄介なことをしてくれたな! 頭を床にこすりつけて謝罪をしても私は絶対に許さんぞ!」
「おお、その通りですな! 公爵閣下」
「まったく、最近の若者と……きたら?」
エルウッド公爵はすぐに怒りのスイッチが入ったらしくクライドに対して辛辣な言葉をぶつける。
あんなに重要な会議の後にやることがこんなこととは、本当に彼はまともにこの国の未来を考えていないらしい。
彼に続いてクライドを罵ろうとした赤ら顔の騎士たちは、隣にいるシェリルのことに気がついて、その腕に抱かれている獣へと視線を落とした。
「なんだ、其方は……何故そのような獣など連れている」
「獣? ……ああ、先程、話しただろう、会議でも偉そうに精霊様がどうのこうのと知識をひけらかしていたウィルトン伯爵という小娘だ」
「ごきげんよう。お義父さま」
「ハッ、私はお前らのことを息子夫婦などとは思ってない!」
エルウッド公爵は大きな声でそう口にして、周りの騎士たちは笑い声をあげる。
そんな様子に、ヴィクターは困り顔でそそくさとこちらにやってきて、シェリルとクライドに声をかけた。
「まぁ、父上。クライドも言い過ぎたと考えて、誠意をもって妻と話し合いのために訪れたのかもしれないのだから、そのくらいで」
「そんなわけがあるか! そいつは本当に昔から悪魔のような子供だった。いうことを聞かず、私がどれだけ苦労したか」
「同情いたします、騎士団長殿」
「そうですぞ、わしは公爵閣下の味方だ」
エルウッド公爵は仲間内で慰められて、さらに続けてクライドの悪口を言う。ヴィクターはそんな彼らの会話には入らずに声を潜めて問いかけた。
「それで? なにをしに来たのか簡潔に言って欲しい、今は父上も荒れていてウィルトン伯爵ともまともに話し合いができるような状態じゃない。悪いけれど後日にする方が━━━━」
苦々しい表情で言う彼を気にせずに、シェリルはゆっくりと獣を降ろして、クライドに視線を送る。
彼も頷いて、はっはっはっと短い呼吸を繰り返す獣は、うろうろとしながらシェリルたちから離れていく。
「え? ……どういうこと、で、って言うかあれはなに」
「魔獣だが?」
「は? なぜ?」
「……」
「……」
たっぷりと長いリードはするするとたるみなくなくなっていき、魔獣はテーブルの上に置いてあるチーズに狙いを定めて、タッタカと駆けていく。
ヴィクターの質問に、クライドはシェリルに視線を送った。
しかし今日の主役はクライドなのだ、シェリルは舞台装置に過ぎないし、クライドの側だって長年募った思いというものがあるだろう。
それを発散するときだ笑みを浮かべて示した。
けれどもクライドがヴィクターにその種明かしをする前に「ごぎゃぁあ!!」というなんとも情けない悲鳴が響いた。
先ほどまで可愛い顔をして抱かれていた獣は、歯茎をむき出しにして、風の魔法を操り机を滅茶苦茶にしている。
部屋の中には突風が吹き荒れて、獣の唸る声が響く。
一番魔獣の近くにいた騎士は服を切り裂かれて、その迫力にただぶるぶると震えて顔を青ざめさせていた。
「ば、ばば、ぶぁかな!! ま、魔獣だと!? なにがどうなってっ、くるな! 来るんじゃない!! おい、守れ! 私を守れこのぉ!!」
魔獣が大きく吠えると、騎士たちは途端に飛び上がらんばかりに驚いて、みんなそれぞれの方向へとバタバタと逃げていく。
そして一番、緊急時における俊敏さを欠いていたのはエルウッド公爵だった。彼はソファーの上から転がり落ちたものの、迫りくる脅威に耐えられなく背を向け、赤子のように四つん這いで逃げ出そうと試みる。
「おおお、おい、おまえら! 私をまもれっ!! この、私を!!っおい!ひ、くるな、くるなぁ!!」
「ひいぃ、お助け下さい!」
「申し訳ございません!」
クライドのことを共に笑っていた彼らは、誰一人としてエルウッド公爵に手を貸さない。
そして状況の把握もできていない様子だった。まぁ、それも仕方がないことだろう。
彼らからすれば突然、犬らしきものを連れた身内がやってきて、文句を言っている合間に魔獣が襲ってきたのだから。
それにシェリルから見ても、先程まで腕の中にいた獣とはまったく別ものに見えるほど凶暴化していて、口からはだらだらと唾液が滴り、目の前の潤沢な魔力を持って肥え太った素晴らしい餌に魅力を感じてべろりと舌なめずりをしている。
……やっぱりああなると可愛げはないわね。捕まえると少しは愛らしいのに。
その獣に対してシェリルはなんだか惜しいような気持ちになったが、仕方がない。このために捕まえてきたのだから恐ろしげであればあるほどいいのだから。
魔獣はのっしのっしと腰が抜けて立てないエルウッド公爵の元へと向かっていく。
「ほ、ほあっ! あ、あ! た、たずげてくれ、ひ、ひぃいい!!」
うごめきながら前に進む彼に簡単に距離を詰める。そしてその鼻先をやっとエルウッド公爵に到達させてひくりと動かし、大きく前足を振り上げた。
「ぎゃぁああ!!」
「ち、父上っ」
振り返り、眼前に迫ったそれを見て、最後の悲鳴を上げるエルウッド公爵にヴィクターは咄嗟に手を伸ばしていた。
そしてクライドは、リードを強く引いた。
「きゃうんっ」
獣は突然のことに転倒して、それからシェリルは獣の元へと駆け寄って腕を通して腹を抱えて抱き上げた。
するとまた、獣は無害そうで純粋な瞳をシェリルに向けて、はっはっはっと短く息をして尻尾を振る。
……こうなると可愛いのだけれどね。
そう思ってゆっくりと頭を撫でてシェリルはクライドと入れ替わって扉の方へと向かった。
ヴィクターはそばに戻ってきたシェリルと魔獣を目を丸くして凝視していたので、シェリルは触ってみるかと少し差し出した。
しかし彼は驚いて飛び上がってからぶんぶんと首を振った。
……私のそばにいれば問題がないのだけれどね。
そう思いながらも、クライドに視線を戻す。
「はぁ、はっ、はっ、ああ、なぜ、なぜ私がこんな、めにぃ」
尋常ではないほど汗を垂らしながらエルウッド公爵は頭を抱えて、そうつぶやく。
そしてクライドは剣を抜いて、彼につきつけた。
「……エルウッド公爵」
荒い呼吸のまま彼はゆっくりとクライドを見上げる。それから剣を突きつけられていることに気がつき、小さな悲鳴を上げてクライドを見つめた。
しかしその動揺をすぐに隠して、彼は煽るように笑った。
「っ、ハハッ、なんだ私を殺す気か! そんなことをしてみろ、ヴィクターが黙っていない!」
「違うが、場合によってはそうすることも辞さない覚悟だというだけだ。……エルウッド公爵、お前はどう考えても魔獣に対して、まったく対抗できていなかった」
「だ、だからなんだ!」
「畜生ごときに負けるはずがないんだろう? たいしたことのない仕事のはずなんだろう? そのくせ君は今も無様にそこに転がっている」
「ふ、不意打ちで、こんなことをして、勝ったつもりか! 舐めおって!」
クライドの言葉にはまったくひるまずに、エルウッド公爵は、震える手をソファーにかけてやっとの思いで立ち上がる。そしてまたクライドに噛みつくように怒鳴った。
「そもそもお前が魔獣を引き込んだのだな! こんなことをしてただで済むと思うなよ! 必ずそれ相応の、いや地獄のような処罰を喰らわせてやる!!」
彼は汗みどろのまますっかり立ち直ってそうして、シェリルにも鋭い視線を向けた。
その様子に、シェリルはクライドを見た。すると彼は小さく頷いて、シェリルはまた獣から手を離した。
そして今度は食べ損ねた獲物に一直線に魔獣は向かっていく。
魔獣というものは、この国のどこにでもいることにはいる。けれど精霊の守護像によってその凶暴性を奪われて人々を今まで襲わなかった。
そして精霊の加護があるシェリルのことももちろん襲わない。
しかしその効果はその空間自体に発現するものらしく、輸入されてきた魔獣がどれもこれも怯えて、碌に攻撃もできずに殺されていたように、シェリルの周りでは魔獣は大人しくなる。
けれども離れるごとに凶暴になっていき、その本性を取り戻し、本来の姿になって人間を喰らおうと牙をむく。
「ぎゃぁああ!! 来るな!!」
そうしてまたエルウッド公爵は少々いたぶられて、悲鳴を上げた。
そんな時間が、割と長く続いて、それからやっと話し合いの場を設けることができたのだった。
71
あなたにおすすめの小説
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜
三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。
「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」
ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。
「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」
メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。
そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。
「頑張りますね、魔王さま!」
「……」(かわいい……)
一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。
「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」
国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……?
即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。
※小説家になろうさんにも掲載
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
修道院パラダイス
羊
恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。
『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』
でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。
◇・◇・◇・・・・・・・・・・
優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。
なろうでも連載しています。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)
えだ
恋愛
ドロシー。(神からの贈り物)
そんな名前を持った私は呪われの子。一度も外に出たことはないし、光を浴びたことがない。私は呪われているから、外に出てはいけないの。
え?祝福の子‥?加護を与えたり、呪いを解く力がある‥?へぇ、世界にはそんな素晴らしい力を持った人がいるんだね。
‥‥え?私にその力がある?いやいや。だって私、呪いの子だよ?
残酷な表現や不快になるような表現あり。ネグレクト環境が出てきます。
【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる