【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ

文字の大きさ
11 / 73
1章 離宮 編

剣と魔法と

しおりを挟む
 数日後、ジェイデン卿がこっそり護衛としてついてきてくれると言ったこともあり、私は皇子を連れて街に出ることにした。念のため、私もローブの下に帯剣する。

 とはいえ、皇子が勝手に離宮から出ることは許されてはいない。なので、離宮から出たのが人目につかないよう、あの水路の隠し通路を使って外に出た。



 誰にも見咎められることなく、皇宮をぐるりと取り囲む高い城壁の外に出た私たちは、近くで待っていたニールの馬車に滑るように乗り込む。

 実は少し前に、グランデオ商会に特別に取り寄せを頼んでいた品があった。ちょうどそれが届いたと聞いて、いつものように食材の配達に来たニールに、秘密裏に商会まで連れていってほしいと頼んでいたのだ。



「街中では、決してフードを取ってはいけませんよ」



 皇子の銀髪と青い瞳は、皇族の象徴だ。目にした者の記憶に、必ず強く残ってしまう。



「わかってる」



 神妙な顔をして、皇子は素直にフードを引き下げる。

 遅れて馬車に乗ってきたジェイデン卿に、私は頼み事をした。



「今日はグランデオ商会に頼んでいた剣を見に行くんです。そろそろ殿下も訓練用の剣だけでなく、本物の剣に触れたほうがいい頃かと思いまして」

「確かに、そうですね。殿下は剣筋もいいですし、いずれ真剣を手にしての訓練は必要ですからね。それに、グランデオ商会ですか……。いいところを選びましたね。あそこは確かなものしか扱わないところです。タルシオ会頭は、自分のところで扱う品に誇りを持っていますから、会頭の基準に見合わない品は、一切扱わない頑なさも有名ですからね」

「ええ。それで、何本かいいものが用意できたから、そこから好きなものを選んでほしいと言われたんですが、ジェイデン卿に目利きしてもらえませんか? 殿下に選ぶ際のご助言をお願いしたいのです。……私ではさすがに心許ないので」

「僕からも頼む、ジェイデン卿」

「承知いたしました。殿下にぴったりな剣をお選びいたしましょう」



 グランデオ商会に着くと、ニールの案内で、建物の中でひと際奥まったところにある会頭の執務室に通された。

 広いが、必要最小限の家具しか置かれていない、きわめて簡素な部屋。華美さで客を圧倒することを目的とした、貴族相手の商会の会頭室とはかけ離れている。それはまるで、タルシオと、彼が率いるこの商会の信念を映しているようだ。



「セレスティアン皇子殿下、わざわざお運びいただきまして、光栄に存じます。殿下に永遠の栄光がありますように」



 タルシオは皇子の足元にためらうことなく跪き、恭しく皇子への礼をとった。

 貴族たちは、陛下の皇子に対する際立った冷遇を知り、皇子はほどなく廃嫡されると噂している。次の皇位は、セレスティアン皇子ではなく、現皇后の娘であるパトリシア皇女のものだろうと。



 そんな皇子にすすんで跪こうとする貴族はいない。だからこそ、演技をしているふうでもなく、ごく自然にとられた振る舞いが、タルシオの実直さの証として私の心に刻み込まれた。



「堅苦しい挨拶は不要だ。この商会にはテレサの頃から世話になっている。僕を助けてくれていたこと、テレサから聞いていた。感謝している」

「いえ……私のほうこそ、テレサ夫人には御恩があるのです。ですから、テレサ夫人の大事になさっていた殿下に恩返しをしたまでです。……さて、殿下。おいでになったのは、これをご覧になるためでしょう?」



 タルシオが、部屋の中央に置かれた大きなテーブルの上に掛けられていた布をゆっくり取り去る。

 現れたのは、それぞれの鞘に納められた三本の剣。鞘の装飾の重厚さからして、いずれも名のある者の手によるものと察せられた。



「さあ、殿下、しっかりご覧ください。グランデオ商会が殿下のために自信をもって取り揃えました」

「鞘から抜いてみても?」

「もちろんです、殿下」



 タルシオは穏やかな笑みを浮かべた。

 皇子は一本一本、順に手にしては、その重さと感触をじっくり感じ入るように、ためつすがめつしている。

 時にジェイデン卿の助言も得つつ、やがて皇子は納得のいく剣を選ぶことができたようだ。



 商会を出ると、皇子は市場を見たいと言う。

 皇子をジェイデン卿に託した私は、後で落ち合うことにして、一人で生地や糸を扱う店に向かった。そこで皇子の剣の鞘につける房飾りの材料を買うためだ。



 帝国には、自分の剣を初めて手にした少年に、近しい女性が鞘につける房飾りを贈る伝統がある。大抵は母親や姉妹、婚約者や恋人が贈るものだが、時にそのいずれもいない場合には、乳母など親しく仕えている使用人が用意することもあった。



 離宮を訪ねてきて、皇子と親しく言葉を交わすようになった騎士や兵士たちも皆、誰かが彼らのために作ってくれた房飾りをつけている。

 いつだったか、真新しい房飾りに目を留めた皇子が尋ねると、その持ち主の若い兵士は、母が作ってくれましたと、誇らしげに胸を張ったのだ。



 房飾りを作る母親たちは、その子の髪や瞳の色と同じ色を選ぶ。店で鮮やかなブルーの布と銀色の糸を手に入れた私は、皇子たちとの待ち合わせ場所へと向かう。



「あっちへ行けってば――!!」



 突然耳をついた、悲鳴のような女の声。



 声のするほうに駆けて行ってみると、路地裏の行き止まりに、見慣れない異国風のドレスの女が、ナイフをちらつかせた男に追い詰められていた。逃げ場をなくした女は、辺りの小石やゴミを手当たり次第投げつけて応戦している。



 とっさに男に駆け寄った私は、ローブの下に佩いていた護身用の剣を抜くと、男の手からナイフを弾き飛ばした。

 騒ぎに気づいた人々が、ちらほらと集まってくる。このままいては分が悪いと知った男は、舌打ちして逃げていった。

 女は緊張が解けたのか、その場にへたり込むように座り込んだ。



「はあー、助かった……。あんたのおかげだね。礼を言わないとね」

「大丈夫ですか?」

「ああ……おかげでこの通り、何ともないさ。……ったく、私から盗れるものなんてないのにさ」



 そう言って女は、ドレスについた土埃を手で払いながら、ゆるりと立ち上がった。



「あんたの名を教えてくれない?」



 唐突な問いに、私は女に聞き返した。



「私の名ですか?」

「そうだよ。他に誰がいるのよ」

「えっと……リュシーと言います」

「それ、愛称でしょ? 生まれた時に神殿に登録した名を教えて。ああ……私は西の生まれの魔道具師なんだ。あんたのおかげで助かったよ。だから、礼がしたくてね。ちょうどここにいいものがあるから、もらってくれない? これにはあんたの正しい名前を刻印しないと作動しないからね」



 帝国から遥か遠い西方の国には、ごく稀に魔力を持つ者が生まれることがあるという。そんな魔力持ちたちの中で特に優れた者は魔道具師となり、魔力と術式の作用で人外の力を発現させる道具を生み出すと聞く。

 魔道具と呼ばれるその道具は、魔力持ちが生まれることのない帝国では希少だ。そのほとんどが純度の高い宝石に匹敵する高値で取引される。



 魔道具師だと名乗った女は、私の返事を待つことなく、自分の腕にはめていたブレスレットを外すと、有無を言わせず、あっという間に私の腕につけた。

 そのブレスレットには小さな青い石が一つだけついている。綺麗だけれど透明度が低いし、高価な宝石ではなさそうだ。



「改めて聞くよ。それで、あんたの名前は?」

「……リュシエンヌ・モレットです」



 女は私の腕の青い石に触れ、もう一度、小声で私の名を唱える。さらに何事かぶつぶつと唱えたかと思うと、石が一瞬、光を放ってきらめいたかに見えた。



「さあ、これで石にお前の名を刻印できた。これはお守り。あんた、人が良すぎて、他人の不幸まで背負いそうだからねえ。絶対に肌身離さず、つけているんだよ」

「あ……、ありがとうございます……。でも魔道具って、お高いものですよね。そんなもの、本当に頂いてしまっていいんですか? 私、そんなお金持ってないですよ……」



 怪しい……。

 何の効果もないがらくたを押し売りする、魔道具詐欺ってやつかもしれない。

 まさか、さっきの男とグルだったりして……。

 思い切り警戒する私に、女はけらけらと笑った。



「お代なんていらないさ。命を助けてもらったんだから、そのお礼とすれば安いもんだ。そもそもこれは依頼主に渡すことができなくなってしまったものだから、貰ってくれる人がいれば有難いってやつなの。……これに仕込まれている術式はね……」



 女は何やら長々と、術式とやらについて説明してくれたが、その手の話に疎い私には、聞いても今ひとつ理解できない。

 まあ、興味もないので、はなから聞く気もなかったが。



「……というわけさ。まあ、必要な時が来ればわかるよ」



 話し終えた女は、「じゃあね、親切な女騎士さん!」と手をひらひら振りながら去っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

契約結婚ですか?かけもちですけど、いいですか?

みねバイヤーン
恋愛
ジョナは恋多き女と評判だ。花盛りの二十歳。遊び相手には事欠かない。それに、夫も三人いる。全員、偽装の契約結婚ではあるが。 ひとり目は、騎士団長のヒューゴ。死別した妻をまだ思い続けている、一途な人だ。ふたり目は、魔道士のヴィクター。知的で静かな人。三人目は、近衛騎士のライアン。華やかな見た目で女性人気は抜群だ。 三人の夫とはうまくやっていたのだが、四人目の申し込みが入ってしまって──。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。 それでもフランソアは “僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ” というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。 そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。 聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。 父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。 聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…

お飾り王妃のはずなのに、黒い魔法を使ったら溺愛されてます

りんりん
恋愛
特産物のないポプリ国で、唯一有名なのは魔法だ。  初代女王は、歴史に名を残すほどの魔法使い。 それから数千年、高い魔力を引き継いだ女王の子孫達がこの国をおさめてきた。 時はアンバー女王の時代。 アンバー女王の夫シュリ王婿は、他国の第八王子であった。 どこか影の薄い王婿は、三女ローズウッドを不義の子ではと疑っている。 なぜなら、ローズウッドだけが 自分と同じ金髪碧眼でなかったからだ。 ローズウッドの薄いピンク色の髪と瞳は宰相ククスにそっくりなのも、気にいらない。 アンバー女王の子供は四人で、すべて女の子だった。 なかでもローズウッドは、女王の悩みの種だ。 ローズウッドは、現在14才。 誰に似たのか、呑気で魔力も乏しい。 ある日ストーン国のレオ王から、ローズウッド王女を妻にしたいとうい申し出が届いた。 ポプリ国は、ストーン国から魔法石の原料になる石を輸入している。 その石はストーン国からしか採れない。 そんな関係にある国の申し出を、断ることはできなかった。 しかし、レオ王に愛人がいるという噂を気にしたアンバー女王は悩む。 しかし、ローズウッド王女は嫁ぐことにする。 そして。 異国で使い魔のブーニャンや、チューちゃんと暮らしているうちに、ローズウッドはレオ王にひかれていってしまう。 ある日、偶然ローズウッドは、レオ王に呪いがかけられていることを知る。 ローズウッドは、王にかけられた呪いをとこうと行動をおこすのだった。  

処理中です...