49 / 54
49 到着
しおりを挟むシェリルは子犬のような生き物を抱えていた。
首輪をつけてその先のリードはクライドがしっかりと握っていて、捕らえるために協力をしたトバイアスは不可解そうにシェリルの腕の中を見つめている。
そんな状態で騎士団の本部の廊下をずかずかと歩いているのだから、そこにいた騎士団員もどういうことかと首をひねりつつ、そそくさと避けていく。
小柄な貴族女性が、犬のようなものを抱えているとなればそれはただの嗜好品の抱き犬であるだろうし、実際にとても大人しく腕の中に納まって尻尾を振ってべろんべろんとシェリルの腕を舐めまわしている。
ただ、なぜそんな無害そうな生き物の首輪をクライドが握っていて、犬らしきものに軽蔑的な視線を送っているのかという疑問もあるし、その犬らしきものの目はザクロの果実のように真っ赤だ。
その瞳はもはや騎士団員全員のトラウマと言っても過言ではない、あの魔獣の瞳に見える。
しかし、魔獣はそれほどまでに大人しく人に懐くような生き物でなんかではない。
もっと凶暴で、もっと狡猾で、人間を喰らうことだけを考えて牙や爪や魔法で襲いかかってくる恐ろしい化け物だ。
こんな生き物であるはずがない。そう考えるとシェリルが抱いている生き物はやっぱり抱き犬であり、一番気にすべき点は騎士団本部に部外者がいることだろう、と多くの人が結論づけた。
シェリルはそんな彼らの混乱など露知らず、魔力を込めてその生物の頭を撫でていた。
吟味してやっと捕まえたのだ。この生き物にはなんとしても役に立ってもらわなければ困る。
少しばかりやりすぎるぐらいでいいから、存分にその力を発揮してほしいと願いながら魔力を込めた。
幸い野生の生き物であるけれど、その毛皮は魔力を帯びてつややかで、少し獣っぽい匂いがするだけでさして不潔でもない。それはとても幸運なことだろう。
上階に上がるための階段の前には、とても腕の立ちそうな騎士が二人、門番のように立っていて、二人ともシェリルの腕の中に視線を集める。
「父に呼ばれている、通ってもかまわないな」
強そうな彼らもクライドには強く出ることができない様子で、片方の騎士は、歯切れが悪いながらも道を開ける。
しかしもう片方の騎士は強張った表情で問いかけた。
「いや、危険物の持ち込みは禁止されている。それに……その瞳は……」
「これは父にとって必要なものだ。わかってくれるだろう?」
クライドはまっすぐに騎士を見ながらそう返す。その言葉の意味を察しろと命令するかのように眼光は鋭く、騎士は少しの逡巡ののち「見なかったことにしよう」と視線を逸らして言う。
その言葉が面倒事に巻き込まれたくないが故の見て見ぬふりだったのか、それとも、クライドと同じように騎士団長にはそれが必要だと判断したからかはわからない。
「じゃあ、俺はここでね。後は頑張って、クライド、シェリルさん」
階段を登ろうとするとトバイアスがそう言って、シェリルは最後まで同行するものだと思い込んでいたので驚いて振り返る。
「ああ、行ってくる。君もあまり無茶をしないでくれ」
「無茶なんか、したことないよ。クライド」
「どうだか」
「じゃあね」
手を振る彼に、同じく手を振って返し、それから足を進める。
トバイアスは無茶はしないと言っていたけれど、彼の顔や手についていたいくつかの傷跡はここ二、三日のうちにできたもので、乱暴に水の魔法で癒したせいで後になってしまったと言っていた。
そんな彼の言葉が信用ならないクライドの気持ちには納得がいく。
そしてそれに比べてクライドは、傷の一つも見当たらないかすり傷だってないような状態だ。
そんなふうにまったく傷がない人間というのは今の騎士団では珍しく、魔獣との戦闘をしていない人間か、クライドぐらいなものだ。
シェリル自身、クライドに対してはなんだか立派で、毎日訓練していて体も大きく魔法も炎の属性を持っていてとても強い人だと思っていたが、まさかそれほどまでの力を持っているとは思いもよらなかった。
……でも強いからこそ周りが弱く見えて、簡単に傷つくから心配性になったのかしら。
だとしたらクライドが少しかわいそうで、シェリルもこれが終わったら体を鍛えるのもいいかもしれないと思う。
この生き物を捕まえるために森に入った時、足元がおぼつかづに何度か転びそうになったのだ。そのたびにクライドに心配されて大変だった。彼を安心させるためにも肉体的に強くなるのはいい案だろう。
そんなことを考えていると、あっという間に、騎士団長室らしき少し豪華な扉のついた部屋へと到着する。
そしてクライドは扉を押し開いた。
60
あなたにおすすめの小説
王宮侍女は穴に落ちる
斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された
アニエスは王宮で運良く職を得る。
呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き
の侍女として。
忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。
ところが、ある日ちょっとした諍いから
突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。
ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな
俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され
るお話です。
傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜
三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。
「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」
ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。
「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」
メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。
そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。
「頑張りますね、魔王さま!」
「……」(かわいい……)
一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。
「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」
国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……?
即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。
※小説家になろうさんにも掲載
修道院パラダイス
羊
恋愛
伯爵令嬢リディアは、修道院に向かう馬車の中で思いっきり自分をののしった。
『私の馬鹿。昨日までの私って、なんて愚かだったの』
でも、いくら後悔しても無駄なのだ。馬車は監獄の異名を持つシリカ修道院に向かって走っている。そこは一度入ったら、王族でも一年間は出られない、厳しい修道院なのだ。いくら私の父が実力者でも、その決まりを変えることは出来ない。
◇・◇・◇・・・・・・・・・・
優秀だけど突っ走りやすいリディアの、失恋から始まる物語です。重い展開があっても、あまり暗くならないので、気楽に笑いながら読んでください。
なろうでも連載しています。
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)
えだ
恋愛
ドロシー。(神からの贈り物)
そんな名前を持った私は呪われの子。一度も外に出たことはないし、光を浴びたことがない。私は呪われているから、外に出てはいけないの。
え?祝福の子‥?加護を与えたり、呪いを解く力がある‥?へぇ、世界にはそんな素晴らしい力を持った人がいるんだね。
‥‥え?私にその力がある?いやいや。だって私、呪いの子だよ?
残酷な表現や不快になるような表現あり。ネグレクト環境が出てきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる