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しおりを挟むするとリディアは驚きつつも、続きを言えとばかりにロイに鋭い視線を送った。
その眼光の鋭さにうっと怯むが、無理やりに声を出して彼女に危機を伝えた。
「騎士団がこの屋敷に向かっているのを見張りの兵士が見つけたそうです。もう窓から遠くに彼らの松明の明かりが見えるほど迫っています!」
簡潔に述べると、リディアは、ソファーから降りて急いで窓の方へと向かった。
クラウディー伯爵邸を囲むようにある壁の向こうに、確かに普段とは違って明かりが見えた。
「エイミー! 貴方ここの事を話しましたの?!」
焦った様子でリディアは呆然としているエイミーに問いかける。
リディアはすぐに使用人を呼ぶベルを鳴らして、飛んできた使用人に一番高級なドレスを持ってくるように言った。
「……言ってませんっ、あの人には言ってないはずです、けどっ」
「旦那様には伝えてなくても、教会の仲のいい司祭なんかと話したのではなくて?! ロイ、このドレスにあう髪飾りをすぐに見立てて!」
「はい。只今」
「…………話したかもしれません……」
エイミーと会話をしながらリディアはものすごい速度でドレスアップした。
せっかく湯浴みをしてもう眠る寸前のリラックスした格好だったが、緊急事態なので仕方ない。
急いで化粧の準備をして、ロイも彼女があたり前のように準備をするので忙しなく側近として働いた。
まさかとは思うが単身で彼らに盾突くつもりかと一瞬想像したが、流石にそういうわけではないだろう。
きっと聖女エイミーを連れて行って彼らに交渉をする腹積もりのはずだ。
その方が、逃げ隠れるよりも犠牲が少なくすむし、なにより穏便にすませることが出来る可能性がある。
ロイは、今までも危うい関係性だということは十分に理解していたつもりだった。
彼女は国の命運を担う聖女であり、いなくなれば捜索隊が編成される。
しかしここまでの速度で聖女の居場所を突き止められるとは想像もしていなかったし、騎士団が動いたということは、この話は多くの貴族の知るところとなる。
騎士団は貴族から構成されているし、聖女を匿って国を混乱させたという罪はリディアかもしくはクラウディー伯爵家へとかぶせられるだろう。
そうなったらどうなるだろう。
リディアと自分はともにいられるのだろうか。
考えれば考えるほどに手が震えてきて、ロイは集中できるように考えを振り払った。
そして、着替えをするリディアを視界に入れないようにして見立てた髪飾りを用意してドレッサーの前に立った。
「そこから漏れたのね。それでエイミー、貴方の旦那様、この速度で騎士団を引き連れてくるということは、第二王子ね」
「うん。……ごめんなさい……でも、言ったら怖がってすぐに追い返されるかもって思ってしまったら言えなくて、私、他に行く当てもなくてっ」
泣き出しそうな声でそう言うエイミーは酷く落ち込んでいて、そしてとても怯えている様子だった。
それも当たり前だろう。
何があったか知らないが、こんなところまで逃げてきたというのにその日のうちに、戦争をするような騎兵隊を引き連れてやってきたとなれば恐ろしくもある。
そんな彼女を守ってやりたい気持ちもロイは友人として持ち合わせていたが、なによりロイはリディアを優先したい。
そして恩のあるこのクラウディー伯爵家には繁栄の道を歩んでほしい。
その妨げになってしまったということは明白で、そのことに対する暗い気持ちも確かにあってとても複雑な思いだった。
「それでも、こんな迷惑かけちゃだめですね。私、自覚が足りませんでした。今から……行ってきます。あの人に初夜から逃げ出してごめんねって謝ってきます」
そんな風に言って、逃げ出してきた男の元へと戻ろうとするエイミーにロイはどうしようもなくなりながら、着替えたリディアの髪をぱぱぱっと結い直して美しいパールに髪飾りをふんだんにつけた。
その素早さは、ロイがリディアの従者の真似事をし始めてから換算して最高速度を叩きだしていた。
「ありがとう。ロイ、素敵にしてくれて! やっぱりロイは優秀ですわ!」
「はいっ」
苦しくなりながらもロイは、いつものように褒めてくれた彼女に返事をして次の指示を見逃さないように、リディアを後ろから見つめた。
リディアは、ゆっくりと立ち上がって、青い顔をして震えるエイミーの元へと向かった。
彼女は今まさに魔法を使おうとしていたが、その組んだ手をリディアは包み込むように握って、美しく不敵な笑みを浮かべた。
その瞳は強気でこの状況でも、何か策があると主張していた。
彼女は化粧もろくにしていないのに笑みを浮かべるだけで華やかでそのドレス姿は思わず惚れ惚れしてしまう。
「……エイミー、たしかに黙っていたことは、わたくし怒ってますわ」
「っ、ごめんっ」
低い声で紡がれる声は甘く神経を撫でるようで聞いていて心地がいい。怒りが伝わってくる恐ろしい声なのに、ずっと聞いていたいと思うほどに柔らかだった。
「怒っていますけれど、貴方が想像している理由の怒りではないわね」
かと思えば、少しいたずらっぽく言って、口元に手を当ててくすりと笑う。鈴を鳴らしたような笑い声は上機嫌で彼女の瞳はギラギラとしていた。
「え? どおゆうこと??」
リディアの言葉にエイミーは首をかしげて、まったくわからないといった感じに子供っぽい声で言った。
「……王族になったぐらいでわたくしが貴方を放り出すと思っていたことに怒ってますの。誇りなさい、貴方の友人は何があっても貴方を見捨てないし、貴方を助けますわ」
「んえ?……え??!!」
リディアの言ったことを理解できない様子でエイミーは間抜けな声をだした、しかしそれから、意味を理解してさらに驚いた。
その時には既にリディアは談話室の扉に手をかけていた。
「さてエイミー仕事よ。貴方の力すべてを使って、宴会の準備をするのですわ!」
「なんでぇ??!!」
「皆も屋敷総出で、準備を! ありったけのお酒とおつまみを出しておいて、一番働きが素晴らしかった者には報奨金を出しますわ!!!」
ただ事ではない事態に、扉の外にも集まっていた使用人たちにリディアは声を大にしてそうつたえて、最後にロイに視線を向けて、信じきった瞳でロイを呼んだ。
「いくわよっ! ロイ」
自信に満ち満ちた紺碧の瞳は美しい光をはらんでいて、彼女が何をするにしても無条件にロイは反射で返事をしていた。
体は震えていて、何か無礼を働けば、簡単に切り殺されるかもしれないのにそんなことをまったく考えている様子のないリディアをロイは心底美しいと思った。
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