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しおりを挟むリディアは丸腰のまま使用人に玄関扉を開けさせて堂々と歩いた。
外は暗く、月明かりすらない夜闇であり、リディアの足元を照らすランプをロイが持って隣を歩く。
照らされなくとも慣れた実家の敷地内だ。リディアの足取りは明確で、すでに塀のそばまで来ている騎士団は馬に乗ったまま、側近と二人きりで出てきたうら若い娘に厳しい視線を送っていた。
怯えた兵士たちが、塀の門扉をゆっくりと開けて、そのまま彼らはクラウディー伯爵邸に入ってきた。
三十人以上はいるだろうか、騎士団は、顔まで覆ういかつい鎧をつけていて個人が判別できない。
しかし、一人先頭にいる人物だけは、鎧の上から上等なマントをつけており、顔がわかるように鎧を外していた。
彼の腰には運ぶのも大変そうな大剣がつけられており、ロイが持ち歩いている護身用のナイフとは比べ物にならない攻撃力だろう。
……何も言わずについてきましたけど、リディアお嬢様、どうなさるおつもりですか。
ロイはいざとなった時に彼女を守れるように、彼女の半歩前に出て、リディアの様子をうかがっていた。
そしてこんな時にもリディアの意図をくみ取ろうと、リディアの事を見ていた。
対峙している相手ではなく、リディアの事を見るのはロイのただの癖だが、それだけリディアの要望を取りこぼしたくなかった。
「伯爵令嬢と見受ける! この屋敷に、聖女エイミーが身を寄せているだろう。彼女はこの国の防衛の要ッ、即刻引き渡すのであれば、この件は不問とする」
野太く有無を言わせない口調、貴族らしく対話をするつもりはない、さっさと引き渡せという王子側の主張だけを述べて、リディアへの威嚇の為に剣を抜いた。
……私は事情をまったく聴いていませんし、オーガスト王子殿下がエイミー様をどういうつもりで取り返したいのかは、わかりません。
でも不問とすると言うからには、一度戻っていただくのが最善ではないのでしょうか。
そうすれば、またエイミーとリディアは手紙などでつながることが出来る。心苦しい選択ではあるけれど背に腹は代えられない。ロイにとって優先すべきはクラウディー伯爵家とリディアだ。
「……」
「どうした伯爵令嬢! ……恐ろしくて声も出ないか、ただしかし若気の至りだったとしても、聖女を匿うというのはこれだけの事態だ、大人しく彼女を連れて来れば危害を与えるつもりはないぞ」
オーガストは黙り込んだままのリディアを動かすために、今ならまだ、何も怖い目に会わなくて済むのだと教えてやった。
彼からすればリディアはエイミーと同じ年頃の世間の荒波を知らないしがない少女だ。
自分が仲のいい友人を匿っただけで、まさかこんな大ごとになるとは思っていなかった。どうしたらいいのかわからない、恐ろしい、そんな風に思って当然であると当たり前のように考えている様子だった。
そして騎士団はロイにとっても確かに恐ろしい。魔法をもって日々鍛錬を積んだ熟練の騎士たちが一堂にリディアに目線を集めて、一挙手一投足に注意している。
逃げ出しても馬に乗っている彼らから逃げられることは無いし、対等に戦えない。そんな力の差と威圧感があって場の空気は最悪に重たかった。
注目されていないロイですら、足がすくんで、リディアの意思をくみ取ろうとすることで精いっぱいで、策をめぐらせる余裕はない。
しかしリディアが沈黙するとオーガストはその低くよく通る声で、一度は同情から和らげた雰囲気を厳しくして、怒鳴りつけるように言った。
「聖女を匿い、国家転覆を企んだとして、両親までも連座の席に座らせたいか!! すぐにエイミーを連れてこい、猶予はないぞ!!!」
「ッ……」
迫力のある脅しに、横目で見ていたリディアがびくっと震えて、吐息を漏らした。怯えたように眉を曇らせ肩をすくめる。
胸元で手を握り美しいサファイアの瞳が潤んでいた。
数歩あとずさりし、彼らと距離をとり一度、屋敷を振り返るようなしぐさも見せた。
……リディアお嬢様っ。
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