13 / 33
第二章
12 王子様と秘密の会合2
しおりを挟む「『光属性』持ちだからといって皆が『浄化』を簡単に使えるわけではないよ。使いこなせるようになるには普通は修行が必要だからね。それに実際問題として『浄化』の力が使える者はごく僅かなんだ。まあ、過去には産まれた瞬間から簡単に力を使える者もいたらしいけど……」
サミュエルは歯切れ悪く説明する。つまり現在は誰一人として『浄化』の力を自在に行使できる者がいないということか。それはノアにとって絶望的な宣告だった。
『浄化』は「光属性」の特殊技能のひとつだ。穢れや瘴気などを祓うことができる力をさす。聖女や一部の神官たちが扱うと聞くが、ノアは実際に目にしたことはない。絵本に出てきた勇者はその力を駆使して魔王の力を無効化したという設定だったが……
「私も全く使えない訳じゃないんだ。でも制御が難しいんだよね。……いろいろと試そうと思ったら、闇属性の魔力が必要になるってことだ」
サミュエルは申し訳なさそうにしながらも、期待を込めた表情でノアを見つめ理由を述べた。要は実験台になれということらしい。ノアは苦し気に唇を噛んだ。
「……申し訳ございません。どうかご容赦ください」
ノアは頭を下げて必死に懇願した。彼の命令であれば何でも従うつもりではあったが、この要求には応えられない。万が一サミュエルが闇に魅入られて、堕ちてしまっては大変だ。ノアは自分の魔力が人を狂わせる可能性があるのをよく知っている。そんなリスクのある行為など到底できるわけがない。
「どうしても?」
「できません」
サミュエルの言葉にノアはキッパリと拒否する。彼の瞳がゆらりと揺らいだ気がした。
「そうか。……なら仕方がない。じゃあ、代わりに私の魔力をノアに少しだけ流してもいい?」
ノアの手を握る力が強くなる。指が絡められて逃げ道を塞がれた。
「……それは、私の中の闇の部分を消してみるということでしょうか?」
恐る恐る尋ねるとサミュエルは静かに首を横に振った。
「どんな影響があるか分からないから、まだノアに対して直接『浄化』は試さないよ。自分に渡してくれた魔力なら別だけど。それに、ノアが怖いならやめておく」
矛盾している、とノアは感じた。ノアの魔力を自分が取り込むことには無沈着だが、自分の魔力がノアに与える影響に対しては慎重な姿勢だ。
今度はサミュエルの目的が何なのか分からなくて混乱する。魔力譲渡は回復目的の他に、術者同士のコミュニケーションとして使われる場合もある。しかし通常は魔力の相性の良いもの同士でなければ成立しない。そして大抵の場合が親密な間柄だ。
「……わかりました」
ノアは渋々ながら了承した。サミュエルの真意は測りかねるが、彼の頼みを何度も無碍にすることはできない。光属性と闇属性は大抵相性が悪く反発する可能性が高い。自分が受け入れる立場なら、我慢して耐えればいいだけだ。
「少し魔力を流すから、痛かったり苦しかったりしたらすぐ言うんだよ」
サミュエルの手がノアの手を包み込むように重ねられる。暫くすると、温かな奔流がノアの中に流れ込んできた。光属性の魔力は闇属性に対して攻撃的だという一般的な認識があったが、予想に反して身体中にじんわりと広がっていく感覚は心地よかった。先程紅茶の中に感じた『悪意』とは正反対のものだ。
「大丈夫?」
「……はい。……あ」
唐突に記憶の断片が蘇った。懐かしい声が耳に届く。
『ほら。痛みが消えただろ?』
『光の魔力は痛みを癒すことができるんだ。おまけに気持ちも落ち着くらしいよ?ノアは心配症だから丁度いいな』
『ノアは何も心配しなくていいぞ。辛いことは全部俺が引き受けるよ』
昔の光景が蘇る。兄マティアスがノアに向けて笑いかけていた。幼い頃のノアは魔力量が安定していなかった。溢れる闇の魔力を制御できず周囲に被害や悪影響を与えてしまうこともあり、精神的に不安定になっていた。兄はそんなノアを慰めるために光の魔力をよく送ってくれたのだ。記憶の中の暖かい光は今のサミュエルの魔力と似ている気がする。
ふわふわとした気持ちが湧き上がり、思わずサミュエルの手を強く握ってしまう。まるで麻薬中毒患者のように彼の魔力がもっと欲しいと願ってしまう。
「……へえ、やっぱりノアとは魔力の相性悪くないみたいだな。この間孤児院にいた闇属性の子は、私をものすごく嫌がってたのに」
サミュエルがノアの様子を観察しながら意外そうに呟いている。どうやらノア以外にも同様のことを試しているらしい。確かにサミュエルの持つ光の魔力は魅力的だが、一般的な闇属性持ちにとっては猛毒のようなものだろう。ノアは人間の闇属性持ちに会ったことはないが、本能的な部分で忌避されている可能性もある。
なのにノアは光の魔力に快楽すら覚えるのだから、自分の感覚がおかしいのではないかと心配になってきた。
「気持ちいい?」
サミュエルの声が甘く響く。視線が合うと彼は蕩けるような微笑みを浮かべた。それは先ほどまでの爽やかな笑みではなく、妖艶で蠱惑的なものだった。見惚れてしまうほどの美貌を持つサミュエルに誘惑するような視線を送られて、抗う術など持たない。
「きもちいい……です」
ぼんやりとした頭で素直に答えると、サミュエルが満足そうに笑った。そしてノアの顔を覗き込みながら手を握り返してきた。
「じゃあ、今私が渡した魔力を『返して』くれ」
「え?」
ノアは反射的に繋がれた手を解こうとしたが、サミュエルがそれを阻む。サミュエルは楽しそうに笑いながらノアの顔を眺めている。先程とは違って逃れられないようにしっかりと掴まれてしまった。
「無理です。もう混ざってます」
「いいからそのまま返してくれ。相性悪くないってもう分かっただろう?大丈夫だから」
サミュエルは有無を言わせぬ口調で再度要求してきた。そういう問題ではないのだ。ノアは舌打ちしたい気分になったが、王族相手にそんな真似ができるはずもない。
最初から彼はそのつもりで、諦めてなかったのだ。ノアの中にある闇属性の魔力を何としてでも自分の中に取り込んで、実験してみたかったのだ。掌が熱くなっていく。
「絶対駄目ですから……!!」
ノアが悲壮感漂う声で叫ぶと、サミュエルが小さく笑った。握られている右手を通して、強い光の圧が再び押し寄せてきてノアの中に蓄積された闇属性の魔力が刺激される。ノアは慌てて自分の体内の奥底にある魔力を押さえようとしたが、遅かった。魔力を引き抜くように吸収される感触と共に眩暈に襲われる。
『………大丈夫、だよ?ノア、心配しなくてもいい。今は酷い状態だが、……もう少ししたら、全部、自力で治せるから』
朦朧とする意識の中、心の奥底に閉じ込めていた最悪の日の記憶が脳裏に鮮明に浮かび上がってくる。
傷だらけの兄は血塗れになって地面に転がっていた。闇の刺客に襲われて瀕死状態だった兄は、自らの光の魔力を使って傷を治そうとしていたのだが、一向に回復の兆候を見せなかった。出血が多すぎて生命力の方が枯渇寸前だったからだ。
一方ノア自身は自らの内側から暴走し続けている闇の魔力に恐怖で慄き震えていた。
『……少し、離れてくれ』
ノアは兄の命令に逆らったことが一度もなかった。しかしその命令には逆らうべきだったのだ。自分の闇の魔力が兄に悪影響を及ぼしているのかと、兄の指示どおりノアが彼から距離をとるために背を向けた瞬間、兄は恐らく力尽きた。
多分、自分の最期の姿を弟に見せたくなかったのだ。
627
あなたにおすすめの小説
妹に婚約者を取られるなんてよくある話
龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。
そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。
結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。
さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。
家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。
いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。
*ご都合主義です
*更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる
路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか?
いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。
2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました。これもひとえに皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる