婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第三章

19 彼が学園で再会した人2

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「ヴェイル。四つん這いになれ。罰を与える」


 ノアの殺気を帯びた冷たく低い声音に、寄宿舎のノアの居室で丸くなって昼寝をしていたヴェイルは跳ね起きた。そのまま高速でベッドの端まで後退りする。寝ぼけている場合ではない。大変マズイ。非常に危険な状況のようだ。本能的な恐怖を感じて全身の毛が逆立つのを感じる。

「ノア。落ち着け。どうした?何があった?」
「……お前が、アイツに送ったあの手紙は何だ?」
「あ~、アレか。なかなか文学的でよく出来ていただろ?アレなら絶対誘き出せると思ってさー」

「殺す」


 ドス黒い威圧感と瘴気のような禍々しさが室内に満ちていく。ベッドがギシリと音を立てて軋む。ジリジリと詰め寄るノアの顔からは一切の感情が抜け落ちており、目だけが爛々と輝いていた。
 怒っている。確実に激怒している。ヤバい。ノアは洒落にならないレベルでブチギレていた。 


「俺の名前であんな恥ずかしい手紙を書きやがって。悪趣味すぎる!せめて果たし状にしろ!!」
 
 恋文が駄目で果たし状ならOKの線引きが謎だったが、ひとまず原因は察した。どうやら、恥をかかされたとプライドが傷ついていたようだ。理由としては実に彼らしい。ヴェイルとしては『第二王子』を確実に引っ掛けるために、効果がありそうな内容を選択しただけのつもりだったのだが、それはそれでサミュエルに心酔しているノアとしては、不快極まりない行為だったのだろう。

「次からはお前に事前に確認する。悪かった。ほら、お詫びにモフモフさせてやるから」
「足りん。そんなもので誤魔化せると思うな。……おい、こらやめろ」
「暴れるなよ」
「離せ馬鹿!!」

 ノアはそのままベッドに押し倒されてモフモフと毛並みに包まれた。抵抗して拘束から逃れようと藻掻くものの、ノアの身体は白狼の姿になっているヴェイルに比べると、小柄で細っこいので簡単に組み敷かれてしまう。 

 勿論、ノアが本気で魔術を行使して抗えば、ヴェイルがいくら魔族でもただでは済まない。なので早めに機嫌を直してもらう必要がある。
 ヴェイルがノアの首筋や顔を舐めたりキスしたりして宥めていくうちに、徐々にノアの抵抗が弱まっていった。最後には諦めたのか、ヴェイルの胸の毛皮に顔を埋め大人しくなった。アッサリ懐柔に成功したらしい。

「……次こんな事があれば、即刻実験台にするからな」

 フカフカの感触を堪能しながら、ノアは唸るように宣告する。

 どうやら許してもらえたようで一安心だが、ノアはチョロすぎではないだろうか。真面目な優等生として、周囲からはしっかりしていると思われているようだが、騙されやすいというか警戒心がないというか。意外と心配になるレベルの素直さだと思う。

「なあ、もしかして自分の言葉でサミュエルに恋文送りたかったか?ブチギレてたのはそのせいか?もしそういう繊細な乙女心がノアにあったなら……」

「切り刻むぞ」

 寛ぎかけていたノアから再び殺気が漂ってきたので、ヴェイルは慌てて口を噤む。余計な気遣いをしたせいで一瞬でノアに八つ裂きにされるところだった。危なかった。
 

*** 


 第二王子サミュエルは二年前に東の帝国から帰国し、今は国立アストレア学園で学生生活を送っている。

 アストレアは国立ではあるが、魔術師養成に特化した全寮制の高等教育機関だ。本来王族が通うような学園ではないのだが、本人たっての希望で入学したらしい。
 サミュエルは他の生徒と同じく学園の寄宿舎で生活しており、休暇中の帰省以外は学園内で過ごしている。もっとも、寄宿舎は生徒会役員との名目で他の生徒とは違う特別棟だそうだが。警備上の都合もあるのだろう。 

 東の帝国から帰国したサミュエルの周りには護衛騎士や専属侍従など親交のある者が常時傍らで控えていたのだが、アストレア学園に通うにあたり一旦解散させられたとかで、サミュエルは単身で自由に振る舞っているようだ。学生の身分を理由に、公務を免除されていることによる気儘さもあるのだろう。

 第一王子ユリウスが精力的に政務に取り組んでいることと対照的だ。

 
 ひとつ、気になる点があった。サミュエルの留学に同行したレオナルト・スペンサーが帰国していないのだ。東の帝国で行方不明になっているという噂もあり、ノアは既に彼は亡くなっているのではないかと疑っていた。

 しかし、ヴェイルはそれを否定した。


「仮にも勇者の生まれ変わりだった奴だしな。少なくとも前世では最強だったんだ。簡単には死なないだろ」
「……最強か」
 
 ヴェイルが断定した言い方をするのが少しだけ気になった。自称勇者に殺された前世を持つ割に、恨みや憎しみといった感情が彼からは読み取れない。懐かしんでいるような穏やかさすら感じるのだ。不思議なものである。

 サミュエルが東の帝国から帰国後、彼の姿を学園以外で見たことがある者はほとんどいない。以前は外出時に市中に出かける姿を見かけることも多かったそうだが、帰国後はほぼ学園に引きこもり状態であるとか。大変怪しい状況であった。
  

 アストレア学園への入学が決定し、第二王子と同じ学園に通うことになったノアは、サミュエルに挨拶のため面会を申し込んだ。サミュエルは快く応じてくれ、入学式前ではあったが、寄宿舎の自分の部屋にノアを招いてくれた。ちなみに、ノアが学園の寄宿舎にある彼の部屋に足を踏み入れたのは、後にも先にもこの一回である。
 
 ノアは一目で再会した彼の違和感を見抜いてしまった。

 自分に認識阻害魔法をかけているのは、瞳の色を誤魔化すためか。魔力属性も本人と違うのかもしれない。

 
 


 再会した第二王子サミュエルは、別人に成り代わっていた。


***


「……やっぱり、兄弟間の派閥争いで、サミュエルは留学中の帝国で暗殺されたってことか……っいて!」
「失敬なことを言うな。蹴るぞ」
「いや、だから蹴飛ばしてから言うなよ。痛えよ」


 ヴェイルは、痛めつけられたお腹を擦りながら恨めしげにノアを睨み付けた。暴力反対。ノアは憮然とした表情のままだ。この様子では、サミュエルに対する恩義と未練は捨てきれていないのだろう。
 他人に対しては常に塩対応のくせに、少し優しくされて懐いてしまうと全力で尽くそうとする傾向がある。危うい脆さがあるのが困りものだった。



「……結局、奴は捕縛用の魔法陣が起動しても、罠だと察知してすぐ魔石を破壊し、召喚術の発動を阻止したという訳か」

 ヴェイルから報告を受けたノアは、机に広げていた術式の設計図を眺めながらボソッと呟いた。

 ノアが準備していた闇属性の魔力を込めた捕縛用の魔石は、魔導具の一種だ。学園の敷地内にある森の中に配置した複数の魔石により罠の魔法陣が完成する仕組みとなっており、中心に配置した核となる魔石に罠をかける対象が接触すると、その場に足止めをすることができたはずなのだ。

 罠の魔導具は光属性の魔力に反応して発動するよう設定していた。召喚術の発動は完成しなかったが、これで奴は光属性の魔力を持っていることが判明した。

 中途半端な発動だったので、呼び寄せることができた魔物はそれ程多くなく、奴は『浄化』を使うまでもなく風属性の魔術だけで魔物を討伐したようだった。

「……しかし、ノアも無茶するよな。学園の結界に穴を開けて、魔物を呼び寄せるなんて。危険すぎる。それに、召喚術の媒体にした魔石も公爵家で研究していた貴重なやつだろ?奴に破壊された魔石以外は全て回収できたとはいえ、廃棄したようなもんじゃないか」

「結界は既に修復している。それに魔法陣を配置した場所は森の中だし被害は出ていない。魔石の研究には俺も参加していたし、個人的に所有権は有している。誰にも咎められる謂われはない」

 ノアの主張を聞いてヴェイルは溜息を吐いた。

 アストレア学園は王都の外れにある広大な山脈に続く盆地に建てられていた。そのため、学園の敷地の大部分は森林である。また、生徒達が訓練を行うための演習場として使用されている広大な草原地帯もある。
 ノアは、恐らく学園の結界内にある敷地で実験をしてみただけのつもりなのであろう。
 
 しかし、客観的にみれば、『第二王子』を魔物を使って襲わせた時点ですでに十分な罪状となり得る。学園の結界の管理を担当している守護者や講師たちには不信感を与えてしまったかもしれない。
 それでも、ノアに言わせれば、第二王子が学園に引きこもっている以上、これくらい強硬手段を講じなければ埒が明かない、ということだろうが。



「お前さあ、本当にあの召喚術で兄貴が還ってくると思っているのか?……光属性のアイツを対価にして」
「そう信じている」

 ヴェイルの問いかけにノアは迷いなく即答した。ヴェイルは目を瞬かせる。
 ノアは闇属性の魔術を研究していたクライヴ・スペンサーが遺した研究成果から、召喚術に関する理論を構築していっている。その術式はヴェイルが見ても複雑に入り組んでいてとても解析が困難だ。本当に人間の魂の召喚ができるのか疑わしい。

 その事実に優秀なノアが気がつかないはずがない。


「何故そう思うんだ?」

 ヴェイルはもう一度尋ねた。ノアの根拠が分からないのだ。どうしてそこまで自信があるのか。何を根拠に言い切れるのか。


 



「お前が俺の手助けをしてくれるからだ。言っただろう?俺はお前を信用している、と。あまり時間がないからすぐに次の行動を起こすぞ」 


 自分に言い聞かせるように静かに呟くノアの姿は、どこか痛々しくて儚げに見えた。

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