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第十六章
「禍福は糾える縄の如し」
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五時限目が終わり、十分休みに入った教室は騒がしい。
そんな中、良は小説投稿アプリケーションを開き、いつものように文章を打っていく。
「……う~ん……」
行き詰まってしまった。
小説の書き方は実に十人十色。
プロットをよく練って書く人。
思いついたことを勢いのまま書いていく人。
良はと言えば、後者のタイプだった。一度だけプロットを練ってから書いてみたが、先は見えるのになにも書けなくなってしまった。そこから自分のタイプを理解し、プロットを練ることをやめたが、プロットを練らないデメリットはネタ切れ。良はまだまだ素人であるため、読者も少なく、焦ることはないが、さすがに自身の中で「まずい」と叫ぶ自分がいる。
「まずい……まずいぞ……」
無意識の呟きが隣の柊真にも聞こえ、柊真が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、ごめん。なんでもないんだ。気にしないで」
苦笑して言うと、良は車椅子を動かし、一人教室を出る。
アイデアが浮かばないのは仕方ない。そのような状態のときに考えてもなにも出てこないのだ。
「……」
ふと、急な尿意が良を襲う。
動かずとも足の感覚はある。体に問題はないのだから尿意だって感じる。
この学校には幸い、各階に一つずつ身障者用のトイレがある。
良がそこへ向かうと、運悪くトイレの前に他のクラスの生徒が集まって話をしていた。
良は思わず顔を歪めたが、思い切って声をかける。
「あ、あの、ごめん。通して、くれないかな……」
我ながら情けない声だったが、生徒たちはこちらに気がついてくれたようだった。
「ん? なに、お前ここ入りたいの? 」
生徒の一人が問う。良はそれに素直に頷いた。
「……へぇ……」
良は生徒の楽しげな表情に首を傾げるが、すぐに生徒の行動に表情を強ばらせた。生徒はなぜか、トイレの出入り口の前に塞ぐようにして立ったのだ。
「通してほしかったら、車椅子から降りて土下座しろよ」
「……へ? 」
良は呆気にとられた。
なぜそのようなことになるのか。自分は彼と一度も接したことはない。なぜ彼は自分にそのような命令をする?
良は握ったままのハンドリムをさらに強く握り、俯く。
「……そ、そんなこと……出来るわけ……」
「あれぇ~? 通してほしいんだよな? だったら早く土下座しなきゃ……漏れちゃうんじゃね? 俺ら楽しく話してたのに、お前が邪魔したんだろ? だから謝罪、しろよな」
良の言葉を遮って捲し立てる生徒に、良は怖くなった。周りの生徒は遠巻きに見ているだけで、助けてなどくれない。尿意もそろそろ限界だ。
「っ……! 」
良はもう一度だけ震える声で言う。
「……お願いします……通して下さい……」
自分は悪くないはずなのに……。なぜ彼に懇願しなければならない。なぜ偉くもない者に敬語を使わねばならない。しかし、土下座もしたくない。
羞恥と怒りと悲しみと屈辱とで、良の顔は真っ赤になった。
「……いいよ~」
「! 」
生徒の言葉に良は勢いよく顔を上げる。
「……なぁんてゆう訳ねぇだろ~! 」
楽しそうに笑いながら生徒は良に顔を近づける。
「てめぇみてぇな障害者に! どうして俺が道譲ってやんなきゃなんねぇんだよ! 」
洋介とはまた違ったタイプだ。
自分より劣る者をどこまでも蹴落としたいタイプの人間。障害のある者を人として見ないタイプの人間。
良は絶望した。
昨日の放課後までは、柊真と楽しく話していたはずなのに……。
「……あ? おい、なんだよてめぇ……」
俯いた良は生徒の疑問と怒りに満ちた声で顔を上げた。
「……とう、ま……? 」
柊真が良を庇うようにして両手を広げて立っていた。
「てめぇも障害者だろ? 知ってるぞ。喋れねぇ奴が出しゃばってくんなよ」
柊真は首を横に振り、生徒を睨みつける。
あまりの驚きに、良は声を出せずにいた。
「やめろよ。西岡」
再び間に割って入ってきた人物に、良は目を見開く。
良や柊真にあれほど突っかかってきた洋介が、二人の傍まで来て生徒を睨んだ。
「あんま派手なことしてると、退学になるぞ」
生徒は洋介の言葉にさすがに怯み、悔しそうに舌打ちをして去って行った。
「大丈夫か? 」
洋介の問いに、柊真は嬉しそうに頷き、良を振り返ろうとしたが、良は少し強い口調で返した。
「こっち向くな」
良の言葉に柊真は驚いて固まる。
「……お願いだから、向かないでくれ……」
再び震える声で言った良の車椅子の椅子の部分から、水がポタポタと落ちる。
間に合わなかった。
良の頬を涙が伝う。膝の上に置いた手を強く握り、俯いた。
柊真も洋介も、そんな良になにも言えずに立ち竦んでいた。
休憩終了のチャイムが鳴った。
第十六章 終
そんな中、良は小説投稿アプリケーションを開き、いつものように文章を打っていく。
「……う~ん……」
行き詰まってしまった。
小説の書き方は実に十人十色。
プロットをよく練って書く人。
思いついたことを勢いのまま書いていく人。
良はと言えば、後者のタイプだった。一度だけプロットを練ってから書いてみたが、先は見えるのになにも書けなくなってしまった。そこから自分のタイプを理解し、プロットを練ることをやめたが、プロットを練らないデメリットはネタ切れ。良はまだまだ素人であるため、読者も少なく、焦ることはないが、さすがに自身の中で「まずい」と叫ぶ自分がいる。
「まずい……まずいぞ……」
無意識の呟きが隣の柊真にも聞こえ、柊真が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、ごめん。なんでもないんだ。気にしないで」
苦笑して言うと、良は車椅子を動かし、一人教室を出る。
アイデアが浮かばないのは仕方ない。そのような状態のときに考えてもなにも出てこないのだ。
「……」
ふと、急な尿意が良を襲う。
動かずとも足の感覚はある。体に問題はないのだから尿意だって感じる。
この学校には幸い、各階に一つずつ身障者用のトイレがある。
良がそこへ向かうと、運悪くトイレの前に他のクラスの生徒が集まって話をしていた。
良は思わず顔を歪めたが、思い切って声をかける。
「あ、あの、ごめん。通して、くれないかな……」
我ながら情けない声だったが、生徒たちはこちらに気がついてくれたようだった。
「ん? なに、お前ここ入りたいの? 」
生徒の一人が問う。良はそれに素直に頷いた。
「……へぇ……」
良は生徒の楽しげな表情に首を傾げるが、すぐに生徒の行動に表情を強ばらせた。生徒はなぜか、トイレの出入り口の前に塞ぐようにして立ったのだ。
「通してほしかったら、車椅子から降りて土下座しろよ」
「……へ? 」
良は呆気にとられた。
なぜそのようなことになるのか。自分は彼と一度も接したことはない。なぜ彼は自分にそのような命令をする?
良は握ったままのハンドリムをさらに強く握り、俯く。
「……そ、そんなこと……出来るわけ……」
「あれぇ~? 通してほしいんだよな? だったら早く土下座しなきゃ……漏れちゃうんじゃね? 俺ら楽しく話してたのに、お前が邪魔したんだろ? だから謝罪、しろよな」
良の言葉を遮って捲し立てる生徒に、良は怖くなった。周りの生徒は遠巻きに見ているだけで、助けてなどくれない。尿意もそろそろ限界だ。
「っ……! 」
良はもう一度だけ震える声で言う。
「……お願いします……通して下さい……」
自分は悪くないはずなのに……。なぜ彼に懇願しなければならない。なぜ偉くもない者に敬語を使わねばならない。しかし、土下座もしたくない。
羞恥と怒りと悲しみと屈辱とで、良の顔は真っ赤になった。
「……いいよ~」
「! 」
生徒の言葉に良は勢いよく顔を上げる。
「……なぁんてゆう訳ねぇだろ~! 」
楽しそうに笑いながら生徒は良に顔を近づける。
「てめぇみてぇな障害者に! どうして俺が道譲ってやんなきゃなんねぇんだよ! 」
洋介とはまた違ったタイプだ。
自分より劣る者をどこまでも蹴落としたいタイプの人間。障害のある者を人として見ないタイプの人間。
良は絶望した。
昨日の放課後までは、柊真と楽しく話していたはずなのに……。
「……あ? おい、なんだよてめぇ……」
俯いた良は生徒の疑問と怒りに満ちた声で顔を上げた。
「……とう、ま……? 」
柊真が良を庇うようにして両手を広げて立っていた。
「てめぇも障害者だろ? 知ってるぞ。喋れねぇ奴が出しゃばってくんなよ」
柊真は首を横に振り、生徒を睨みつける。
あまりの驚きに、良は声を出せずにいた。
「やめろよ。西岡」
再び間に割って入ってきた人物に、良は目を見開く。
良や柊真にあれほど突っかかってきた洋介が、二人の傍まで来て生徒を睨んだ。
「あんま派手なことしてると、退学になるぞ」
生徒は洋介の言葉にさすがに怯み、悔しそうに舌打ちをして去って行った。
「大丈夫か? 」
洋介の問いに、柊真は嬉しそうに頷き、良を振り返ろうとしたが、良は少し強い口調で返した。
「こっち向くな」
良の言葉に柊真は驚いて固まる。
「……お願いだから、向かないでくれ……」
再び震える声で言った良の車椅子の椅子の部分から、水がポタポタと落ちる。
間に合わなかった。
良の頬を涙が伝う。膝の上に置いた手を強く握り、俯いた。
柊真も洋介も、そんな良になにも言えずに立ち竦んでいた。
休憩終了のチャイムが鳴った。
第十六章 終
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